第14話 飯の種

「何のサイトを見てるの?」


 大きな荷物を両手に抱えて船に戻ってきたソフィアが荷物を自分の部屋に置くと開いていたドアから船長室に入ってきた。PCを見ていたケンの背後からモニターを覗き込む。


「これが俺たち小口運送屋の飯の種さ」


 肩越しにサイトを見ていたソフィア。


「こういうサイトがあるんだ」


「登録しないとダメだけどな。そして誰でも登録できる訳じゃない。一応登録にあたっては審査があるんだよ。今までは船がボロくて燃料代もかさむから俺が出来る仕事が少なかったんだけどアイリス2なら大概の仕事はこなせるな。選択肢が増えた。カートリッジで燃料代がほとんど掛からないってのがでかい」


 首筋にソフィアの息を感じながらモニターを見るケン。


「これなんてどうなの?」


 背後からソフィアの綺麗な指が伸びて1つの依頼を指差す。


「一見良さそうに見えるがこれはダメだ」


 あっさりと言うケン。


「どうして?」


「ここでピックアップして目的地に運ぶ途中に海賊がよく出るエリアがあるんだ。かと言って遠回りすると荷主の希望する納期に間に合わない」


「ケンは宇宙空域の地図が頭に入ってるの?」


 びっくりしてソフィアが言う。


「全部じゃないけどな。ここら辺りのエリアでやばい場所は頭に入っている。でないと生き残れないだろう? 海賊が出る場所ってのは大体決まっている。傾向があるんだよ。周囲に人が住んでいる惑星や衛星がない辺鄙な場所かワープから出た直後の空間ってな」


 小口の運送業者は情報が命だ。金に目が眩んで命を落として言った同業者が腐るほどいる業界だ。


「この荷主はそれをわかっててここに募集を出しているってこと?」


「考えられる事は2つ。1つはこの依頼主が大まぬけか世間知らずで何にも知らずに依頼を出したってケース。もう1つはやばい場所があるのを知っていてわざと出しているケースだ」


「わざと?」


 意味がわからないと言った口調のソフィア。

 その言葉に肩越しにソフィアを見てから再びモニターに顔を戻すケン。ソフィアが指差していた依頼の場所にカーソルを動かしてそこでとめる。


「保険金狙いだよ。荷物にたっぷりと保険金を掛ける。船が海賊にやられたら保険会社からたんまりと保険金をぶん取ろうって腹さ。運送を請け負った奴は命は落とすが荷主はがっぽりと儲かるってわけだ。ひょっとしたら海賊とグルになってるかもしれないな。荷物は失わずに保険金をも手に入れようって目論みだ。しかもだ。この星は俺達の中では有名でね。貧しい星で住民の多くがスラムの様な生活をしているという。そんな星からの依頼だ。信用しろっていう方が無茶だ」


 ソフィアの知らない世界が目の前にあった。軍では上層部が決めた方針に沿って全てが進む。そこに個人の意志や意見が反映されることはまずない。情報部に移ってからは少しは自分の考えを述べる機会は増えたがそれでも基本は上からの指示で動くのが当たり前になっている。


 一方でケンは違う。彼は自分で仕事を選び金を稼ぐ。リスクが少なくお金を稼ぐためには通り一遍の情報だけではなく経験や知識を駆使しなければならない。目の前に金がぶら下がってもそれを掴んでよいのか。掴んだらどうなるか、掴まなかったらどうなるかを考えて仕事を選ぶ。常に頭の中をフル回転させているのだとケンの言葉を聞きながら思っていた。


「こういうサイトに依頼してくる奴らは良識のある人物や会社ばかりじゃない。俺達小口専門の運送屋をダシに使って儲けようと企んでる奴らも多い。そこらの見極めができないとこの商売で食っていけないのさ。同業者もその辺りはわかっているんだろう。だから報酬が良くてもこの依頼は残っているんだ」


「じゃあどれにするの?いいのはあった?」


「ああ、これだ。これはまともな依頼だよ」


 ケンがカーソルを当てた依頼書は


依頼主 : ブルックス宇宙天文台

商品 : 電波望遠鏡部品一式

サイズ: 10㎥

引き取り地 : ブルックス系ペンザ星

目的地 : ブルックス系サマラ星

期間 : 50日以内

報酬 : 300万ユニオンクレジット(UC)


 画面にチェックを入れてからケンが説明してくれた


「依頼主は天文台ってことでしっかりしている。彼らがサマラに天文台を持っているのを俺は知っている。銀河系の外にある天体観測用の望遠鏡らしい。そしてペンザは過去に行ったことがある。ペンザからサマラへのルートも危ない場所はない」


「じゃあどうして皆これを選ばないの?なぜ残ってるの?」


 聞きながら疑問に思っていた事をソフィアが聞いた。


「50日で300万は安いからだよ。普通の小型船ならこの距離なら相当燃料を食う。途中で給油も必要になる。順調に飛んでも採算ギリギリのレベルだ。何かの事情でちょっとでも迂回したりしたら足が出る。最低でも500万UCはないと他の奴らは手を上げないだろうな。俺だって前の船なら見向きもしない依頼だ。ただ今は違う。この船は燃料の心配をしなくて良い。300万UCのほとんどが利益になる」


「なるほど」


「それともう1つ。この目的地のサマラ星の近くにはバイーア惑星群がある。あそこは知っての通り工業中心の惑星が固まっている。そのまま次の仕事が見つかる可能性が高い」


 ソフィアが黙っているのでケンが言葉を続ける。


「軍の金ってのは税金だろう? 言い方は悪いが黙っていても金が入ってくる仕組みだ。一方で俺達運送屋ってのは全てを自分で稼がなきゃならない。商売の効率ってのはいつも考えてるんだよ。運送業者の船が荷物を積まずに空で動くのは最悪だ。燃料だけ食って一銭にもならないってのを身をもって知っているからな。採算と効率ってのをいつも考えるのさ」


 ケンが天文台の仕事にチェックを入れるとほどなく連絡が入ってきた。先方も了解して手続きに入るらしい。10日後に荷物のピックアップに来て欲しいとの要望が出ている。


「ここからペンザまでアイリス2の巡航速度で7日程だろう。明日はリンツの街に繰り出し明後日にここを出発しよう。アイリス、ペンザ星までのルートを確認しておいてくれ」


『ケンが申し込んだ時点でルート確認を行いました。ここから目的地のペンザまでの飛行時間は出発後6日と14時間となります』


「仕事が早いな」


『ありがとうございます』


 ケンはそう答えるとソフィアに顔を向ける。


「そういうことだ。明日は丸1日時間がある。一緒にリンツに行こう」


 そう言ってケンは相手に10日後にピックアップに行くとメッセージを入れた。

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