第12話 信念

 アイリス2がシエラ第3惑星を出発して10日が経った。今の所飛行は極めて順調だ。新しい機体はケンの想像以上の能力を発揮している。


 何度目かのワープの最中、ケンはメインルームでソフィアの淹れたコーヒーを飲みながら彼女の話を聞いていた。


 ソフィアは第3惑星生まれの生粋のシエラ人だ。両親は彼女が若い時に事故で亡くなっているらしい。士官学校を卒業して軍に入隊したがそこでの成績が良かったので情報部に引き抜かれたのだという。


「私たちはブルックス星系の端に住んでいて、隣のトレオン星系とはそう遠くない場所にある。脅威は常にトレオンからやってきていたの。ブルックス連邦政府は私たちをトレオンとの防波堤に考えているのよ。その考え方は当然で悪いことじゃない、でも矢面に立つシエラの人にとってはありがたくない状況ね」


 ケンはコーヒーを飲みながら黙って彼女の話を聞いていた。コーヒーはシエラから持ち込んだものだが香りも味も旨い。


「トレオン星系にあるファジャルは最初は正面から何度も仕掛けてきたわ。その都度こちらが対処して彼らの目論みを砕いていた。いくら正面から仕掛けても相手にならないと思った彼らは最近になってどうやらアプローチの仕方を変えたらしいという動きを掴んだの。そのアプローチの変更の内容についてはまだ確定はしていないけれど、政治的な動きと軍事的な動きとの併用の様だと見ているの」


「従来の動きとは別に政治的な動きを追加したってことだな。それでブルックス系を自由に移動できる俺に白羽の矢が立ったってことかい?」


「誰でもできるって訳じゃない。信用たる人物かどうか。その技量はあるのか等かなり多方面から適正な人がいるかどうかを調査を行っていた時にケンが飛び込んできたって訳」


 ケンの言葉に否定もせずに話を続けるソフィア。


「情報部はびっくりしたわよ。全くリストに上がっていなかった地球人が私たちが探している人物、いいえそれ以上の人材だってわかったのだもの」


「そりゃ買い被りすぎだろう?こっちはただの運送屋だぜ?」


「そう思ってるのはケン当人だけね。今回の博士の件もシエラ星に来たら起こりうる事態を想定してたのでしょう?」


 悪戯っぽい視線を送ってくるソフィア。ケンはコーヒーカップを肘掛けテーブルに置くと、


「もちろん。俺がシエラに行ってどうなるかは考えたよ。最悪殺されるかもしれないってな。NWP装置に新エネルギー。どれもが宇宙の常識を変える技術だ。こんなのが他の惑星に流出したらパワーバランスが一気に崩れてしまう。俺の身柄を拘束して一生シエラに閉じ込められるかもなとは覚悟していたよ」


「そこまでわかっていてどうしてシエラにやってきたの?あの技術を持ってそのままどこかに行っても私たちは気づかなかった」


 ケンはしばらくの間をおいてから口を開いた。


「ソフィアも見ただろう?博士のモニターを。あれは死ぬ間際の人間の最後の依頼だ。彼が命をかけて取り組んだ研究の成果を自分の故郷に持って帰って欲しいという依頼を俺は断ることはできなかった。俺が地球人であることも関係しているのかもしれないがこんな小さな運送屋でも信念はあってね。人を裏切らないというのが俺のモットーなのさ」


「つまり、自分の主義、正義を守る為には捕まっても良いと思っていたということ?」


 ソフィアは穏やかな顔をして頷いているケンを見ていた。年は自分より1つ下だが年齢以上に落ち着いている。地球人は信義に厚いということは知識として知っていた。彼女は実際に地球人とは会ったことはないが全ての地球人が彼と同じということはないだろう。目の前にいるケンという人間が特別なのだと。


 モニター越しの博士との約束を果たす為に自分の命をかけてシエラ星までやってきたケンの行動についてはソフィアはもちろん情報部、そして大統領までが驚愕し、そして感動していた。


「腹は括っていた。幸いに結果的には拘束もされず新しい船までもらって自由に商売を続けられることができた。俺にとっては万々歳だよ」


「私という乗組員が増えても?」


 そう言ったソフィアを見たケン。


「問題ないね、いずれ乗組員は探すつもりでいた。どんな奴が来るかはわからない。履歴書なんてのはアテにならないのがこの世界だ。乗組員を採用するのは博打みたいなもんなんだよ。そしてその博打が外れた時の代償はでかい。そう考えると身元がしっかりしているソフィアならこちらに何も不満はないよ」


 彼には揺るぎない信念、正義が体の中にある。だから全てを飲み込むことができるるのだ。


『ケン、前方1,000万Kmに大型の識別不能船がいます。数は2隻。海賊船かもしれません。先方はまだこちらに気づいていない様です』


 会話をしている最中にアイリスの声が飛んできた。すぐに反応するケン。この船は巡行速度で分速5万Kmのスピードがでる。そのまま10分も飛べば検知されるだろう。


「近くに避難できる惑星はあるか?」


『左舷9時の方向30万キロ先にデブリが固まっているエリアがあります』


「進路をそちらに向けてエンジン停止」


『了解しました』


 すぐに機種が向きを変えてエンジンを停止した。宇宙空間を惰性運行でデブリに向かう。全長80メートルの小型船ならデブリと間違えられる。エンジンを停止したのは万が一の事態を想定してだ。海賊船のサーチ距離がわからない以上早めに対応するのは当然だ。


「アイリス。デブリに向かいながらリンツ星への別ルートを検索してくれ」


『既に検索開始しています』


「良いセンサーを装置してくれて助かった」


 シエラ製のセンサーは感度が広いことで宇宙では有名だ。ただシエラは輸出用の船に搭載できる小型センサーの可能範囲は最大500万Kmとしそれ以上のサーチエリアの能力を持つセンサーは輸出していない。ただ実際のシエラの技術では1,000万Kmまでのサーチが可能でこのアイリス2には最大出力のセンサーを装着していた。海賊船もおそらく500万Km近くの能力はあるはずだ。


 もちろん地上や固定衛星などの大型施設のレーダーはもっと遠くまで感知できる。レーダーの感知能力はその大きさに比例するために船に乗せることが出来るサイズだと500万Km程の感知距離が上限だ。レーダーのサイズ以外に使用電力が馬鹿にならないというのも理由の1つだ。ただシエラはそのレーダーの高性能かつ小型化、省エネ化に成功していた。


「戦わないのね」


 AIとケンのやりとりを黙って聞いていたソフィアが言った。


「当然だろう?避けられるなら避ける。逃げられるのなら逃げる。運送屋の基本だよ。しかも相手はガチガチに武装しているであろう大型船が2隻だ。まともにやって勝てる相手じゃない。小型機を飛ばしてきてこちらの動きを止められ、大挙してこの船に乗り込んでくるのが見えている。海賊共の下品な野郎達に俺は殺され、綺麗な女性はおもちゃにされるのがわかってるからね。逃げるに限る」


 そう言ってソフィアを見る。ソフィアはじっとケンを見つめていた。


『識別不能船、動きがありません。このままデブリに向かいます。なお別ルートはデブリの向こう側からワープポイントに移動していくルートを見つけました。当初予定より2日と14時間のロスになります』


「ロスは構わない。安全第一でたのむ」


 指示を出し終えるとカップに残っているコーヒーを飲みほすケン。ソフィアがケンの椅子に近づいてきた。空になったコップを受け取るとそれを横に置いて


「さっきの話の続きだけど、下品な海賊達におもちゃにされる前に自分が先におもちゃにしちゃうってのもありだと思うけど?」


「なるほど。確かにそれは十分に有りだよな」


 ケンは差し出されたソフィアの手を掴むと椅子から立ち上がった。

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