第11話 ソフィア

「ケン、ところで新しい船は気に入ってくれたかね?」


 話が途切れたところで大統領がこちらを向いて聞いてきた。


「立派な船をありがとうございます。すごく気に入りました」


 その言葉に破顔する大統領。シュバイツが言うには大統領が直々に情報部および造船所に船の製造の指示を出したらしい。


「君はシエラにとっては大事な人になっている。友人のやってくれたことに誠意を持って答えるのは当然だよ」


 そう言ってから少し間をおいて大統領は続けた。


「それでこれからも1人で船を動かして仕事をしていくつもりなのかい?」


 やっぱりそう来たか。内心の思いは顔に出さずに答える。


「船が大きくなり性能も上がりました。活動範囲が広がるとなると1人では厳しいかもしれません。船員の募集を考えていたところです」


 ケンの言葉を聞いて満足そうな表情になる大統領と准将。一方ケンはこういう事態の展開をある程度読んでいた。いくら友人とはいえ他の惑星の人間にタダで船を渡すほどお人好しじゃあこの宇宙では生き残れない。


 船自体に何か仕掛けがあるかあるいは乗員を乗せてくるかどちらか、あるいは両方だろうとは思っていたケン。もっともそれだけで済むのなら問題はない。技術漏洩を防ぐ為に拘束や最悪の場合を覚悟していた程だから。


 テーブルに座っている2人はケンの言葉を聞いて満足そうに頷いている。そしてソフィアはこの部屋に入ってきたときと同じく落ち着いた表情をしていた。


「なるほど。じゃあ船員はシエラ人でも良いのかな?」


 もちろんと言うと2人の男の視線が女性に注がれる。


「それではこのソフィア少尉を船員として起用してもらえないだろうか。彼女は操船技術もあるしもちろん戦闘訓練も十分に受けている」


「あんたは俺の船に乗るのは問題ないのかい?」

 

 ケンが黙っているソフィアに顔を向けて聞いた。


「もちろんです。むしろ楽しみです」


 にっこりと微笑んで返答するソフィア。軍人だからだろうか綺麗な金髪の髪をショートボブカットにしている。美人の女性だ。


 ケンは正面を向くと大統領と准将を交互に見る。


「彼女がOKと言っているのならこっちは問題はないですが、いくつか確認させてください」


「何でも聞いてくれ」


 と大統領。


「彼女の身分はどうなるのか。情報部所属のままだと行けない惑星が出てきます。それと運送の仕事を選ぶのは自分です。これははっきりさせておきたいところですね」


「ケンが受けてくれた時点で彼女は表向きは情報部から籍を抜き、ヤナギ運送の乗員として登録する。そして仕事については君の言う通りだ。船長であり社長である君が仕事や目的地を決めて問題はない」


 シュバイツ准将がケンを見ていった。続けて大統領が口を開いた。


「いまのこの世界は不安定だ。いつどこで何が起こってもおかしくない緊張の上に成り立っている束の間の平和だと言っていいだろう。我々が未来永劫にわたって生き残っていく為には遠くを見る目が必要だ。もちろん今でもいくつかの目は持っている。でも持っているが目は多い方がいいんだ」


「運送業者は比較的自由に惑星間を行き来できる。いろんな星に行くことが多いだろう。彼女にはそこで見たことや聞いたこと、世間話や噂話なんかを報告してもらうだけで良い。そこから先は情報部の仕事だ」


 大統領に続いてシュバイツが言うと、わかりましたと頷くケン。ここまで隠さずにあからさまに彼女を乗せる本当の目的を言われると逆に清々しいくらいだ。


 終始落ち着いているケンを見てシュバイツが聞いてきた。


「読んでいたのかい?」


「ある程度は。そして自分にとって不利益にならないのならいいとも思っていました。彼女が乗組員としてしっかり仕事をしてくれればこちらはそれ以上言うことはありません」



 

 翌日の朝、ピアに停まっているケンの新しい船、アイリス2に大きな荷物を複数持ったソフィアがやってきた。昨日と違って今日は私服だ。シャツにパンツというラフな格好でいる。


「荷物が多いな。船長室を使うかい?」


 彼女の荷物を見て言うと彼女は滅相もないと首を左右に振り、


「一般個室を2部屋お借りしてもいいですか?」


「部屋は余ってるから好きに使ってくれて構わない。それと敬語は無しだ。慣れないからな。普段の口調で構わないよ。昨日の様な堅苦しい言葉は本当に苦手なんだよ」


「そうね。その方がこっちも助かるわ。これからよろしく」


 フランクな口調になったソフィアが手を出してきた。握手しながら


「こちらこそ。アイリスと脳内のバイオチップをリンクさせておいてくれ。荷物を置いたら操舵室のあるメインルームに来てくれ」


 先にオペレーションに入ったケンは出航前のチェックをAIのアイリスと行う。


『補助エンジン作動。出力5%。問題ありません』


「目的地はリンツ星だ。航海日数予定は?」


『37日と8時間です。今ソフィアとのリンクが完了しました』


 船のパワーが上がっているせいだろう。予想よりずっと短い時間で行けそうだ。

 階段を降りる音がしてソフィアがメインルームに降りてきた。


「聞いていたと思うがリンツ星に向かう」


「リンツ星はケンの家があるところよね?」


「家と言ってもボロアパートだけどな。まぁ拠点についてはリンツ星にはこだわってないけどな。逆に良い場所があれば教えてくれ」


「私はほとんどこの星から出てないから。ケンの方が詳しいでしょう」


「焦らずに探すとするか」


『ケン、情報部から通信です』


「つないでくれ」


 モニターにシュバイツ准将の顔が現れた。昨日の礼を言うと


「礼には及ばんよ。出港前に挨拶をしておこうと思ってね。それとソフィア。君は今や民間人だ。その敬礼の癖は直さないといけないな」


 どうやら無意識のうちに敬礼したらしい。准将に指摘されて苦笑している。


「仕事でまたこの星に来ることもあるだろう。その時には遠慮なく声をかけてくれ」


 その後少しやり取りをして准将がモニターから消えると、


「アイリス。出港だ」


『出港します』


 ケンの新しい船が新しい乗員を乗せてシエラ第3惑星から宇宙に向かって飛び出していった。



「アイリス2が成層圏から出ていきました」


 自室のモニターから部下の報告を聞いたシュバイツ准将はモニターを切るとその部屋にいる男に視線を向けた。


「最初はただの運送屋だと思ってましたが相当切れますね。いきなり身分がバレるとは思いもしませんでしたよ」


 ソファに座っていた男が言った。情報部の部長でソフィアの上司にあたるスコット大佐だ。


「宇宙は広いということだろう。隠れた有能な人材が沢山埋もれている。頭が切れるだけじゃなく信義にも厚い。珍しい人間だよ。彼は博士の基地を発見した時点でこの展開を予測していたのだろう。そして普通は予測できるならこの星にはやってこなかっただろう。それでも彼は約束を果たす為にやってきた。大統領と会っても緊張もせずに会話をしていたよ。どんな相手であっても事前にその会話の内容が予測されれば緊張も萎縮もしない。情報部員としてはうってつけの人物だ」


「どこかの時点で引き込みますか?」


 スコット大佐が言うとそれには首を振る。


「おそらくそこまで先を読んでるよ、彼は。好きにさせて情報を流してもらう方がよいだろう。幸いにシエラに対して好意的なのは間違いのない話だしね。信義に厚い人間にはこちらも信義を持って接した方がよいだろう」


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