第10話 アイリス

「これが俺の新しい船か」


 ドックに横たわっている新造船(と言っても小型船だが)を感慨深げに見るケン。自分に取っては2隻目の船だ。


 外見は2色で上半分が濃いブルー、下半分がグレーの塗装がされている。全長80メートル、前の船と比べるとかなり大きくなっている。


 中にはいると船体は2層になっていた。下層は後ろが荷物の収納部分になっていて中央より前方側に機関部がある。エンジンは博士が開発したカートリッジエンジンでパワーが以前よりもずっと大きくなっていた。エンジンのある機関部と荷物の収納部分とは頑丈な内壁で隔離されてある。


「NWPを装着することはできませんがカートリッジエンジンの取り付けは問題ないということで設置しました。エンジンの表面にダミーを被せていますので外見からは従来のエンジンにしか見えません。カートリッジは予備として5個積んであります。これで最低でも30年は無給油で飛行できるでしょう」


 ケンについて歩きながら説明をする造船所の職員、その横には情報部の部員もいる。ソフィアという少尉でシュバイツの秘書をしているらしい。挨拶したときに最初に情報部の部屋に入った時にいたよなとケンが言うと、


「初めましてソフィアです。はい、あの席にも同席していました。准将の秘書をしています。今回はありがとうございました」


 と自己紹介とお礼を言われた。挨拶を交わすと再び船のエンジン部分に視線を送る。ケン自身も自分の船にNWPがほしいとは思わなかった。そんなのをつけたら目をつけられるのは間違いない。


「カートリッジはありがたいがこの燃料は貴重じゃないのか?特殊な鉱石から作ったって聞いているけど?」


「実はこの新しい燃料はシエラ資源惑星で採掘される鉱石を原料にして作ったものなのです。なのでいくらでもこちらで製造可能です」


「なるほど」


 職員の説明を聞いて納得する。そしてエンジンを変える事により燃料タンクが不要となった為余裕のできた箇所に水と食糧を大量に積み込める様になったという。燃料タンクの代わりに大きな水タンクが備え付けられ、それでもまだ空いていたスペースは保存が効く食料保存庫になっており、小型船だが長期間の無寄港運航が可能になった。エンジンルームは広く周囲には修理ロボットやアームが設置されている。下層の前方には左右に2箇所レーザー砲が備え付けられているのが見えた。他にもいくつか新しい設備が備え付けられているがケンはそれについては何も言わなかった。


 上層はメインルームと食堂、そして個室が用意されていた。それらがある船の上層の後ろ半分は床が高くそこにある個室の数は7つ。一番奥が艦長室だ。扉を開けると個室2部屋分の広さになっていた。


 操舵席のあるメインルームは広くなっていた。荷物を積む関係で船の後ろ半分の倉庫部分の高さを取った為に個室部分のある後部の床が高い位置にある。同じフロアにある階段を降りてメインルームに入る様になっていた。エンジンのあるところが1階とすればオペレーションルームは中2階、そして個室が2階と言った感じだろうか。そして後部は広い荷物スペースになっている。


 貨物機というがそれは外見だけで中はビジネス、旅客船の様に綺麗だ。


「1人で操縦するには立派だな」


「乗員が増えることも想定していますから」


 確かになと職員の言葉に頷く。


「AIも積み込んでいます。ジャスミンよりも数世代新しいAIになっています」


 職員はそう言ってからジャスミンも既にバージョンアップしてこれと同じ性能にしましたと補足した。


「AIの名前は?」


「AIの名前と船の名前は決めていません。持ち主であるケンが決めるだろうと准将がおっしゃってましたから」


 これはソフィアが答えた。そちらに顔を向けると


「今決めてもいいのか?」


 その言葉に頷く2人。ケンはありがとうと言って


「聞こえるかい?」


『聞こえます。この船のAIですよろしくお願いします。名前をつけていただくと嬉しいのですが』


 と女性の声が聞こえてきた。ケンは船ができる間に決めていた名前をいう。


「AIの名前はアイリスだ。この船もアイリス2としたい。それで俺のことはケンと呼び捨てで良いからな」


『わかりました。素敵な名前をありがとうございます、ケン。それでアイリス2という船名ですが2に意味はあるのですか?』


「俺にとって2隻目の船だからだよ」


『なるほど。了解しました』


 ケンとAIのやりとりを聞いていた職員とソフィア。一通りの説明が終わった後で船から降りるとケンは2人にお礼を言った。


「希望通りの船だよ。ありがとう」


 造船所の職員にはそう言い、情報部のソフィアには


「そちらにも世話になった。シュバイツにもお礼を言っておいてくれ」


 そう言うと彼女から


「今夜シュバイツ准将が食事を共にしたいと言っております」


 と言われた。


 ケンは明日の朝出港することにし、情報部よりの会食のオファーを受ける。夕刻にソフィアが迎えに来てそのまま市内にある1軒の家の前に車をつけた。どこにもレストランとは書いておらず外から見た感じでは広い屋敷風の建物にしか見えない。


 ソフィアに案内されて建物の入るとそこにはシュバイツともう1人の男性、年齢は60代後半くらいか。ラフな格好をしている落ち着いた雰囲気の男性が既に座っていた。部屋に入るなりソフィアが敬礼をする。


 ケンが部屋に入ると2人が立ち上がった。


「ケン、こちらはシエラ惑星群を統括されておられるブランドン大統領だ。大統領、彼が博士の研究成果を我が惑星に運んでくれた地球人のケン・ヤナギ氏です」


 大統領はケンに近づくと右手を差し出し


「この惑星群を見ているブランドンだ。今回は博士の開発した技術を無事に我が惑星に届けてくれてありがとう」


 夕食に誘われた時点でこの国の偉い人が来るかもしれないとは思っていたがまさか大統領がくるとは流石のケンも想像できなかった。一瞬驚いたがすぐに


「ケン・ヤナギです。地球人で運送業をしています。偶然とはいえお国の役に立ててよかったです」


 挨拶が終わるとソフィアも入れて4人での会食が始まった。ここは政府関係者が客人を接待する迎賓館の様な場所らしい。大統領は気さくな性格なのか堅苦しいことは言わずに気軽に話かけてくる。


「博士が急にいなくなった時はびっくりしたよ。すぐにここにいるシュバイツが所属している情報部に行方を調査する様に指示したのだが見事に雲隠れされてしまった。NWPが完成していたので痕跡すら見つけることができなかったんだよ」


 博士の話題を中心に会食が進んでいく。ケンが請われるままにもう一度大統領の前で小惑星群の中にある基地を見つけたところからの一連の流れを説明し、大統領が時折それに質問してくる。それが終わると今度は大統領がメインスピーカーとなりそれにシュバイツとケンが言葉を挟むという流れになった。ソフィア少尉はほとんど口を出さずに料理を口に運んでいた。


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