第7話 シエラ第3惑星 情報部 2

 ケンの話が終わるとしばらく誰も口を開かなかった。ケンは預かった小箱をテーブルの中央に押し出し、


「これが博士が俺に託したものです。この中身が何かはもちろん俺は知らない。確かめてもらえますか?」


 そう言うと1人の軍人が箱を手に持って部屋を出ていく。その背中を見てから室内に顔を戻したケン。


「明日小惑星にある基地に行き博士のモニター画像を見ればわかると思うが博士は基地も船も、船というのは俺がこの惑星まで乗ってきた船だが。それらは発見者の俺に譲渡すると言ってくれたがそれは筋が違うと俺は思っている」


 皆が黙っているのでケンは言葉を続ける。口調も砕けてきて普段の調子になる。


「俺はそれらはすべてこの惑星の人々の財産だと思っている。なのでそちらの人を船に乗せて基地になっている小惑星まで案内する。そこで俺の仕事は終わりにしたい。あとはそちらで好きに使って欲しい。俺はその小惑星基地に自分の船があるからね」


「基地と最新鋭の船、それにNWPシステムに新しいエンジン。どれもが売りつければ莫大なお金になると思うがそうはしないんだな?」


 本心かどうかはわからないがシュバイツがケンを見て言った。ケンはその言葉に首を振り、


「俺には過分過ぎるよ。それに信義にもとる行為はしたくない。1人でやってる運送屋だがこれでもそれなりに信用はあるんでね」


「地球人は信義に厚いというのは銀河系での評判だ。ケンもその血をしっかりと受け継いでいる様だな。わかった、今度のことはともかくとりあえず今日はこのままこの星でゆっくりしてくれ、我々はあのチップを分析しなければならない」


 シュバイツはそう言うと近くにいた軍服を着ている女性兵士、おそらく秘書だろう、彼女にケンの今日の宿を手配する様に言う。


「明日か明後日には連絡を入れよう。博士の基地に行かねばならないしな」


 ケンは宿の手配をしてくれた礼を言って立ち上がる。握手を求めてきたシュバルツの手を握った時、


「アンヘル博士は我々シエラ人の象徴の様な人だ。その博士と縁がある君に丁重に接するのは当然だよ」


 彼らが手配した宿は想像以上に立派なホテルだった。訪ねた情報本部のビルから車で5分ほどの場所にあるこじんまりとしたホテルだが中に入ると外見とは違って立派だった。おそらく情報部御用達なんだろう。広い部屋に入って備え付けのソファに座るとずっと黙っていたジャスミンが話かけてきた。


『途中から通信が途絶えました。かなり強固なブロックを用意している様です』


(あのビルの地下に行ったけどそこは情報部の本丸だったよ。外部からの通信は当然シャットアウトしているだろうな)


『なるほど。それで交渉はうまく行きましたか?」


(渡すべき人に渡せたよ。これからチップの分析だろう。その後は飛行艇にのって基地に戻る予定だよ)


『ケンはそのホテルで待機ですか?』


(そうなるな。久しぶりにのんびりさせてもらうよ)



 ケンが出て行った後情報部はシュバイツの指示の下すぐにチップの分析を開始する。と同時にケンの取り扱いについても情報部内で検討が始まった。

 

 情報部は持てるネットワークを利用してケンと言う人間とケンの仕事を丸裸にしていく。過去に出向いた星、客先、トラブルの有無、飛行艇の運転技術など短時間で片っ端から調べていった。


 

 翌日の夕刻ケンは再び情報本部の地下にある会議室にいた。正面にはシュバイツが座り左右に昨日と同じメンバーが座っている。


「ゆっくりできたかね?」


「おかげさまで。良い部屋だったよ」


 その言葉に頷くと、


「まだすべての分析は終わっていないがそれでも博士の開発がとんでもないということがわかった」


 その言葉に頷くケン。


「それで早速だが明日にでも博士の基地に向かいたい。こちらは12名程のメンバーを考えている」


「問題ない。NWPを使ってここから5時間程で目的地に着く」


 ケンとシュバイツとのやりとりは続く。


「昨日の君の説明だとその小惑星に見立てた基地そのものも移動手段を持っているということだったが間違いはないかね?」


「その通り。組み込まれているAIがそう言っているし自分自身も基地にあるNWPのエンジンを見ている。基地ごと移動させることができると理解してるよ」


 確認だったのだろう。シュバイツはケンの言葉に頷くと、


「明日は基地に行った後はその基地ごとこの惑星の近くに持ってくる計画をしている。その方があとの分析が楽だからな。それで君には申し訳ないが基地をこの第3惑星の近くまで誘導するところまでは付き合ってもらいたい。昨日は小惑星まで案内してもらって終わりたいと言っていたが最後まで付き合ってもらえないだろうか」


「わかった。アフターサービスってやつでOKだ」


 シュバイツの提案を受けた。その答えを聞くと、


「では明日の9時にホテルに向かいにいく。そのまま出発だ」


 打ち合わせが終わり、ホテルに戻ったケンは部屋に入るとジャスミンを呼び出して今日の打ち合わせの内容を伝えた。


『基地をこの近くまで移送した後ケンが拘束される可能性があります』


 ケンの話が終わると開口一番ジャスミンが言った。


(拘束ならいいけど最悪消される可能性もあるよな)


『わかった上で受けたのですか?』


(そうだ。博士の依頼を受けてこの星に来ることを決めた時点でこの可能性はあると思っていたよ。ジャスミンには理解しろと言っても難しいかもしれないが俺は死んだ男との約束を果たすためにしている。その結果についてはどんな結果でも受け入れるつもりなんだ)


 ケンは生まれた地球にいる時から人を裏切ることだけはしない様にしてきたという自負がある。地球を出てリンツ星で商売を始めてからも同じだ。その信念には微塵も揺らぎがない。今回の一件がどういう形で決着を迎えようともそれを受け入れる覚悟はできていた。


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