第6話 シエラ第3惑星 情報部 1

(さてと目的地の場所はわかるかい?)


『はい。住所を申し上げます』


 脳内でジャスミンから住所を聞いたケン。空港の建物を出てタクシー乗り場に向かい待機していた無人のエアタクシーに乗りこむと運転席にあるレンズに顔を向ける。


「首都サウスエリア52番通りと21番通りの交差点に頼む」


「わかりました。首都サウスエリア52番通りと21番通りの交差点に向かいます」


 合成音で答えると無人のエアタクシーが浮き上がって走り出した。車が動き出すと見るともなく窓の外を見るケン。


 シエラに来るのは初めてだがどこでも街は同じ感じだ。綺麗か綺麗でないかは別にして高い建物と公園、通りを走る車に空を飛んでいる飛行艇。唯一違うのは空の景色だ。タクシーの窓から空を見ればシエラ第2惑星が大きな姿を空に浮かべていた。昼間でも青空の向こうにはっきりと見えている。


 エアタクシーは20分程で目的地の交差点に着いた。クレジットで支払いを済ませて車を降りたケンはその場で左右をぐるりと見回した。周囲に高い建物はないが落ち着いた雰囲気の建物が道路沿いに並んでいる。


 52番通りを歩くとすぐに目的の建物が見つかった。3階建ての何の変哲もない建物だ。両隣とも周囲ともしっかりと溶け込んでいる。ドアの左右、上にも何も看板もない。


 通りの左右を見てから目的のビルのドアを開けた。同時に脳内にジャスミンの声が響く。


『チップをスキャンされました』


 そりゃそうだろう。ここが本当の目的地なら港とは比べ物にならないほどのセキュリティが施されているはずだ。

 

 中は一見普通の会社の受付の様だ。ロビーになっておりカウンターの奥に受付嬢が2人座っている。パーティションで仕切られているので奥は見えない。そしてロビーの奥の隅にはそれぞれ2台の人型ロボットが立っている。


 ケンが受付に近づいていくと受付嬢の1人が立ち上がった。笑顔を見せて近づいてきたケンに、


「いらっしゃいませ。どう言うご用件でしょうか?」


 笑みを絶やさずに聞いてくる。


「俺は地球人のケン。運送業者をやっている。こちらにシュバイツという方がいらっしゃると聞いてやってきた。とある人からの預かり物を持ってきたんだけど」


「少々お待ちください」


 そう言って彼女はこちらから見えないがカウンターの中にあるPCを操作する。すぐに顔を上げてすまなさそうな表情になり、


「申し訳ありませんが、こちらにシュバイツという者はおりませんが」


 これは予期していた回答だ。


「おかしいな。シエラ人のイダルゴ・アンヘルという方からの預かり物を持ってきたんだが。彼曰くここにいるシュバイツという人に渡して欲しいと頼まれている」


 イダルゴ・アンヘルという名前を聞いてケンの対応をしていた受付嬢と隣で座ってやりとりを聞いていたもう1人の受付嬢の表情が変わった。


「イダルゴ・アンヘル様からの預かり物ですか」


「その通り。詳しいことはシュバイツさんに会ったら説明できる。もちろん預かり物も当人に渡してくれと言われている」


 ケンが言うともう一度確かめてみますと言い、PCを操作していた受付嬢。今度は


「失礼しました。こちらにどうぞ」

 

 とシュバイツなる人物がいるともいないとも言わずに答えると椅子から立ち上がった。そして受付カウンターの横にある扉を開けるとどうぞとケンを中に案内する。


 受付嬢に続いて奥に入ったケン。そこは廊下で片側に部屋が並んでいる。ビルにいる人と会うこともなくに廊下を歩くと受付嬢が一つの部屋の扉を開けた。


「ここでお待ちください」


 それだけ言うと部屋に入らずに扉から出ていった。


 部屋には1人掛けのソファが2つ、中央にテーブル、そしてテーブルを挟んで反対側には2人掛けのソファが置いてある。飾りもなくシンプルな部屋だ。そして何よりこの部屋には窓がない。


『目的地に着きましたね』


 ジャスミンの声が聞こえた。


(博士の名前を出したらすぐだったな)


『この星で博士の名前を知らない人はいませんから』


 2人掛けのソファに座って待つこと20分ほど、ノックの音がして直ぐに扉が開き、2人の男性が中に入ってきた。2人とも私服だ。後から入ってきた男の年齢は40代後半か50代前半、もう1人は30代だろう。2人が入ってきたのに合わせてソファから立ち上がるケン。


「お待たせしました。私がシュバイツだ、それでこちらにいるのがアンドリュー」


 後から入ってきた男性が言った。


「地球人でリンツ星を起点に運送業をしているケンという。よろしく」


 自分の身元調査をしていたんだろう。そして問題ないと判断してやってきたのだとケンは想像する。勧められるままにソファに座り直すと隣のアンドリューが口を開いた。


「早速だがイダルゴ・アンヘル博士からの預かり物を持っているということだが?」


「持っていますよ。その前にシュバイツ当人の確認をお願いできますか?くれぐれも当人に渡してくれと言付かっていますから」


 目の前の2人は情報部の人間には間違いないだろうがシュバイツと言った人物は若すぎる。博士の年代から考えるともうちょっと年上になるだろうと判断したケン。従いいつもの運送業としてのやりとりをする。


 ケンの話を聞いた2人はお互いに顔を見合わせると、


「ヤナギ・ケン。地球人で今はこのブルックス星系で運送業者をしている。なかなか評判が良いみたいだな」


 シュバイツと名乗った男が言った。


「おかげさまで。自分の様な個人の運送業者は信用が第一ですからね」


「なるほど。それでここの場所とシュバイツという名前はアンヘル博士から聞いたと言ってたな?」


「ええ。博士からの依頼はシエラ連邦軍参謀本部情報部にいるシュバイツという人にチップを渡してくれというものです」


 ケンが答えるとしばらくの沈黙の後


「どうやら信用してもよさそうだ。悪いがもう一度部屋を移動してくれるかな?」


 そう言ってソファから立ち上がる2人。ケンも続いて立ち上がると部屋を出てまた廊下を歩き、今度はエレベーターに乗る。上の階にいくものとばかり思っていたケンだがエレベーターは下に降りていった。エレベーターの中では誰も口を開かない。


 エレベーターが止まって扉が開くとそこには全く違う景色が目の前にあった。軍服を着ている男女が行き来し、PCやモニターが机の上や壁に多数設置されていた。


「こちらだよ」


 それらを横目に見ながらそのフロアの中にある今度は会議室の様な部屋に連れ込まれるとそこには既に数名の軍服を着た男女が着席していた。ケンらが入ると全員立ち上がる。


 中央には60代前半に見える男性が座っていた。彼がそうだろうと思っていると、


「手間をかけた。私がシュバイツだ。シエラ連邦軍参謀本部情報部の准将をしている」


 そう言って自らIDカードを見せる。写真と名前を確認するケン。准将に続いてスコット大佐とアンドリューも同じ様にIDカードをテーブルの上に置いた。


「さっき自己紹介したがケン・ヤナギ。地球人で今はブルックス星系を中心に運送業をしている」


 運送業者として登録されているIDを提示するケン。


「さっきは失礼した。私はスコットで情報部大佐だ。アンドリューはそのままだよ。身分は中佐だ」


 座ってくれというシュバイツの声で全員が着席した。


「やりとりは聞いていた。そして君についても調べさせてもらった。その上で問題ないだろうという結論になってここに来てもらった」


 准将はそこまで言うと一旦間を置き、


「最初にスコット大佐が私の名を名乗った時に当人確認をしたいと言っていたがそうしてそう言ったのかね?」


 予想通り部屋での会話は盗聴されていた。


「アンヘル博士の年齢から推定して預かり物を渡す相手としては年齢がまだ若いと判断したからです」


 ケンの言葉に准将は表情こそ変えなかったが内心で見事な判断力だと内心でびっくりする。周囲の大佐と中佐も同じ様に目の前にいる地球人の運送業者の男の観察力に驚いていた。


「なるほど。それでイダルゴ・アンヘル博士からの預かり物を持っているということだが。君は博士と会ったのかね?」


 と聞いてきた。ケンはジャンパーの内ポケットから小箱を取り出してテーブルの上に置く。全員の視線がそこに注がれる。


「会ったというかモニター越しですけどね。博士はもう存命されていないでしょう」


 そう言ってケンは自分の船のエンジントラブルから小惑星群の中に入って言ったところから説明を始めた。


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