第3話 ジャスミン

 ケンは消えたモニターをしばらくじっと見ていた。そして再びコントロールルームの中をぐるっと見渡す。見たこともない計器が並んでいるのを見るともなく見ていると、


『はじめまして』


 という女性の声が聞こえてきた。びっくりするがすぐにそれが博士の言っていたAIの声だと理解する。顔を天井に向けると、


「博士が言っていたAIかな?」


『はい。その通りです。ジャスミンという名前を頂いていました』


「OKジャスミン。俺はケン・ヤナギ、地球人でしがない運送業者だ。ケンと呼んでくれて構わない。そして今アンヘル博士のモニターからの話を聞いてまだ混乱している」


 ケンが今の自分の状態を素直に話す。


『理解できます。一般の人がいきなりこの話を聞いても戸惑うばかりだろうと博士もおっしゃっていました』


「じゃあすまないがジャスミン、頭の悪い俺にもう一度説明してもらえるかな?」


 ケンが言うとジャスミンがもう一度説明を始めた。今度は自分がわからないところがあればそこで会話を止めてジャスミンが丁寧に説明してくれたのでケンは随分と理解が深まった。


 NWPのことはモニター越しに博士より説明があったがそれ以外に飛行艇の推進システム、新しいエンジンの説明をアイリスから聞いた時はNWPの時同様、いやそれ以上の衝撃だった。


 博士が開発した推進システムとは燃料を特殊な鉱石から抽出される物質を材料にして作ったもので今までの燃料よりも数十倍の燃料効率がありパワーも増大しているらしい。


「NWPもすごいがこれもまたとんでもない技術じゃないか」


『仰る通りです。博士は天才でした』


 感情がないと言われているAIだが今の口調には悲しみがこもっていたなとジャスミンの言葉を聞いたケン。ふとあることを思い出した。


「そう言えば博士は最初にここに来たのは戦闘員じゃないなとか言ってたな。わかるのか?」


『ケンの船がここの第1ゲートを越え空気を送り出した部屋に入る前に船全体をスキャンしました。もちろん乗員であるケンもです。そこでケンの船のIDを検索しファジャル所属でないこと、ケン自身もファジャル人でなく地球人であること、一切攻撃用の武器を所持していないことが分かりましたので第1ゲートを閉じて空気を送り出しました』


「なるほど。あそこでスキャンされてたのか。でもし武装していた船が来た場合にはどうなるんだ?」


『単機で来た場合は第1ゲートが閉まった時点であの部屋の数カ所から高熱のエネルギー波が出る様になっています。また複数の船が近づいてきた場合には第1ゲートは閉じられたままで、小惑星あるいは宇宙デブリとしてたち振る舞う様にプログラムされています』


 なるほどと思うと同時に自分がもし武装していたらと思うとゾッとする。

 その後ケンはジャスミンの案内でこの小惑星基地の内部を探索した。


 基地は3階になっていて最初に入った部屋は2階部分だった。階段で3階にあがるとそこは居住区の様で通路の両側に個室がならび、フロアの中央部分は食堂になっていた。その奥は通路の両側に会議室があり一番奥、惑星の前方部分は艦長室になっている。


「博士はここで寝泊まりしていたのかい?」


『ほとんど下の1階で研究をされていました。ここに来るのは1週間に1回程度でした』


 3階を一回りしたあと今度は階段で1階部分に降りていった。そこは動力室と研究室、そしていくつかの小部屋がある。動力室と研究室で1階の多くのスペースを占めていた。


 ケンが動力室に入るとそこには見たことがないエンジンが縦方向に設置されている。


『これが博士が開発した新エンジンです。NWPにも対応しているエンジンとなります』


 博士はNWPシステムを開発すると同時にNWPにも対応できる全く新しいエンジンの開発にも成功していた。もちそん既存の燃料で動くNWPエンジンも製造可能だが博士はエンジンそのものの開発にも取り組みそして全く新しい燃料で動くエンジンを開発していた。


 ケンは1人で船を動かしているのである程度の知識はある。それでも目の前にあるエンジンは見たことがない形をしていた。


「小惑星ごと動かせる様になっているのが実感できたよ。そして俺見たいな半分素人が見てもわかる。こいつはとんでもない代物だってな」


『サイズダウンしますが停泊している機体にも設置されています』


「後で見させてもらうよ」


 ジャスミンの説明によるとNWP対応エンジンについては博士が開発した新エネルギーを燃料としている。特殊な鉱石から作られたという燃料がエンジンの下部部分にセットされていた。


 それは大きなカートリッジを差し込む様になっていた。液体燃料しか知らないケンがそのカートリッジをよく見ようと近づいていく。エンジン部分にカートリッジが2基差し込まれている。


『この小惑星基地がこの場にとどまり移動しない前提であればそのカートリッジ1つでこの基地の電力を32年間供給できることができます』


「これ1つで32年間?」


『はい。博士の宇宙船にも搭載されております。ちなみに予備のカートリッジはこの基地に10基、そして宇宙船にも10基既に搭載済みです』


「博士の船に搭載している10基でどれくらいの期間使えるんだ?」


 ケンが質問するとアイリスが即答してきた。


『理論上、あの船がNWPをし続けたとして5年8ヶ月の使用が可能です。実際はNWPをし続けることがないでしょう。飛行形態が確定しませんのでおおよその数字となりますがそれでもカートリッジ1基で12年間は燃料交換が不要となります』


「10基あるってことは120年間燃料がいらないってことか」


『この基地を移動させなければここにあるカートリッジも持ち込んで使えますから更に期間は伸びますね』


 全くとんでもない発明だ。そしてこれが公になったら取り合いで戦争でも起こりそうだ。


「とんでもない発明だ。メンテナンスは?」


『私の方でメンテナンスプログラムが入っています。たいていのトラブルには対処可能です』


 1階部分を見て回った後再び2階のコントロールルームに戻ってくると頭を掻きながら、


「とりあえずこの小惑星基地がとんでもないってことはわかったよ」


 全てがあまりにも先進的すぎてケンは驚くばかりだ。


『現時点でこの基地と船を含む付帯設備全てがケンの所有になっています』


「それだよ、問題は」


 ケンがそう呟くとジャスミンの声が聞こえた。


『ケンのバイオチップと私をリンクさせたいのですが。そうすれば脳内会話が可能となります』


 とりあえずそうした方が何かと便利だろう。ケンがOKするとしばらくして


『リンクしました。聞こえますか?』

 

 脳内にAIの声が聞こえてきた。


(聞こえている。こっちの声は?)


『はい。クリアです』


「じゃあ今度は船を見させてもらおうか」

 

 そう言ってから今度船を見ることにする。コントロールルームからでるとそこは来る時にも通った部屋だった。


『ここは装備のメンテナンスを行う部屋でもあり作戦室でもあります』


「その壁際にある箱は?」


 来た時から気になっていた箱について声を出して聞く。


『箱には燃料カートリッジや工具類が入っています』


 ここにあれば飛行艇にもこの基地のエンジンルームにも近いってことか。ケンがFUELと書いてある箱を開けるとそこにはエンジンルームで見たのと同じカートリッジが収納されていた。


 一通り箱を見てから部屋を抜けて飛行艇が止まっているデッキに移動する。ケンのオンボロ船とは対照的に博士が作った船は外から見る限り綺麗なままだった。

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