第2話 イダルゴ・アンヘル
ケンが口を出すと同時に壁に備え付けられているモニターの電源がオンになる。顔をそちらに向けるとすぐにモニターの中で1人の男の顔が浮かび上がってきた
『このモニターが起動したということは私のこの研究所に戦闘員じゃない誰かが入ってきたということだな』
モニターの男はまるでケンを認知している様に語り始めた。研究所?
『驚いているかもしれん。小惑星の中がこんな風になっているとは誰も思わないだろうから。ここは私の研究所であり住居だったのだ』
だった…なぜに過去形なのかと思っているとモニターに映っている男が言葉を続けた。
『その前に言わなけばならないな。この映像を記録している今日は宇宙暦(UC)1856年6月28日だ』
聞いていたケンはびっくりする。今日はUC1868年9月10日。今から12年前だ。
『そして私の名前はイダルゴ・アンヘル。シエラ第3惑星の科学者だ』
それを聞いてまたびっくりするケン。天才科学者と言われ次々と新しい技術を開発しては世に送り出してきた人物としてこの銀河ではシエラ第3惑星のアンヘル博士といえばあまりにも有名な科学者だ。その名前は銀河中に響き渡っている。
今から25年前に突然消えた時には大きなニュースになったという。殺人説や自殺説など様々な噂が飛び交った中最も信憑性が高いと言わたれたのがブルックス系の隣に位置するトレオン系の中にある惑星ファジャルを中心とするファジャル連邦、ここの中核惑星であるファジャルがその技術を狙ってアンヘルを誘拐したというものだ。
ファジャルは一党独裁の国家で、国家がまるで詐欺師の様に特定の人物や他の国家を騙してはその技術、そして時にはその惑星をも自分のものにして成長している。金、女、時には男、そして酒と相手を陥落させるための手段は厭わず手に入れたいものはどんな手段を取っても手に入れると言う強欲な惑星国家だ。
他の星系連邦からの批判には内政干渉だと大声で反論するくせに他星の方針にはいちいち口を出す銀河系でも嫌われ者だ。ただそうやって他所から強奪してきた技術で国家を強くしてきておりその国力、そして軍事力は侮れない。
惑星ファジャルは以前からシエラ第3惑星の技術、特に目の前のモニターに映っているアンヘル博士が開発をした様々な技術に目をつけており過去何度も友好条約の締結を持ちかけてはその度に断られてきたという話はケンもネットや酒場での話から何度も聞いていた。
『とある国家が我が惑星国家との友好条約を結べないと判断すると彼れは卑劣な手で私の身柄を確保しようとした。幸いにそれが事前に分かったので私はシエラを離れてここに引っ越してきたというわけだよ』
博士の話は続く。
『ここでの生活は悪くなかった。好きな時に好きな事ができたからな。AIも優秀で随分と助けられたものだ。ただ寄る年波には勝てない。モニターに映っているのはAIが作ってくれた私の若い頃の画像だ。今やもう年寄りになって歩くのも億劫になってきておる。そろそろ長い眠りにつく頃が来たと思ってこれを作ったのだよ』
ケンの知識だとアンヘル博士が失踪した時の年齢は確か55歳だったはずだ。シエラ第3惑星の人々の寿命は地球人とほぼ同じだと聞いている。するとこのビデオを撮影した時点では68歳程になっているはずだ。今生きていれば80歳くらいか。
『さてこれからが本題だ』
その声を聞いてケンは意識をモニターに向けた。
『この小惑星に住居兼研究所を作ってからも色々と研究開発を行っていた私はいくつか新しい技術の開発に成功した。と言ってもこれを今私自身がシエラ第3惑星に持っていくとまたファジャルの手が伸びてくるのは間違いない。今このモニターを見ている者にお願いしたいのはその技術を私の故郷に持っていってくれんかということだ』
「新しい技術?」
モニターに向かって呟くケン。それが聞こえたかの様にモニター越しに博士が言葉を続けた。
『新しい技術はいくつかある。その最大のものは今までのワープシステムを根本的に変えたシステムだ。私はこれをNWP(ニューワープ)と呼んでおる。従来と異なりこのNWPを使うと空間上の任意の点から任意の点までのワープが可能になる。しかもワープ時間が従来よりも大幅に短縮できる。私はその概念を理解しNWPに対応できるエンジンを開発した』
ワープとは空間の点と点との間の空間を短時間で移動するシステムだがその航路上に障害物があればぶつかり、重力があればその影響を受ける。ブラックホールもある。従い闇雲にワープするとどんな事故が怒るかがわからないということで銀河ではワープポイントできる場所が定められている。基本は星がない空間で直線距離の長い場所という限定した条件に合致する場所だ。それ以外の場所でのワープは大きなリスクが伴うという認識は船乗りなら誰でも知っている。
それに対して今博士が入っているNWPであればどこからでもワープをしてどこにでも飛んでいけるということになり画期的な技術であることは間違いない。
軍隊で戦闘船にこのシステムを搭載すれば遠くからでも目的地にすぐに飛んでいけそのまま戦闘に入れることになる。
画面では博士がその原理について説明をしていた。2次元の地図に出発地と目的地の2つの点を書き、紙を折ってその点と点とを重ねさせていた。
『難しい原理は置いておいて簡単に説明するとこうなる。これによりワープ中にワープルート外からの干渉を受けなくなるということだ』
これはとんでもない発明だとケンは思わず声を出していた。そして同時にこの技術を欲しがらない奴らなんていないだろう。逆に言うと得るためにはなんでもしてくるだろうなとも理解する。
『このNWPの概念とそれを利用する為に作ったエンジン、ニューワープ対応エンジンを積んだ飛行艇が格納庫に置いてある。君たちの飛行艇が停泊した場所にあった飛行艇だ。AIに記憶させているので後でそのチップを受け取ってそれをシエラ第3惑星のしかるべき人物に渡してほしい。そうそう、ここの格納庫にあるその飛行艇は君たちに差し上げるよ』
「なんだって?」
今日何度目かの驚きの声を出すケン。アンヘル博士の気前の良さにびっくりする。
『後で紹介するがこの小惑星の研究所にあるAIはあの飛行艇のAIとリンクしている。同じAIだと認識してもらって結構だ。詳細についてはAIに聞くと良いだろう。それ以外の新しい技術についてもAIに記録させてあるのであとでチップをもらってくれ。NWP以外にも全て革新的な技術だよ。特に燃料システムについては自分でもNWPと並ぶ開発ができたと自負している』
黙って聞いているケン。黙っているのは話が大きすぎて着いていけないというのが本当のところだ。
『最後になるがこの小惑星の基地についてどうするかは君たちに任せるよ。シエラの人に伝えてもよし、自分達の基地にしてもよし。好きに使ってくれたまえ』
この基地までくれるとは。それにしても基地を手渡すって言ってる当人はどこにいるんだ?とケンが思っているとアンヘル博士の言葉が聞こえてきた。
『さてとこれで伝えるべきことは伝えた。思い残す事はなくなったよ。どこの誰かは知らないがここに来てくれてありがとう。私はこれから長い眠りに入ることにする。この基地から脱出用のポットで宇宙空間に飛び出すんだよ。睡眠剤で寝ている間に呼吸が止まるだろう。私は数年前から病に冒されていてね研究も滞りがちになっていた。でも全部やりきった。これでもう身体の痛みに耐えながら研究を続ける必要がなくなったと思うと嬉しくてね』
モニターの向こうで微笑んだ博士。
そこでプツっとモニターが切れた。
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