アイリス2 〜英雄と呼ばれたある地球人の物語〜
花屋敷
第1話 ケン・ヤナギ
鼻歌を歌いながら操縦席に座って前方を見ていると突然コントロールパネルの一部分が赤く点灯し始めた。歌をやめて舌打ちをして視線をコントロールパネルに向ける。
オレンブルグ星に無事に荷物を届けて自分の拠点のあるリンツ星に戻る途中だったこの男。
「もうちょっとで我が家って時にこれかよ」
ぶつぶつと言って男は赤のランプを押して一度消すと再びその点灯しているスイッチを押す。しかしエンジンは再起動しない。状況は変わらず赤色のランプが点灯するだけだ。赤ランプはエンジントラブル。
「再起動せず、左エンジンがダウンか。右はまともに動いてるな。でもいつまで持つか」
右のエンジンは正常に稼働していることを示すグリーンのランプが点灯している。左のエンジンの再起動を何度か試したが無駄だとわかると左エンジンのスイッチを切った。
「ワープする前でよかった。とは言ってもこのままじゃワープできない。どこかに着陸して外から直すしかないか。これが最新の飛行艇なら搭載しているAIが故障箇所を見つけて対処方法を指示して、あるいは修理までしてくれるんだろうが、いかんせんこの船じゃな」
男が乗っている小型宇宙船は少なくとも3世代以上前のオンボロだ。周りからはいつもよくまぁ動いているもんだと妙に感心されている。そして乗ってみるかと声をかけると100%やんわりと断られる。
こつこつと貯めたなけなしの金で頭金ができて購入できた中古の船。マメにメンテナンスと修理はしていたがとうとう限界が来たのかもしれない。やっとローンが払い終わってこれからだと思っていた矢先のエンジントラブル。ついてないなとぼやく男。
リンツ星に戻るまで持たせるためにどこか着陸できる星はあればそこに着陸して船外から様子を見てみるしかない。何と言っても乗組員は1人、自分だけだ。操船も修理も全てやらなければならない。
コントロールパネルを操作すると正面のモニターに付近の地図が投影される。それを見るとここから一番近い着陸ポイントはここから5、6時間程飛んだ先にある小惑星群の様だ。
「着陸できそうな小惑星を探して修理だな」
そう言うと座標を打ち込んで目的地を決めた。機体はゆっくりと右に傾いてからインプットした座標に向かって飛行を始めた。この機には航海士もいなければ優れたAIもない。全て自分でやらなければならない。片肺になった宇宙船は本来の速度以下でゆっくりと目的地に向かって飛び始めた。
「機体に何も問題なければ1時間程でワープポイント(WP)だったんだがな。小惑星群の中で修理をしてWPに戻って再ワープとなると最低でも3日はロスすることになる。稼ぎが減るな」
1人で船に乗って仕事をしていると独り言が多くなるのは仕方ない。
年代ものの飛行艇(宇宙船)に乗っているこの男。名前はケン・ヤナギという一匹狼の地球人の運送屋だ。星から星に荷物を運んで生計を立てている。
宇宙は広く、人と星は多い。そして人が多いと物が動く。大手の運送業者は船団を組んで大量の荷物を輸送するが、小さな荷物や急ぎの便そして確実に相手に早く届けたい場合などは中継地点を多数構える大手よりもケンの様な小回りの聞く業者の方が確実なのだ。
金はかかるが確実にそして早く届けられるということでケンの様な大企業に属さない規模の小さな運送業者もこの世界には多数存在していた。この小さなオンボロ船でも後部には小型コンテナ2基くらいは積めるスペースがある。
嵩張らないが高額な商品や重要な書類。そして急ぎの配達等小型船を利用したがる客は意外と多い。
モグリの業者も多い中、ケンはまともな運送業者であった。太陽系連邦政府とブルックス星系政府の2箇所より発行された許可書を持っており銀河系サイトの中にある小口運送者のリストにしっかりと名前と許可番号(ID)が載っている。ちなみに評価は5段階で4.3と悪くない。むしろ良い方だろう。最初から正当な評価をする気がなくて意地悪く低い点をつけるやつはどこの星にもいる。
今回はブルックス系のリブルノ星に住んでいる会社から頼まれた機械の部品を同じ星系内にあるオレンブルグ星にある取引先の会社に無事に納品し終えて自宅のあるリンツ星に戻る途中だった。
地球出身で23歳で中古の船を手に入れたケン。それ以来運送業者として4年間働いて今26歳。一人者で気が向いた時に仕事ができるこの仕事をケンは気に入っていた。
運送業者を始めたときに競争相手が多い太陽系を避けてこのブルックス星系に仕事場を求めたのも正解だったと思っている。ここは太陽系よりも競争相手が少なく、そしてこれが一番の理由だがブルックス星系では地球人の評判が良いのだ。信義に厚く契約を反故にしないという評判が定着している。
じゃあどうしてこのブルックス星系にもっと地球人がこないのかと言うとこれにもちゃんと理由がある。最大の理由は太陽系が最も治安が良いからだ。太陽系政府は地球から海王星、そして冥王星までの惑星と全ての衛星及びその周辺のエリアを完璧に管理しておりこのエリアには海賊や犯罪者が住み着く様な星がない。一方他の星系はと言えば星系全体の治安が悪い場所が多く、また数多くの衛星がありその中のいくつかは海賊の隠れ家になっている。他の星系の軍も海賊には手を焼いているが完全な押さえ込みはできていない。
もっとも他の星系は太陽系に比べてずっと広いということもあるが。ケンが拠点としているこのブルックス星系も広さで言えば太陽系の数百倍はある。当然星の数も多くなるわけだ。ほとんどの地球人の運送業者は自分のテリトリーである安全な太陽系内で仕事をしている。そしてそれでも食うに困らない程の物流はある。
5時間ちょっと飛んでいくと前方に小惑星帯が見えてきた。大小様々な小惑星が宇宙空間を漂っている。この小惑星群は長さは結構長いが幅と高さは広いところでもせいぜい100万キロほどしかない。この小惑星帯の上と下がワープルートになっており通常飛行する飛行艇はこの小惑星の前でずっと手前でワープをしてはるか向こう側に抜けていくのでこの小惑星の近くにくる船はまずいない。
減速した船はゆっくりと小惑星軍の帯の中に入っていった。慎重に機体を操縦するケン。小惑星といっても小さいものでも直径が数百メートル、大きな物は数キロから数十キロもありじっとして漂っているものもあればゆっくりと回転をしているものもある。それぞれが不規則な動きをする中ケンはうまく期待を操作して惑星群の中を飛んでいった。
着陸できそうな比較的平らな地表を持っている惑星を探して惑星帯の中を飛んでいたケンはパネルに映る着陸に適した星を見つけるとそこに近づいていった。
それは全長は500メートル,幅は300メートル弱,そして高さはわずか100メートルほどの直方体に近い形をしている小さな星と呼ぶこともできないほどの岩の塊だった。星の欠片という表現が最も近いだろう。ただ見る限りだと平らな表面をしておりそして動かずに止まっているので着陸はしやすそうだ。
近づいていくとその直方体の形をしている星の欠片の端の部分の一部が凹んでいて大きく斜め奥に抉れて穴になっているのが目に入る。口を開けている穴は幅200メートル、高さ7〜80メートル程だ。
全長40メートル程、幅20メートル、高さ10メートルの一応二人乗りになっているケンの小船なら全く問題のない広さだ。しかも外から見る限りではその凹んでいる部分、星の内側部分はほぼフラットだ。
ケンは操縦桿を握り慎重に穴に飛行艇を近づけ中に入っていく。穴が奥に向かって斜めに切れ込んでいるので穴の奥は暗くて見えない。ケンは中に入るとライトで前方を照らしてゆっくりと進んでいった。
「ん?」
進んでいると機体の背後で音がした。背後カメラを見るとケンの飛行艇の背後で壁というか扉が閉まっていくのが見えている。何が起こったのかとその場で飛行艇を停めるケン。
すると船内にいくつかあるコントロールパネルのある数値が動き出した。船の外部に酸素を含んでいる空気が流れ込んできていることを示している。
「なんだと?」
と再びびっくりした声を出した。ゲージを見ていると地球とほぼ同じ空気になった様だ。重力はないので船は浮いたままだが。
再びゆっくり船を進めていったケンはまたびっくりする。飛行艇のライトが照らしている前方に見えてきたのはどうみても人工的に作られたゲートだ。それがしっかりと閉じられている。
「どうなってるんだ?これって小惑星の欠片だろう?違うのか?」
微速で飛行艇をそのゲートに近づけていくとゲートが左右に開き出した。扉が開くと中が見えてくる。中は灯りがついていて操縦席からもよく見えるがケンの見ている目の前の景色はどう見ても格納庫にしか見えない。そこには大きな格納庫であり、1隻の飛空艇がそこに係留されていた。外から見る限り自分が今乗っている飛行艇よりも2回りほど大きい。
ケンの船が格納庫に入るとゆっくりと船が沈みだした。重力を発生させている様だ。ケンは船の下にある着陸用の補助エンジンを点火して落下速度を調整してから格納庫の床の上に自分の船を着陸させた。
同時に4隻程の飛空艇を止めることができそうな大きさの格納庫に自分の飛空艇を着けると機内から外に出た。格納庫の壁には修理用の様々な工具や機械が備え付けられている。整備用のロボットや自動アーム等も壁に備え付けられている。しょっちゅう修理をするケンには見慣れた道具が多い。まるで修理工場の様だと思いながらそれらを見ていくケン。
「それにしても誰が、一体何のために」
一通り格納庫を見たケン。その奥にある扉についている大きなレバーを回してからドアを開けて中に入った。空気が逃げない頑丈な扉だ。
次の部屋は広い部屋だった。壁際には棚が備え付けられていてそこには頑丈そうな箱が積まれていた。部屋の中央にはテーブルと椅子があり、動かない様に脚が床に固定されている。ケンは箱の中を見たい気もしたがそれよりもさらに奥に続く扉の方が気になり、そのまま部屋を抜けて次の部屋に入った。
予想通りそこはメインルームだった。外からみて衛星の欠片にしか見えなかったここは星の欠片に見える様に精巧に作られた外装によってカモフラージュされている人工物だったのだ。
正面には大きなモニターがありそこにはカメラで撮影している外部の映像が写っている。様々な機器が並び、椅子と机やテーブルが配置されていた。ケンが部屋に入ると同時に非常電源で照らされていたこの部屋の電気が一斉について部屋が明るくなる。
パッとみた限りでも20名ほどはここで仕事ができるだけのスペースはとさまざまな機材があった。
「一体誰がこんなのを作ったんだ?」
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