第23話 駆け出し開拓者

「ピュラ、行ったよ」

「はい、デュークさん!」


 細かな起伏の多い岩石地帯。赤土の赤褐色よりは砂や岩の黄土色が目立つ渓谷の一角で、デュークは傍らの少女に声を飛ばす。


 ピュラは素早く銃を構えると、たった今デュークの脇をするりと通り過ぎた二体の小型〈鎧獣〉に狙いを定めた。


 右へ左へとすばしっこく跳ねる、猫のようなその動きを正確に読みきって。


「ピギィィッ!」


 引き金を引く。まるで〈鎧獣〉の方から弾に当たりに行ったのではないかと思うほど、鮮やかなヘッドショットが決まった。


「よしっ、あともう一体!」


 撃鉄を起こして身構えるピュラの周りで、残った一体はかく乱するように走り回るや、不意に空高く跳躍。ピュラの頭上から強襲を仕掛ける。


 だが、再びピュラのリボルバーが火を噴いた瞬間、中空の小型〈鎧獣〉は四方八方に生える氷柱で顔の半分を抉り取られ、そのままなす術もなく墜落した。


「ふぅ……デュークさん、これで小さいのは終わりみたいです!」

「うん、了解」


 ピュラの声に、デュークは意識を目の前の一体に集中させる。


 小高い岩場の上に陣取る大型の猿のような〈鎧獣〉が、ギョロリとした緋色の瞳でこちらを睨みつけていた。


「あとはあの一体ですか。でも、見たことない外見ですね」

「あのタイプは珍しいからね」


 よく見る四足歩行型の〈鎧獣〉と違い、眼前の個体は両の前脚だけが異様に発達していた。


 おそらくは半直立二足歩行で生活する、原生生物の中でも珍しい種が母体なのだろう。


「ピュラは下がってて」

「いえ、私も援護を――」

「ゴガァァァァ!」

「きゃッ!?」


 突如、〈鎧獣〉が二本足で立ち上がり咆哮する。耳をつんざくような雄叫びが、周囲の大気を震わせた。


 追い詰められた〈鎧獣〉が時折見せる、威嚇行動だ。


「お……怒らせてしまったんでしょうか?」

「いや、怯えてる。攻めるなら今だ」


 言って、デュークは赤く熱せられたブレードの刀身を構えた。


「デュ、デュークさん、よく平気ですね? 私、さっきからもう耳を押さえるのに必死で」


 身を縮こまらせるピュラに、デュークは髪をかき上げて自分の右耳を見せた。


「耳栓しといたから」

「……みみ、せん?」

 両手で耳を塞いだまま、ピュラがぽかんとした顔になる。


「あ……ピュラも使う?」

「使いますよ!?」


 デュークの手渡した耳栓を、ピュラは慌てて両耳に着ける。


 騒がしさは軽減されたのか、ホッとひとつ息を吐くと、それからピュラはジトっとした目でデュークを見上げた。


「ありがとうございます……もう少し早く言って欲しかったな、とは思いますが」

「ごめん。渡しとけばよかった」

「いえ、まぁ貸していただけるだけでもありが――って、デュークさん! 前、前!」


 ピュラの叫びに前方に向き直ると、岩場の上の〈鎧獣〉が手近にあった大きな岩塊を持ち上げ、今まさにこちらに向かって投げ飛ばさんと腕を振りかぶっていた。


「ゴガァゴッ!」


 怒号と共に、投げ飛ばされた岩が凄まじいスピードでデュークたちに迫る。まるで大砲の砲弾だ。


 直撃すれば痛いでは済まないが、躱すには既に岩が近付き過ぎている。


 デュークは即座に回避の選択肢を捨ててブレードを握り込み、それを大上段から真っ直ぐに振り下ろす。


 白煙が尾を引く赤熱の刀身が、次には大岩を綺麗に両断した。


「ガガゴッ!?」


 入魂の一球が不発に終わり怯んだのか、〈鎧獣〉が硬直した。その隙を見逃さず、デュークは地面を蹴る。


 岩場を駆け上り、肉薄。接近させまいと〈鎧獣〉が振り下ろした拳を避け、それを踏み台にしてデュークは高く跳ね飛んだ。


 見上げる位置にあった緋色の両目と、真正面に対峙する。ブレードを脇に構え、しかし、そこで〈鎧獣〉が咄嗟にとった行動を前に、デュークは攻めあぐねる。


「……頭いいね、それ」


 なんと、〈鎧獣〉はそのぶ厚い両腕を顔の前でクロスさせ、それを盾のごとく構えたのだ。まるで、斬撃がどこに飛んで来るのかをピンポイントで予測しているような行動だ。


 一般的に〈鎧獣〉の身体能力や知能は、生前の母体のそれに依る所が大きいとされている。個体によってはこんな風に、なかなか知恵のある動きを見せる奴もいたりするのだ。


 元から発達している上に、荒毒の影響でさらに硬質化している両腕のガードは、たしかに頑丈そうだった。


 デュークのブレードでも、一振りで腕ごと両目を斬るのは至難の業だ。敵の予想外の防御に、デュークは一瞬ためらう。


 が、それも本当に一瞬のことだった。


「ゴギャッ⁉」


 出し抜けに悲鳴を上げた〈鎧獣〉が、顔のガードを解いて片膝を折る。


 何事かとデュークが素早く視線を走らせた先には、両腕を挙げたせいでがら空きだった〈鎧獣〉の脇腹を覆う、鋭利な氷柱の剣山があった。


「ナイスアシスト」


 露わになった〈鎧獣〉の両目を目掛けて、デュークは今度こそブレードを振り抜いた。


 巨体が倒れるズシンッ、という鈍い音が響き、やがて渓谷にはいつもの荒野の静寂が戻っていた。


「お疲れ様です、デュークさん。これで一応、お仕事は終わりってことになるんですよね?」


 岩場から下りたデュークを、ピュラが銃のリロードをしつつ労った。


 シリンダーをスライドさせ、空の薬莢を排出すると同時に弾丸を込める。随分と手慣れた所作だった。


「助かったよ、ピュラ」

「いえいえ。でも、今回の任務は私、結構活躍しませんでした? 小型の〈鎧獣〉も何体か倒しましたし、最後はデュークさんともちゃんと連携できましたし。この銃にも大分慣れてきたと思うんですよね、なんて」


 何やら期待に満ちた眼差しでそう言って、ピュラはすっかり使いこなした様子の〈ブライニクル〉を片手に満足げに破顔する。


 たしかに、とデュークも顎に手を当てて頷いた。


 ピュラが開拓者になってから、早いもので一か月が経とうとしていた。


 まだまだ駆け出しの域は出ていないが、こと銃の扱いだけでいえば、この一か月の訓練や実戦の賜物か、なるほどなかなか様になっていた。


 あるいは、彼女が意外にも恵まれた射撃センスを備えていたことも要因かもしれない。


 あのダルダノをして「将来有望なガンナーだぜ、ありゃ」と言わしめるほどのことはある。


「たしかに大活躍だった」


 見上げてくるピュラにデュークも微笑み返し、少女の頭を軽く撫でた。


「えへへぇ……ありがとうございます!」


 軽く身をよじりつつ、ピュラが顔を綻ばせる。表には出さないものの、ピュラは時折こうして頭を撫でられるのが好きなようだった。


 大人びて見えていても、やはり根はまだまだ誰かに甘えたい盛りの少女だということだろう。これも、この一か月でわかったことだった。


「でも」

「へ? デューク、さん?」


 唖然とするピュラの目の前で、デュークは不意にブレードを振りかぶる。


「え? え? な、何を――きゃあ!」


 次の瞬間、デュークはピュラの頭上すれすれ数十センチの辺りをブレードで薙ぎ払った。


「ピギャッ!」


 と、ピュラの声に重なるように耳障りな断末魔が響く。


 頭のすぐ後ろから聞こえてきたその悲鳴にびっくりしたのか、ピュラは反射的にデュークの胸元に飛び込むと、おそるおそるといった感じで背後を振り返った。


「あ、あれって……さっき私が倒した……?」


 そこには既に物言わぬ黒いガレキと化した、全身から氷柱を生やした小型〈鎧獣〉が横たわっていた。


「『目』を潰し損ねてた。両方潰さないと、こいつらは動き続ける」


 再びブレードを納めて、デュークはやんわりとピュラを諭した。


「気を付けて」


 しばらくの間ぽかんとした顔でデュークの助言を聞いていたピュラは、やがて我に返ったようにデュークから離れると、今度こそ唇を尖らせた。


「も、もう! デュークさんたら、脅かしっこなしですよ! それならそうと一言教えて下さい。何も言わずにいきなり剣を抜くんですもん。私の頭を切られるのかと思いましたよ」

「え? あ、うん。ごめんね」


 デュークは曖昧な返事と共に頭を掻く。


「はぁ……デュークさんって、意外と横着さんですよねぇ。特にお喋り。お家にいるときなんか、いつも大体『うん』とか『そうだね』とか『なるほど』しか言いませんし」


 柔らかそうな頬っぺたをプクッと膨らませて、ピュラが腕を組む。



「私が『もっとお話したいな』と思っても全然会話が続かなくて、ちょっと寂しいです」


 そうかな、とデュークは首を傾げて。


「うん………たしかに、そうだね。そうかも」

「ほら! また『うん』と『そうだね』です」


 デュークがハッとして口を塞ぐと、ピュラはクスクスと笑い声を漏らした。


 このごろのピュラは、自分の感情を随分と素直に表に出すようになった。


 共に暮らし始めた当初こそ、こちらに遠慮してか必要以上に自分の気持ちを抑えているようなところがあった。


 けれど今では年相応の少女らしく、毎日毎日笑ってみせたり拗ねてみせたりと忙しい。


 最近ではこんな風に、デュークにちょっとした茶々を入れることも増えた。この生活にもだいぶ慣れてきたということだろう。


 微笑ましさに、デュークも微かに頬を緩めた。


「それにしても、つくづく不気味ですね、〈鎧獣〉って。両方の『目』を同時に潰さないと動き続けるだなんて、本当におとぎ話に登場する魔物みたい」

「片方潰しても、すぐにその片方を吸収して、再生させようとするんだ」


 荒野での〈鎧獣〉を見かけたら気を付けた方がいい、というのは開拓者の間での共通認識だ。


 他の個体や開拓者との戦いで負傷したか、落石などの自然災害で抉られたか。


 ともかく何らかの理由で片目を潰された〈鎧獣〉は、何よりもその片目を再吸収しようと文字通り血眼になって荒野を彷徨っているため、かなり気が立っているケースが多いのだ。


「そうなんですか。うーん、やっぱり私も開拓者としてはまだまだですね。慣れてきたからって油断しないで、もっと気を引き締めないと」


 改めて〈鎧獣〉の危険さを認識したのか、ピュラは自分に言い聞かせるように呟いた。


 とはいえ、こちらから積極的に探しに行くのでもない限り、荒野で〈鎧獣〉と戦闘になる機会などそうそうない。


 ピュラがまだまだ経験不足なのは、仕方ないと言えるだろう。


「さて、デュークさん。討伐対象の撃破も達成しましたし、そろそろノアに戻りましょうか。それとももう少し荒野に残って、今日も鉱石の採掘をしていきますか? 採掘していくなら、ケラミーさんに提出する報告データは私がまとめておきますよ」


 デュークは考えつつ、ひとまず時刻を確認するべくデバイスを見やる。


 と、ちょうど一件のメッセージが届いた。モニターに本文を表示させる。差出人はミグロッサだった。


「いや。今日は早めに切り上げようか、ピュラ」


 しばらく文面に目を通していたデュークは、傍らで指示を待っていたピュラにそう告げると、ミグロッサからのメッセージを見せてやった。


「ヘレン、今日で退院だってさ」

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