第22話 月下の決意
テミルの酒場の裏手、人気のない路地裏の壁を背にしたデュークは、暗がりの中で明滅するホロデバイスに「応答」と告げる。
《――あー、こちらプロメット。デューク、聞こえてるか?』
ほどなくして、デバイスから穏やかな印象をたたえる初老の男性の声が漏れ聞こえた。
「聞こえてるよ、父さん」
《そうか、良かった。いや、こんな時間にすまんな。仕事帰りか?》
「父さんこそ、こんな時間に珍しいね」
デュークが言うと、通話の相手――プロメット・リオンは申し訳なさそうに苦笑する。
《ははは、いやなに、本当はいつもみたいに深夜に連絡しても良かったんだが、今回はどうしても早くお前に伝えてやりたい情報があってな。待ちきれなかったんだよ》
再び「すまん」と謝るプロメットの口調はどこか弾んでいる。
何か良いことでもあったのだろうか、と首を傾げつつ、デュークは父の次の言葉を待った。
《ええっと、何から話せばいいやら……うん、そうだな。前にお前が送ってくれた、ノアの軌跡マップの最新版があるだろう? ひとまずそれを展開してみてくれないか?》
デュークは通話状態を維持したまま、デバイスから一枚のホログラムマップを展開する。
いつも荒野探索で使っているマップより、幾分か縮尺が小さい。
マップの中央には船のような形のアイコンがあり、マップ右端、地図上に大きく描かれた大陸図の東端辺りには、いくつもの建造物のアイコンが密集していた。それぞれノアと帝国本国を示している。
帝国を出発したノアが四年の渡航の間で記録していった、未開拓地全土の暫定地図だ。
「出した。二週間前のやつ?」
《ああ、それでいい。そして、ええっと、ここをこうして……よし。そのマップに、つい先日うちの学派のメンバーが掴んだ新しい古文書の情報を添付した。確認してみてくれ》
プロメットの言葉通り、マップ上にいくつか新たな情報が追加される。そのほとんどは、新たに判明した鉱脈の場所などといったごくありふれた情報だったのだが。
「これは?」
デュークの目に、気になるデータが飛び込んで来る。
現在のノアの停泊地から見て北西の地点に、幾つもの凹んだ穴を模したアイコンが点在していた。
《単刀直入に言うとだな、その凹み穴のどれかに、どでかい〈旧文明遺産〉が眠っている可能性が高いことが、古文書の記述から判明した》
「どでかい〈旧文明の遺産〉?」
ここが聞かせどころとばかりに、プロメットが一呼吸おいてから口を開く。
《旧文明時代の「遺跡」だ》
なるほど、とデュークは俄然真剣な目付きで、マップ上の凹み穴をつぶさに観察した。
たしかにそれは、デュークとしてもいち早く知りたい部類の情報だった。さらに言えばこの四年間の荒野探索の中で、一番のビッグニュースでもあった。
「それが確かなら、本国の外では初の旧文明遺跡だ」
《うむ、もし本当に見つけることができたら、未開拓地への進出以来の大発見だ! なにしろ遺跡、それも未開拓地の遺跡ともなれば、未知の〈旧文明遺産〉の宝庫だろうからな。調査が進めば、〈旧文明遺産〉の研究は更に進歩するだろう》
興奮からか、プロメットの口調はいつになく早口になっている。
相変わらず、〈旧文明遺産〉のこととなると子どもみたいにはしゃぐ人だ。父親の研究熱のまるで冷めるところを知らない様子に苦笑しつつ、デュークは先を促した。
「他に情報は?」
《あとで古文書のデータも送るから詳細はそこで確認してくれ。とにかくその凹み穴が密集している場所には、いくつもの
矢継ぎ早に聞こえていたプロメットの声が、そこで不意に詰まる。
「父さん? もしかして怪我してるの?」
〈あ、ああ……五日前くらいだったか、偽物の連中とちょっとした銃撃戦になってな。幸い学派のメンバーに死者はいなかったんだが、私も肩に一発もらってしまったんだ。どこから手に入れてきたんだか、奴ら、最近は武装した
今回は安くすんだな、と、慌てて付け加えられた父の言葉を遠くに聞きつつ、デュークは息を吐いた。
なにかとしぶとい彼のことだから、たしかにそれくらいなら心配ないだろう。そう思いつつも、しかしやはり、デュークは不安を覚えてしまう。
「最近多いね、そういうの」
〈そうだな。今に始まったことじゃないとはいえ、ここ数年はあちこちで衝突があって、本国はかなり不安定だ。おそらく、最近は帝国内でのめぼしい〈旧文明遺産〉の発見もめっきり減ったのが原因だろう。〈旧文明遺産〉は〈考古学者〉たちの作り話だ、などと吹聴して大衆を味方につける連中も出てきたようだ〉
悩まし気なプロメットの言葉に、デュークは押し黙ってしまう。
返答がないのを見てデュークの心情を察したのか、プロメットは暗い空気を霧散させるように声を明るくした。
〈たしかに平穏とは言い難いが、それも未開拓地初の〈旧文明遺産〉、しかも遺跡丸ごとの発見ともなればぜんぶ解決だ。これで〈旧文明遺産〉を我々の自作自演と言い張る連中も黙らざるを得まい。こんな小競り合いも、じき下火になっていくさ〉
「あんまり無茶はしないでよ」
〈ははは。おいおい、お前に武器の扱いを教えたのは私だぞ? それに、これでも何十回と連中との戦いで死線をくぐってきたんだ。そう簡単に力尽きたりは――〉
「父さん、本気で言ってるんだ」
プロメットのせせら笑いを遮るように、デュークは父をたしなめる。
無意識の内に空いた右手を握り締めていた。路地裏に、重苦しい空気が満ちる。
〈そう、だな〉
沈黙を破り、プロメットの悄然とした声が響く。
〈すまん。今のは少々、無神経だったな。お前に対しても……母さんに、対しても〉
「いや……こっちこそ、生意気言ってごめん」
〈いいんだ。今の言葉で身が引き締まったよ。お前の言う通り、無茶はしない〉
デュークはデバイスの時刻表示を見やる。席を立ってから、もう十分が経っていた。
「そろそろ切る。情報ありがとう。父さんたちの為にも、それに、母さんの為にも。その『地底湖の遺跡』は俺が必ず見つけ出すから」
〈すまんな、お前一人に任せきりになってしまって。本当は私もノアに行ければいいんだが〉
「こっちは大丈夫。父さんはリーダーなんだから、学派のみんなの傍にいてあげて」
〈う、うむ、そうだな〉
「うん。それじゃ、おやすみ。父さん」
通話を終えようと動かしたデュークの指を、けれどプロメットの声が引き留める。
〈――なぁ、デューク。もしかして、私や学派のみんなの「願い」は、お前を……〉
何か言い掛けたプロメットは、しかし結局はそれを引っ込めると。
〈いや、なんでもない。とにかく、今日のところは報告は以上だ。こんな時間にすまなかったな。また何かわかったら伝えるよ〉
通話が切れる。
デバイスの光が消え、薄暗い路地裏を淡く照らすのは月明かりだけだ。
壁にもたれたまま、デュークは夜空を見上げる。今夜は満月だったらしい。
光り輝くその真円の月の模様に、デュークは遠い日に見た、あの優しい笑顔を思い出した。
「見守っていてくれ……母さん」
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