第21話 〈考古学者〉
「やったねぇ、アンタ」
カウンターに座ったピュラにちらりと一瞥をくれてから、酒場の店主であるらしいその老婆は溜息交じりにそう言った。
「ここ最近でアタシゃ一番驚いたよ。そりゃ、アタシは前に言ったよ? もっと派手に金を使う趣味を持て、ってね。でもまさか、粗衣粗食が服を着て歩いているようなアンタが、いきなりそんな成金貴族ばりの金の使い方をするなんて思わないじゃないか。えぇ?」
開拓者としての初陣を終えて、ピュラとデュークがノアに帰還した、その夜である。
デュークがいつも立ち寄るという行きつけの酒場に、ピュラは初めて連れて行って貰うことになった。
自宅のある古ぼけたビルに帰る道すがら、中層商店街の一角にあった、古い路面電車を改造して無理矢理に店にしたらしいその酒場の扉を押し開ける。
出迎えてくれた酒場の店主、テミルはピュラたちを見るやひどく怪訝な顔を浮かべていたが、例によってデュークが一通りの説明をすると、ますます訝しげに眉を寄せた。
「いや、しかしまぁ、ある意味じゃホッとしたよ。ちょっと前までの精も魂も尽きはてた老人みたいなアンタより、今のアンタのほうがよっぽど健全さね」
からかうようなテミルの口調は、けれどどこか嬉しそうだった。
「アンタ、こういう子が好みだったのかい?」
「ふぇ……!?」
いきなり何を言うんですか、という台詞はグッと飲み込んで、ピュラはデュークの反応を窺う。
しかし、当然というか何というか、デュークは眉一つ動かさずに首を振った。
「好みの問題じゃない」
「知ってるよ。アンタのことだ、そんな色っぽい話じゃないんだろ? ああいいよ、べつに話さなくたってね。他人の事情に首を突っ込むほどアタシも野暮じゃないさ。大体このノアの中じゃあ、訳アリじゃない奴を探す方が難しいくらいだからね」
ひらひらと手を振って、テミルはカウンターに二人分の食事を並べた。パスタとバゲット、サイダーの簡単なメニューだが、ピュラにはちょっと手に余りそうなほどの大盛りだ。
「ほいよ、おまちどお」
「は、はい。いただきます、テミルさん」
「おいおい、高級レストランじゃないんだ。そんな畏まんなくていいんだよ。まぁ、ゆっくり食いな」
大盛りのパスタに及び腰になるも、今日一日の探索で肉体的にも精神的にも疲労しているせいか、ピュラの空腹はかなり限界だった。意を決して、フォークを手に取る。
と、唐突に鳴り響くデバイスのコール音に、ピュラは顔を上げた。
「なんだ、またダルダノあたりから呼び出しかい?」
テミルの問いには答えず、デュークが席を立つ。
「ちょっと出てくる」
「後にしなよ、料理が冷めちまう」
「すぐ戻るよ」
テミルの静止の声をあしらい、デュークは酒場を出ていった。
やれやれといった顔で、テミルがカウンターに頬杖をつく。
「やれやれ……アンタもとんだ災難だったね。あんな偏屈な男に拾われるなんてさ」
「いえ、そんな! デュークさんには、本当に感謝しています。デュークさんが拾ってくれなかったら、私は今ごろ、どうなっていたことか」
命を救って貰ったばかりか、ピュラが開拓者としてノアでやっていけるようにと、色々と気を回してくれたのだ。
死ぬまで過酷な労働を強いられるか、あるいは「女」として使い潰されるしかなかった少女奴隷という立場からしてみれば、考えられないほどの厚遇だ。
「ですから、感謝こそすれ、災難だと思うことなんてありえませんよ」
手に持っていたフォークを置き、ピュラは弁護する。
「そうかい? あんなぶっきらぼうな奴と四六時中一緒なんて、考えただけでも辛気臭くてかなわないけどねぇ」
「た、たしかにちょっと近付き難い雰囲気はあるかもですけど……でもデュークさんは、本当はとっても優しくて、誠実な人なんです。他の人より口下手で、掴みどころがなくて、あと、ちょっとお顔が怖く見えるって、それだけなんです。本当なんです!」
「お、おいおい。そんな鼻息荒くして寄ってこなくたって、アタシゃちゃんと聞いてるよ」
「はっ……!?」
ピュラは自分がいつの間にかカウンターから身を乗り出して熱弁を振るっていたことにようやく気付き、我に返って赤面する。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、べつにいいんだけどね。くくく、しかしアンタ、もうすっかりアイツに懐いてるんだねぇ。デュークのやつも、たった一週間で随分とたらしこんだモンじゃないか。相も変わらず仕事の早い奴だよ」
「なっ? た、『たらしこんだ』だなんて……!」
「はは。まぁそれはともかく、アタシもアンタの意見には賛成だ。デュークは何というか、良くも悪くも朴訥な男だからね。ノアの中でもあいつを変人扱いする奴は多い。けど、少なくとも良い奴だってことくらいはアタシだって知ってるさ」
口には出さないけどね、と言って、テミルは大仰に肩を竦めた。
熱くなった頬を冷えたサイダーの瓶で冷やして、ピュラもしみじみと頷く。
「はい。デュークさんは、本当に良い人で。とても、良い人で」
だからこそ、ピュラにはどうしてもわからなかった。
どうしてあんなに純朴で善良な少年が、〈考古学者〉なんかを志しているのか。
「テミルさん。あの、デュークさんは〈考古学者〉なんですよね?」
「あん? 一緒に暮らしてるんなら、それくらい知ってるだろ。それがどうしたんだい?」
「いえ、その……デュークさんは、私の知っている〈考古学者〉という人たちとは、随分と違うなと思って……」
テミルの目が、僅かに細められる。
「ふむ。その口ぶりだと、アンタも何か〈考古学者〉のせいで迷惑したクチかい?」
一呼吸おいてから、ピュラは無言で俯いた。
「やっぱりね。ま、それについては根掘り葉掘り訊くつもりもないけどさ、そもそもアンタは〈考古学者〉ってのが何をしているグループなのか、知ってるのかい?」
ピュラは首を振る。そんなこと、考えたこともなかった。
「あいつらがしているのはね、大まかに言えばまぁ、〈
「オールド?」
「アタシも専門家じゃないんで詳しくは知らんがね。その昔、この広い荒野の大陸には、そりゃもう今の帝国なんかよりよほど長い歴史と高度な文明を持った、強大な国家があったんだと」
賑やかな酒場の喧騒をBGMに、テミルがぽつりぽつりと語り始める。
「で、そんな過去の超文明が残した、現代でも再現困難なオーバーテクノロジーや未知の資源なんかの情報が、総じて〈旧文明遺産〉と呼ばれていると、そういう話さね」
「超文明に、オーバーテクノロジー……ですか」
ピュラにとってはなんだかひどく現実離れした話で、正直に言えば眉唾物もいいところだという印象しかない。
「想像つかないかい? でも〈旧文明遺産〉ってのは案外すぐ身近にあったりもするんだよ。フェネル結晶の利用法や蒸気機関の小型化なんかは、まぁ一番いい例だろうね」
「え? フェネル結晶が?」
フェネル結晶といえば、帝国での様々な産業分野の技術の進歩を四十年は進めたという新たな燃料資源。いまや帝国民の生活には必要不可欠ともいえる、重要なエネルギーだ。
それがまさか、帝国よりも前の時代にあった文明のものだったなんて。
「そういう、古い時代の知識や技術を遺跡やら古文書やらから発掘・研究して、それを新しい世の中で役立てようとしている人間。〈考古学者〉ってのは、本来そういう奴らなんだよ」
「じゃ、じゃあ、私の住んでいた町をめちゃくちゃにした人たちは……?」
「そいつらは〈考古学者〉を騙ってるだけの偽物、ただのチンピラ集団さ。アンタのイメージしているのは、おおかたそいつらのことだろうよ」
吐き捨てるようにテミルは言った。
たしかに、それこそがピュラの思い描く〈考古学者〉像だった。
訳の分からない主張を喚き散らし、場当たり的にテロを起こし、人や街を恐怖のどん底に叩き落とす。野蛮人以外の何でもない。テミルの話の通りなら、つまり彼らは〈考古学者〉ではなかった、ということになる。
「でも……だとしたらなんで、その偽物たちはわざわざ〈考古学者〉のフリをして暴れるんでしょうか?
「あのチンピラ共の正体はね、三十年前からの産業革命のせいで逆に仕事を失う羽目になった炭鉱労働者とか手工業職人たちの集まりだ。要は時代に取り残された奴らの逆恨みさ。〈考古学者〉どもが〈旧文明遺産〉を発見したから食いっぱぐれた、ってね」
「つまり、その人たちが〈考古学者〉のフリをして暴れるのは……」
「知れたことさ。それもこれも全部、本物の〈考古学者〉たちに八つ当たりする為だろう」
ピュラは改めて、自分の無知を反省した。
知らなかったこととはいえ、デュークのことを一時でもそんな野蛮人たちと同類だと思ってしまった自分が、ひどく情けなかった。
そして同時に、ピュラの心にじんわりと安堵の熱が広がっていく。
あの日、オークションから自分を連れ出してくれた日の、荒野の遥か地平を見据えているような、デュークのあの深緑の瞳。
復讐者でもない。革命家でもない。
あれはたしかに、この未開の荒野に純粋に何かを追い求めているような、そんな探求者の目だった。
(やっぱりデュークさんは、野蛮なテロリストなんかじゃなかったんだ)
ピュラはこの数日に胸中で渦巻いていたわだかまりが、一気に晴れる思いだった。
「そっか。デュークさんが探しているものっていうのは、〈旧文明遺産〉だったんですね」
「ああ。デュークは信じているのさ。この文明の欠片も無い荒野にも、きっとまだ見ぬ〈旧文明遺産〉がわんさかあるってね。それを探し出すのが、あいつの『願い』なんだとさ」
「未開拓地の〈旧文明遺産〉を探し出す……正直、私には雲の上のようなお話ですけど。でもいつか、デュークさんのその願いが、叶う日が来ると良いですね」
「……まぁ、そうさね」
呟くようにそう言うと、夜の帳に包まれた街を酒場のガラス窓越しに眺めながら。
さながら回転の止まったオルゴールのように、老婆はそれ以上はじっと黙り込んむばかりだった。
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