第24話 消えた先遣調査隊
書類やら荷物やらを忙しなく運ぶ職員や、これから探索に出るらしい開拓者。そして、都市内の細々とした問題の解決を依頼するノア市民。
【局】のノア支部は、今日も様々な人で溢れていた。
足早に行き交う人の波の中で、デュークたちは広いロビーにズラリと並ぶ窓口の内、開拓者用の一角を目指す。
受付に、見慣れた銀髪の少女が控えているのが見えた。
「あら? デュークにピュラちゃん。お帰りなさい」
「お疲れ様です、ケラミーさん。ただいま帰りました」
ピュラに続き、デュークも受付の椅子に腰を下ろす。
「その様子だともう仕事は終わったみたいね。でも、今日は随分と早い帰還じゃない」
「ええ。いつもはもう少し探索をするんですけど、さっきミグロッサ先生からヘレンが退院するって連絡があって」
「なるほど、それで早めに切り上げて来たのね。ヘレンって、前に話していたピュラちゃんの愛犬よね。うん、それはたしかに大事だわ。無事に退院できてよかったわね」
おめでとう、と言ってケラミーが微笑む。
こんな顔もできたんだな、などと、怒りっぽい担当局員が見せた慈愛に満ちた笑顔を横目に、デュークはぼんやりとそんなことを思った。
「それで、依頼の方はどうだったの? 無事に達成できた?」
「はい。いつものようにデュークさんのお陰で、何事もなく終えられました」
報告データを渡しながら、ピュラは頷いた。
「なら良かったわ。まぁ討伐依頼と言っても、今回は比較的に低級の〈鎧獣〉が相手だったしね」
渡されたそれに一通り目を通して、ケラミーが満足げに頷いて見せる。
「うん、完璧! データもきちんとまとまってるわね。デビューしてそろそろ一か月だけど、ピュラちゃんもだいぶ開拓者が板についてきたんじゃない?」
「そんなことないですよ。探索中はいつもデュークさんにおんぶに抱っこだし、今日だってちょっとしたミスをしちゃいましたし、私なんてまだまだです。今はまだこうしてデータを整理するくらいでしか、デュークさんのお役に立てませんので」
「そう? 少なくとも依頼の報告に関しては、誰かさんと違ってわかりやすくまとめられているし、誰かさんと違って提出が遅れることも無いし、担当局員の立場から言えばとても優秀な開拓者だと思うわ。ねぇ? そこの誰かさん? あなたもそう思うでしょ?」
含みのあるケラミーの口調に、デュークは口を噤む。
「おんぶに抱っこなのは、果たしてどちらなのかしらね? デューク?」
たしかに、この一か月でデュークが滞りなく依頼や調査の報告をケラミーに提出できていたのは、ピュラが率先してデータ整理を手伝ってくれていたからだ。
デバイスでの作業が不得手なデュークにとっては、非常に助けられている部分である。つい任せがちになってしまっていたのは否めない。
後ろめたさに、デュークは何となく銀髪の担当局員から目を逸らした。
「ま、まぁまぁ、ケラミーさん! データ整理は私からお願いしてやらせていただいていることですし、とても勉強になっていますから。むしろ任せてもらえて私は嬉しいですよ」
ピュラが助け舟を出すと、ケラミーはデュークをいびる手を休めて口を閉ざしたかと思えば。
「わっ、ちょ、ケラミーさん? わぷっ?」
次には真顔を維持したまま、出し抜けにピュラを胸元に抱き寄せた。
「はぁ~! この子ってば、この子ってば本当になんていい子なのかしら? 天使なのかしら? 私も将来娘にするなら、絶対ピュラちゃんみたいな子がいいなぁ」
「け、ケラミーさっ……嬉しいですけど、い、息が、苦しっ」
ピュラの健気な姿は、どうやらケラミーの中の世話焼き精神というか母性本能というか、とにかくそういった類の部分をえらく刺激するものらしかった。
ひとしきりピュラを撫で回してから拘束を解くと、次にはケラミーが思い出したように手を合わせる。
「そうそう。そういえばデューク、あなたには伝えておくことがあったわ」
ケラミーは歓談を切り上げ、その顔付きをにわかに真面目なものにすると。
「あなた、明日は朝から支部に出頭なさい。支部長からの指令で、明日は【局】所属の開拓者を招集しての大事なミーティングがあるの。一般の開拓者の参加は原則だけど、第四級以上のライセンス持ちは全員強制招集よ」
珍しいな、とデュークは眉を寄せる。
【局】に所属しているとはいえ、開拓者というのは基本的には自由な仕事だ。依頼の手続きや外出申請など、最低限のルールさえ守っていれば、あとはいつどこでどんな仕事をしようと咎められることはない。
もちろん、支部の職員のように組織の方針や指令を遵守しなければならない、ということもない。
だからこそ、【局】が大々的に開拓者たちに指令を出すという事態はかなり特殊であり、そしてそれは大抵の場合、【局】が何かしら大きな案件を抱えたときに起こる事態でもある。
実際、過去に何度か似たような事が起きたのも、大規模な鉱脈の発見や、大型の〈鎧獣〉の討伐など、職員や開拓者が数十人〜数百人単位であたるべき事案が浮上した時だった。
「まぁ、詳細は明日、支部長から直接聞いて把握してちょうだい。私から説明するよりも確実だろうし、そもそも私もそこまで詳しいことはまだ知らないの」
デュークとケラミーが二人して難しい顔をしているのを不安に思ったのか、ピュラがくい、くいとデュークの服の裾を引いた。
「……な、なんだか物々しい雰囲気、ですね」
「物々しい雰囲気、だね」
「とにかく! 明日は朝から支部に集合よ。遅れたりしちゃ、だめなんだからね」
釘を刺すケラミーの言葉に、デュークもピュラもコクコクと頷いた。
※ ※ ※
一夜明けて、ミーティング当日の朝。
お達し通りデュークたちが支部へと赴いてみれば、中央広場横に設置された、講壇を中心に扇形に広がる階段状の席には、既に大勢の開拓者が詰めかけていた。
ざっと三百人以上が座り込んでいる階段席は、支部長の登壇を待つ声で騒がしい。
「わ、すごい人数。ノアってこんなに開拓者がいたんですね」
ピュラが感嘆の声を漏らすが、デュークの意見は違った。
「いや……少ない。あまり集まってないな」
「え? これで全員じゃないんですか?」
デュークとピュラが顔を見合わせていると、背後から声が掛かる。
「まったく! どうしてこう組織行動が嫌いな人が多いのかしらね、開拓者って。まぁ【局】も最初から全ての開拓者が招集に応じるとは思ってないでしょうけど」
「あ、ケラミーさん。おはようございます」
「ん、おはようピュラちゃん。デュークも、ちゃんと来たわね。えらいわ。てっきりまた寝坊してくるのかと思ってたけど、あなたにしては珍しく時間通りじゃない」
デュークが頭を掻く横で、「今朝も結構お寝坊さんでしたけどね」とピュラが苦笑した。
「━━待たせてすまない」
と、いつの間にか壇上に現れた白髪交じりの黒髪の男性が、低い声で挨拶をする。
階段席の騒めきが引いた頃を見計らって、男性は再び口を開いた。
「開拓者諸君。まずは朝早くからの出頭、ご苦労だった」
幾つかの徽章を付けた、上職用の【局】指定の制服。彫りの深い顔には短い口ひげをたくわえていて、低い声質も相まって静かな威厳を身に纏っている。
「……ケラミーさん、あの方は?」
「フェルゴ・アラトラ支部長。ノア支部のトップよ」
フェルゴ支部長が傍らの女性職員に何やら合図をすると、壇上の大型スクリーンに立体映像が映し出された。デュークもよく見慣れた、未開拓地の暫定全図だ。
「早速だが、今回の招集の趣旨を説明する。このような席を設けた時点で既に察している者も居るかもしれないが、今回も例によって支部直々の依頼の要請だ」
地図が拡大され、ノアを南端とした北部エリアの詳細が映る。
ノアから五十キロメートルほど北上した場所には、標高数百メートル程度の岩山が連なる山岳地帯があった。
「映像の情報は二週間前のものだ。北部エリアの先遣調査隊が提出した。前回の停泊からの数週間で調査は進み、難航してはいるようだが山岳地帯の踏破率は既に五十パーセントを超えている。あとひと月もすれば、山岳地帯の調査は完了する見込みだった。が――」
支部長が一呼吸おいて、一同を見回す。
「その北部エリアの先遣調査を行っていた開拓者、総勢十四名が、十日前に当該地域に出発してから消息不明となっている」
静まり返っていた開拓者たちの間で騒めきが伝播していく。
「消息不明? 〈鎧獣〉にでもやられちまったってことか?」
「まさか。先遣調査隊って、仮にも上級開拓者のチームでしょ?」
喧騒のなか、一人の男性開拓者が質問する。
「支部長、本当に十四人とも行方不明なんですか? 誰か一人でも連絡がつく者は?」
「いない」
支部長はきっぱりと切り捨てた。
「諸君らも承知、ないし覚悟しているところだとは思うが、未開拓地での探索行動は常に危険と隣り合わせだ。非常に残念なことではあるが、探索中に消息が途絶える、もしくは死亡する開拓者というのはけして珍しくはない」
何人かの開拓者が頷く。開拓者を生業とするものであれば、誰もが心得ている事だ。
「だが、今回ばかりは少々勝手が違う。一人や二人ではなく十数人、それも第四級以上の精鋭がそろって消息不明というのは、端的に言って異常な事態だ。調査中に彼らだけでは対処できない何らかの問題が発生し、ノアへの帰還が困難な状況下にある可能性が高いだろう。これらのことを踏まえた上で――」
視線を背後のスクリーンから階段席に戻し、フェルゴ支部長が宣言する。
「今日から三日後、我々ノア支部の主導による、行方不明者ら十四名の捜索および救助を目的とした大規模遠征の敢行を決定した。諸君らには、その遠征隊に参加して貰いたい」
スクリーンの画面が切り替わり、遠征の詳しい内容や具体的な方針が文字と図で示されたマニュアルが映る。
開拓者たちが見守るなか、支部長は手元の資料を見ながらそれら必要事項を一つ一つ説明していった。
やがて一通りの説明を終えた支部長が、資料から顔を上げて締めくくる。
「遠征の主目的は行方不明者の捜索だが、同時に現地で何らかの異常事態を確認した場合は、可能な限りそれらへの対処も視野に入れている。危険な仕事になるだろう。よって、第四級未満の開拓者の参加は原則ではなく任意とする。勿論、こちらには参加者にそれなりの報酬を用意する準備があることも伝えておこう。私からは以上だ。質問のある者は?」
フェルゴ支部長はいま一度階段席を見回す。
数人の開拓者が帰り支度を始めるだけで、挙手をする者はいなかった。
「よろしい。では遠征チームへの志望の意思があるものは、三日後のこの時間に北門前広場に集合とする。開拓者諸君の勇気ある参加を期待している」
スクリーンが消灯して支部長が壇上から立ち去るのを皮切りに、開拓者たちもわらわらと支部の玄関口へと向かっていった。
「とまぁ、聞いての通りよ。当然デューク、あなたにも参加してもらいます」
立ち上がりつつ、ケラミーがデュークの肩に手を置いた。
デュークは頷き、しかし先ほどから難しい顔で話を聞いていたピュラを一瞥してから、
「ピュラも強制?」
「いえ? ピュラちゃんはあくまでも一般開拓者だから、特に強制ではないけれど」
上級開拓者十人以上でも対処できない異常事態。支部長の言葉通り、もし本当にそんな事態が起こっているのだとしたら、デュークでも無事に切り抜けられるとは限らない。
いわんやピュラのような見習い開拓者ならなおさらだ。デュークとしては、ピュラにはノアに残っていてもらう方が安心だった。
「いえ……私も、デュークさんと一緒に行きます」
しばらく迷う素振りを見せてから、ピュラは覚悟を決めたようにそう言った。
「支部長さんのお話を聞く限り、たしかにかなり危険なお仕事なんだと思います。でも、これも私が一日でも早く上級開拓者になる為の試練と思って、頑張ります」
気合いを入れるようにぎゅっと拳を握りしめて、決然と頷く。
「私、もう逃げないって、決めましたから」
なんとなく、ピュラならそう言うだろうとは思っていた。
デュークはどうしたものかと頭を悩ませたが、それでも最終的にはピュラの心意気を尊重することにした。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう。ただし充分に気を付けて」
「はい、デュークさん!」
「安心して、ピュラちゃん。遠征の指揮にあたる職員チームには、私も参加することになっているの。何かわからないことや不安なことがあれば、いつでも相談に来てちょうだい」
「はい。ケラミーさんも、どうかよろしくお願いします」
にこりと微笑むケラミーに、ピュラは深々と頭を下げた。
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