第18話 探索準備

【局】の支部に併設されている、整然とした造りの職員寮。


 その一室、ケラミーが居室としている部屋に、ピュラは半ば強制的に招待されていた。


「ほら見てピュラちゃん。やっぱりすごく可愛くなったじゃない」

「へ、変じゃ……ないでしょうか?」

「何言ってるの、とっても似合ってるわよ。あなたはもう少し自分の容姿に自信を持った方がいいわ。ほら、笑って笑って」


 ケラミーに姿見の前まで連れて来られたピュラは、照れ臭い気持ちを堪えながら、鏡に映る自分の姿をおそるおそる確認する。


 モスリン製の柔らかなベージュのブラウスに、下はタイツと膝上までのフリルスカート。ブラウスの上からは革のコルセットが腰回りを覆い、手にはグローブ、足にはロングブーツ。


 随所に散りばめられた装飾用のベルトや真鍮のアクセサリが、可愛らしさを出しつつも動きやすさや機能性に優れた衣装全体のデザインをより強調していた。


「そして仕上げに……はい、これ」


 最後にケラミーから渡されたキャスケット帽を被ったところで、ピュラは自分でも無意識のうちにほんのりと顔を綻ばせていた。


「━━わぁ」


 今日を生き延びる為の苦悩も、明日訪れるかもしれない最期への恐怖も忘れ、こんな風に純粋におしゃれを楽しむという行為は、ピュラにとってはとても久しぶりのことだった。


 忘れていた年相応の少女の喜びを思い出し、ピュラは胸に迫るような、言葉にできない色々な感情が湧き上がるのを感じ、何か無性に泣きたくなるのを堪えるのが大変だった。


「どう? これでも本当に、変に見える?」

「い、いえ……いえ! 可愛いです、とっても……!」

「うんうん、気に入って貰えたようで良かったわ。私のおさがりだからサイズが合うかどうか不安だったけど、見た感じ大丈夫そうね。どこかわりが悪いところとか、ない?」

「は、はい。ちょっと胸周りがきつい感じもしますけど、大丈夫です」

「えっ……これ、私がピュラちゃんと同い年だった時に着ていたものなんだけど…………い、意外と発育いいのね、この子……むむむ、これは何年か後には追い付かれちゃうかも」


 驚きと焦りが入り混じったような顔で、ケラミーが何事かを呟いた。


「ケラミーさん? やっぱり、どこか可笑しかったですか?」

「う、ううん! そうじゃないの、気にしないで。それよりその格好、デュークが見たらきっと驚くでしょうね。まぁ、あの甲斐性かいしょうなしにこの可愛さが伝わるかどうかは微妙だけど」


 言って、ケラミーは部屋の扉越しに廊下へ向かって声を掛ける。


「デューク、もういいわよ。鍵は開けたから入ってらっしゃい」


 ピュラが着替えるまで廊下に立たされていたデュークが、ほどなくして扉の向こうからこそこそと現れた。


「あ、あの……どうでしょうか? デュークさん?」


 ぎこちない動きで軽くポーズをとり、ピュラはおっかなびっくりデュークの反応を窺う。


「……見違えた」


 しばらく黙ってピュラの格好を眺めていたデュークは、表情に大きな変化こそないものの、やがて感嘆したように呟いた。


「いいね、それ」

「ほ、本当ですか? よ、良かったっ……!」

「へぇ? あなたが女の子をちゃんと褒められるなんて、珍しいこともあるのね」


 ケラミーが「感心、感心」と腕を組み、それから少し不機嫌そうにそっぽを向く。


「……私のことは褒めてくれたことなんかないのに」

「?」

「なんでもないわよ、この朴念仁」

「でも、ケラミーさん。本当にいいんでしょうか? こんな素敵なお洋服、私なんかには勿体無いくらいなのに」


 ピュラが遠慮がちにそう聞くと、ケラミーは鷹揚に頷いた。


「もう着ない私が持っているより、ピュラちゃんに着てもらえた方がその服も喜ぶわよ。お詫びの印に、ってわけでもないけど、どうぞ遠慮しないで持って行ってちょうだいな」


 その代わり、と言って、ケラミーがやんわりとピュラの肩に手を置いた。


「また今度、ここに遊びに来なさい。ピュラちゃんに着せてみたい服はまだまだ沢山あるんだから。その服をあげる代わりに、ときどき私の着せ替えに付き合うこと。よろしい?」

「え? えっと、はい……わかり、ました?」


 何やら変わった交換条件だと思わないでもなかったが、ピュラはこくこくと首肯する。


 まだ知り合って間もないが、このケラミーという女性がどうにも世話好きな性格をしているということだけは、ピュラにもなんとなくわかった。


「助かるよ、ケラミー」

「あら、あなたの為じゃないわ。これはピュラちゃんの為にしたことだもの」


 ぷい、と明後日の方向を向いてしまうケラミー。


 苦笑気味に息を吐くと、デュークは改めてピュラの装いに目をやった。


「良かったね」

「はい。このお洋服に恥じないよう、私、これから開拓者として精一杯頑張ります!」


 声を弾ませるピュラを、けれどデュークはおもむろに制する。


「いや、そのままじゃ荒野には出られない」

「え? そ、そうなんですか?」


 慌てるピュラに、デュークが自らの腰のポーチやブレードをぽんぽんと叩いてみせた。


「開拓者になるなら、他にも揃える物がある」


 ※ ※ ※


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 デュークがピュラを紹介した途端、ダルダノはその大きな図体を震わせて笑い転げた。


「こいつは傑作だ! あのデュークが! あの根暗で不愛想で浮いた話の一つも無いデュークが、どっこいとんだむっつりスケベだったってわけだ!」

「いや、ピュラはそういうのじゃ」

「いいんだ! わかってる! 人にはそれぞれ趣味ってもんがあらぁな。ちょいとばかし若すぎる気もするが、たしかにべっぴんな嬢ちゃんだもんな。どうしても手に入れたいって気持ちは痛いほどわかるぜ。いやしかし……ぶふっ! 二億ってお前! 二億ってお前!」


 抱腹絶倒のダルダノを前に、ピュラが不安そうな目でデュークを見上げてくる。


 ただでさえ良い思い出のない下層のスラム街に身を縮こまらせていた矢先に、ようやく辿り着いた目的地で待っていたのが、この狂ったように大笑いする熊みたいな大男なのだ。


 気の毒な思いをさせたな、と自らの無配慮を密かに反省しつつ、デュークはピュラの頭をキャスケット帽越しに優しく叩いた。


「悪い奴じゃないんだ」

「は、はぁ。デュークさんが、そう言うなら……」

「そうそう! こう見えてもオレぁ紳士なんだぜ? ダルダノ・ディアルカ、ノア一番のナイスガイなジャンク屋たぁオレのことさ。ひとつよろしく頼むぜ、お嬢ちゃん!」


 ダルダノがにこやかに差し出した筋肉質な手を、ピュラもおずおずと握り返した。


「ところでデュークよぉ、今日は一体どんな用向きだ? まさかその子を自慢しにきただけってことはねぇだろう?」

「今度、ピュラが開拓者になる。装備を見繕って欲しいんだ」


 デュークが言うと、ダルダノは「ほほう」と興味深そうにピュラを眺め回した。


「そりゃ面白れぇ、ウチの客はどいつもこいつもムサい野郎連中ばかりだからな。ちょうどここらで一発、女性層の顧客を呼び込もうかってんで、色々作ってたところだ」


 次にはウキウキした様子で作業台から立ち上がり、工房の裏手辺りを指差す。


「よしきた! そういうことなら任せてくれ。コートから武器まで、ピュラちゃんの装備はオレがばっちり整えてやるぜ。いま色々と準備してくるから、先にに行ってな」


 言うなり工房の奥へと消えるダルダノを見送ってから、デュークたちもバラックの裏手に広がる空き地へと回った。


「こんな空き地で何をするんですか?」

「一言で言えば……テスト、かな」


 デュークの答えにピュラが首を傾げていると、ほどなくしてダルダノもやってきた。


 その手には、剣だの銃だのと何やら大量の武器や防具を抱えている。


「ダルダノから買った装備を、ここで試すんだ」

「あぁ、なるほど。それでテストなんですね」


 合点がいったという風に頷くピュラに、持って来た大量のメカの中からダルダノが適当なものを幾つか取り出して手渡した。


「さて、装備を整えるっていうならまずは武器だよな。ほれ、とりあえず振り回してみな」

「え? わ、わ」


 手渡された、先端に機械仕掛けのつちが取り付けられた長さ1メートルほどの鉄棒を、ピュラは何度か取り落としそうになりながらも抱き抱える。


「ハンマー?」

「おうともよ! それもただのハンマーじゃねぇぞ? お前のブレードと同じく小型蒸気機関を内蔵し、スイング時のパワーとスピードに自動で強力なアシストが作動! さらにその破壊力を保ちつつ、女の細腕でも携帯できるほどに軽量化させた優れモノだ!」


 ダルダノの解説に相槌を打ちつつ、デュークはテストを見守る。


 かなり腰が引けているが、それでもピュラは「え、えいやっ」とどうにかこうにかハンマーを振りかぶった。


 瞬間、内臓されたパワーアシストとやらが正常に作動したらしく、勢いよく蒸気を吹き出すハンマー。


 だが、その遠心力が想像以上だったのか、ピュラはハンマーに引っ張られる形でグルグルとその場で回り始めてしまった。


「ひゃあ⁉ と、止まってぇぇ!」

「おっとっと。言い忘れてたが、性能上ある程度は体幹を鍛えておかないと」


 と、遅まきながらダルダノが注意点を口にしたところで。


「わっ」


 ピュラの手からすっぽ抜けたハンマーが、デュークたちの顔面に向かって飛んでくる。


 咄嗟に身をのけぞらせたデュークとダルダノの鼻先を掠め、背後に建っていた廃屋の壁をぶち抜いたところで、ハンマーの暴走はようやくおさまった。


「まぁ、こうなることもある」

「……ハンマーはやめた方が良さそうだね」

「す、すみまセん、すみません! 怖くなってしまって、つい手を!」


 駆け寄って来たピュラがしきりに頭を下げる。


「あの、あの、お怪我はありませんでしたか?」

「うん、大丈夫。ピュラは?」

「あ、はい。私はまだ少し目が回るくらいで。でも、せっかく用意して下さった武器が……」


 ピュラが申し訳なさそうに目を伏せるが、ダルダノはむしろ愉快だとばかりに笑った。


「な~に、気にするこたぁねぇ。これでまだまだ改良の余地があるってことがわかったからな。しかしそうか、あのハンマーがダメとなると、ウチにある近接武器はどれもピュラちゃんが扱うには重すぎるかも知れん。となれば、だ」


 ダルダノが再びメカの山に手を突っ込む。


「やっぱり銃だな、銃。女、子どもでも手っ取り早く様にするならこいつが一番だ。ピュラちゃんが持つとなると小型で、持ち運びやすくて、あんまり操作が複雑じゃないのがいいだろう……ははぁ、あったあった」


 そう言ってダルダノが取り出したのは、一丁のリボルバーだった。


「装弾数六発、シングルアクション式リボルバー〈ブライニクル〉。最近作ったハンドガンの中じゃかなりの自信作だ。サイドアームとしてはもちろん、専用の弾丸を使えば充分メインを張れる火力がある。女受けしやすいようにデザインにも凝ったんだぜ? オレの趣味じゃあないんだがね」

「な、なるほど……」


 まるで熱い物でも持つような手つきで、ピュラがダルダノからおっかなびっくりリボルバーを受け取る。


「物は試しだ、ピュラちゃん。あそこにでかいブリキ人形があるのが見えるか?」

「えっと……はい。頭と体に、的がくっついているお人形ですね?」


 ダルダノの示す先に、デュークも目を向ける。


 空き地の隅、距離にして五十メートル弱ほど離れた場所に、たしかに一体の無骨な人形が立っていた。


「とりあえず、あいつを狙って何発か撃ってみな。練習にな」

「はい、わかりました」


 ダルダノに一通り銃の撃ち方を教わったピュラは、やがて緊張の面持ちでリボルバーを構えた。


 その不慣れな様子に目を細め、デュークはダルダノに懸念を口にする。


「シングルだと、慣れないうちは危ないんじゃ?」

「そりゃ、たしかに慣れてねぇと撃鉄の戻し忘れとかで暴発のリスクは高いわな。けどそれ以上にシングルの方が操作も簡単だし、なにより引き金を引く力が断然軽い! ピュラちゃんみたいな女の子でも、手ブレの少ない精密な射撃がしやすいって寸法よ」


 落ち着かない気分でピュラの様子を窺うデュークの肩を、ダルダノがバシバシと叩く。


「ま、細かいことは言いっこなしだ。なんにしろ試し撃ちしてみないことには何も――」


 バンッッ!


 ダルダノの台詞を遮り、ガラクタと鉄クズだらけの空き地に一発の銃声が響く。


 次いで、何か重い物が地面を跳ねて転がるガランッ、ゴロンッ、という音。


 パッと振り向いたデュークたちの視線の先には、まだ銃口から煙が漏れているリボルバーを両手でしっかりと握ったまま、仰天した様子で荒い呼吸をするピュラの姿があった。


 そして。


「……か。へっ、あの嬢ちゃん、なかなかどうしてスジがいいぜ」


 感心したように口笛を吹いて、ダルダノが空き地の隅を指差した。つられてデュークも視線をずらす。


 五十メートル先に立っていたブリキ人形の頭は、綺麗さっぱり吹っ飛んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る