第37話 二人のカラオケデート
そうして、和泉に連れてこられたのが、ここらでは一番大きな街にあるカラオケボックスだった。
「ここなら誰かに見られる心配がないから、塚本君も一匹狼キャラを維持できちゃうよね!」
「ああ、お気遣いどうもな」
どうも俺は、カッコつけで誰とも関わろうとしない痛いヤツと思われているらしい。
複雑ではあるが……まあ、こうして恥ずかしい目に遭うのも俺への罰と考えればそれはそれでアリか。
「二人で来たのなんて初めてだし、今日は歌いに歌っちゃうぜー」
向かいのソファがガラ空きだというのに、隣に座った和泉が喜び勇んでデンモクをいじる。
「いつもはクラスのみんなと来るんだけどー、やっぱみんな歌いたい側だからね。同じくらい歌えるように順番回さないといけないからさー」
「まさか俺も歌わないといけない流れか?」
「歌いたいの?」
「歌わなくていいなら歌わないぞ。ていうか、別に歌わなくていいからーって言ってお前が連れてきたんだろ」
「そうだね。でも一曲くらい良くない?」
「そもそも歌える曲が一曲もないんだよ」
「ええっ……塚本くん、本当に高校生? 中身おじさんだったりしない? 転生してきた?」
「俺はそんなファンタジーな存在じゃねえよ」
そんなことを言っている間に、注文したジュースを持って店員が現れたので、つい小声になってしまう。
「まあいいけどね。無理強いはしないよー。でも聴いてるのはわたししかいないんだし、気にしないで何か歌った方がストレス解消になると思ったんだ」
「俺にストレスなんぞない」
いや、あるか、あるよな。
矢嶋にしてしまった取り返しのつかないことに加えて、新しい環境にやってきて、新しい人間関係に四苦八苦している。
おまけに強引な安次嶺のこともある。
これまで人生に潤いを与えてくれて、ストレス解消の手段でもあったボクシングを手放しているだけに、正直なところ和泉の言う通りではあった。
「相変わらず頑固だねー。でも、歌の力をなめないでほしいな」
「は?」
「私の歌で……キミの閉じた心を開いてみせるから!」
「なんで急にアイドルみたいなこと言い出したの?」
「今だけは、塚本くんだけのアイドルなの!」
そう言って和泉は俺の手をがっしり握った。
「君だけの握手会だよ?」
「握手会に行ったことねえからわからんけどさ、アイドルと握手するのってこんなに風情もへったくれもないものだったんだな」
あとこいつ、結構握力強い。
身長低いくせにやたら胸が大きいと思ったが、それ胸筋か?
和泉は、ソファから立って俺の向かいへ移動する。
「塩対応だねえ、塚本くん。でも、そんな子が相手でも、ステージのわたしに夢中にさせてみせるのがアイドルの腕の見せどころ!」
「ひょっとしてアイドル志望なのか?」
「ううん。弟や妹たちがこういうの好きで。ぐずってる時はいつもこうやってアイドル気取りで歌ってるとすぐ泣き止んでくれるから、すっかりクセになっちゃったってわけ」
「俺は小さいこどもと同レベルか……」
俺の嘆きは、室内に流れ始めるオケにかき消される。
手にしたマイクを高く掲げ、和泉朋海のオンステージが始まった。
想像以上に和泉はアイドルだった。
和泉は、幅広く流行りの曲をカバーしているようだ。
アイドルソングからJ-POPからK-POPに至り、ついにはVtuberの曲まで、実に上手く歌い上げる。USのラップを選曲した時は、そこまで歌えるのか、と一瞬感心しかけたのだが、イントロの段階で「あっ、駄目だこれ歌えねえ。ノーイングリッシュ、ノーイングリッシュ!」とマイクに向かって弱音を吐いてさっさと次の曲まで飛ばしていた。
激しい動きの本格的なダンスこそできないのだが、控えめに振る手や脚の動きは、元ネタのダンスを簡略化しつつしっかりエッセンスを残している印象があって、ひょっとしてこいつは本当にトップアイドルになる逸材なんじゃないかと勘違いしてしまうほどだ。
とうとうソファに立ってまで熱唱し始める和泉。
客は俺一人なのに、よくここまではしゃげるよな。
すっかり観客になってしまったのだが、不思議と飽きがこなかった。
悔しいが、和泉のパフォーマンスに引き込まれていたのだろう。
「ほらぁ、塚本くんも! ここは二人でハモった方が雰囲気出るんだよね!」
「なんだよ、歌わないぞ……」
こちらにやってきた和泉に腕を引っ張られて、つい腰を上げてしまう俺。
和泉は、引っ張った腕を、逃すまいとするかのように抱える。
安次嶺もそうだけど、おっぱいの大きな女子は腕を抱えるだけで動きをロックできる不思議な能力がある。物理的な力で動きを抑え込んでいるのではなく、その心地よさと感触でそこから逃れたくないと思わせるコタツ現象が起きるのだ。もちろん正体は俺のスケベ心だ。
「次のサビで、塚本くんも一緒に歌って!」
ちょうど二人で歌える位置にマイクを持ってくる和泉。
誰が歌うか、という気分でいたのだが、問題のサビの部分がやって来た時だ。
マイクを俺の口元に向けた和泉が、そのマイクで歌おうとするためか頬がくっつきそうなくらい寄ってきたので、俺の心拍数は急激に上昇してしまう。
「あっ、おい! 寄りすぎ……」
「ほらほら、来るよ、せーの……ポイズン!」
「ぽ、ポイズン……!?」
構わずシャウトする和泉の勢いに乗せられ、マイクに向かって叫んでしまった。
やけっぱちな気分だったのだが、腹から思い切り声を吐き出せた満足感はあった。
その後は、和泉がうるさいから仕方なく、という言い訳を利用することで、和泉の指示に合わせて俺も歌う……というより、声を出すことを続けていく。
「んふふ、塚本くん、いい顔しちゃってるじゃんね」
次の曲に入るまでの間、和泉がニヤニヤしながら俺の頬をつついてくる。
「気持ちよかったんじゃない? どう? どうなの? わたしと一緒に気持ちよくなっちゃったんじゃない?」
「それセクハラだからな」
「女子から男子にするのはセクハラになりませーん」
鬱陶しいことを言い始める。
今日の和泉はいつになくしつこくて鬱陶しいくせに、不思議と嫌な気分にはならなかった。
まんまと和泉に乗せられて、ボクシング以外の方法でストレスを発散してしまったせいかもしれない。
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