第36話 根負け
放課後。教室をあとにしようとした時だ。
「塚本くん!」
俺にくっついて、廊下まで出てくる和泉がいた。
「今日の放課後、ヒマ!?」
キラッキラの視線を向けてくる。
「……いや、忙しい。いつも通り、お前に構っていられないよ」
「わかった」
あっさり引き下がる。
妙だな、と思った矢先。
「それなら今日は、わたしと一対一で遊ぼう!」
「は?」
「考えてみたら、みんなはわたしにとっては友達でも、塚本くんからすれば付き合いのない知らない人だもんね。今日のお昼のキョドりっぷりを見てわかったよ」
「それはもう忘れろ……」
和泉の親切に報いなければいくらなんでも人でなしと考えて、昼食を和泉の仲間と一緒にしたのだが、俺は借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
和泉グループはみんな陽キャで、互いにいかにも楽しげな会話のキャッチボールをしていたので、下手に俺が口を挟んで白けた空気にさせたくなくて、相槌係になってしまっていたのだ。
「だから、何度もお話してるわたし一人なら、コミュ障な塚本くんでも平気だよね?」
「コミュ障呼ばわりかよ。……まあ言い訳できねえけど」
「どう思う? さっきみたいにいっぱいの友達と一気に仲良くなるよりは、まず私ひとりと仲良くなる方がラクだと思わんかね?」
そうだなぁ。
一度も会話をしたことのない集団に放り込まれて、さあ喋れ! と言われるよりは、何度か話したことのある和泉と二人の方が気がラクか……。
いや、待て。
「なんか、仲良くなること前提で話が進んでね? 俺はそもそも、誰とも関わる気なんて――」
「うん。それが塚本くんの口癖だったよね? でも私は、塚本くんと仲良くなりたいからこれから何度も話しかけちゃうよ? もしかしたら、これからもっとエスカレートしちゃうかも」
ニコニコしながら迫る和泉。
その妙な迫力につい気圧されてしまう俺は、廊下の窓際まで追いやられてしまう。
いかつい悪質ナンパ集団に一切ビビらなかった俺なのに、どうして安次嶺や和泉にはこうまでプレッシャー負けするんだろうな。案外俺は、女子が苦手なのかもしれない。
「わたしにこれ以上つきまとわれたくないなら、一回でも付き合ってわたしをスッキリさせちゃった方がいいと思うなぁ」
斬新な脅しを食らってしまう。
「それにほら、この前、資料室に一生閉じ込められちゃうかもしれないピンチを助けたのは誰だったかな~。わたしまだ、塚本くんからお礼してもらってないんだけどな~」
くそっ。ここで使ってくるか。
「……わかったよ」
「え? なんて?」
「聞こえてただろ、いやらしいな……。ニヤニヤどころか変顔のレベルだぞ」
「そりゃ、ついに塚本くんを落としたからね!」
「根負けしただけだ」
どちらにせよ、今日は縁寮へ直帰という気分ではなく、寄り道をして帰るつもりだった。
おそらく今日も、野々部の反体制活動に協力するために豊澤が縁寮に来るだろうから。
みっともない俺への制裁ビンタを食らって間もないだけに、部屋は違えどひとつ屋根の下にいるのは精神的にちょっと落ち着かない。
元々一人でそこらをぶらつく予定なら、道連れがいても……いや、いいのか? 俺は誰とも関わらない誓いを立てたはずでは?
でも、このまま断り続ければ、和泉自身が言うようにどんどんエスカレートしてさらにしつこく誘われそうだしな。
だから、俺の決断は仕方ないことなんだよ。
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