第34話 結局いつも押し切られる方

◇裕一郎視点


 貴峰学園高等部の生徒会長である千歳ちとせと、副会長の武市裕一郎たけちゆういちろうの付き合いは長い。

 裕一郎が小学生の頃、隣の大きな屋敷に引っ越してきたのが、千歳だった。

 お隣さんで、同い年で、同じ私立小学校に通っていたため、千歳とはすぐに仲良くなった。

 千歳は小学生の頃から清楚な雰囲気をまとった美少女で、声をかけられれば男女問わずその日一日が幸福だったと言い切れるほどの魅力があった。

 だが皆、付き合いが長くなればなるほど、どうも最初のイメージと違ってこの娘はとんでもない食わせ者だぞ、と思うようになっていく。

 貴峰学園の中等部に入学したあともクラスメイトになり、そのまま三年間を千歳のそばで過ごした裕一郎は、千歳の性向をよく理解していた。

 場所は、千歳が住む安次嶺邸。

 豪華な庭付きの洋館であるこの場所の一室に、裕一郎は千歳から緊急招集を受けた。

 お姫様が住んでいるような絢爛豪華な内装の自室に呼ばれた裕一郎の目の前で、千歳が好き放題演説をかましている。

 裕一郎は浮かない顔をしていた。

 それもそのはずで、この幼馴染から緊急の呼び出しを受けた時は毎回ロクな目に遭わないからだ。

 その予想は今回も当たりそうだ。

 千歳が気づかない横で、裕一郎はこっそりため息をついていた。


「――てことなの。ゆーくん、わかった?」

「ああ、ごめん。最後の方は聞き逃しちゃった」

「もう! じゃあもう一度、大事なところだけ言うね?」


 千歳は、得意になって天に拳を突き上げる。


「つまり、人気のない場所で私が襲われれば、まーくんは今度こそ私の王子様だった頃と同じようにかっこよく悪い奴らをやっつけて助けてくれちゃうってわけ!」

「待って。色々ツッコミたいところはあるんだけどさ、えっと、まーくんってあの転校生のことだよね? 千歳が最近よく話してる」

「そうなの! 私の運命の人!」


 急に千歳は軟体動物にようになって、体をくねらせはじめる。

 裕一郎としては、複雑な気分である。

 無意識に周囲を振り回すくせのある千歳だが、裕一郎にとって大事な幼馴染であり、妹のような存在だ。

 普段はぼんやりしているくせに大事なところでは鋭い頭のキレを見せる千歳だが、その浮世離れした性格から、人間関係で揉め事に発展しかねない言動をすることも多かった。

 その間に入り、緩衝材としての役目を果たしてきたのが裕一郎である。

 リーダーシップの取れる性格ではないが、勤勉で優秀で、他者に対する物腰も柔らかく、中性的な美少年ということもあり、男女どちらからも厚い信頼を得ていたから、裕一郎が介入することで事なきを得た出来事は多い。

 もっとも、千歳はいまいちその恩恵を理解していないところがあるが……。

 そんな気苦労もあり、いくら身近な異性とはいえ、自分が千歳の恋人になろうとは思わなかった。

 むしろ、千歳に恋い焦がれて熱狂する数多の男子に対して、「かわいそうに、千歳に惚れちゃうなんて……」と憐れみを向けるほどだ。

 それでも、心のどこかでは、自分のことを異性として見て欲しい気持ちがあって、色々と面倒を見たりフォローをしたりしてしまうのは、千歳からもっと好かれたいという気持ちがあることは否定できない。


「まーくんはね、きっと悩んでるの! その悩みが、まーくんから自分らしさを奪ってるんだわ。かわいそうなまーくん……」


 舞台女優のような大仰な仕草をする千歳。


「だから、昔のまーくんを思い出すような出来事があれば、すぐ解決すると思うの」

「うーん、心配する気持ちはわかるけど、それ、千歳がやらないといけないこと?」

「やらないとなんだよ。悩めるカレシを救ってあげるのも、カノジョの大事な役目だから」

「え? 千歳は塚本君と付き合ってたの?」

「口約束ではしたことないよ。でも、心は繋がってるから、何も言わなくても私とまーくんは恋人同士なんだよね」

「はあ……」


 裕一郎は、真斗に同情した。

 日本有数のお金持ちの家に生まれ、使用人に囲まれた生育環境からして、千歳は現代日本社会では異質な存在で、そのため庶民感覚が抜けているフシがある。千歳本人は決して偉ぶる性格ではないのだが、周囲の誰からもお姫様扱いをされていたせいで、自分中心で物事を考えるクセがついてしまっていた。

 それは恋心でも然り。

 でも、今回はちょっと特殊だな。

 裕一郎が首をひねったのは、これほど異性に対して積極性を見せる千歳を初めて目の当たりにしたから。

 それだけ、塚本君は千歳にとって特別な男の子ってわけか……。

 誰よりも身近にいるはずなのに、選ばれない寂しさと怒りが湧いてくる。

 だが、千歳と同じくお金持ちの家に生まれて、それでいて庶民的な感覚を持つ両親の教育方針により極めて常識的に育った裕一郎には、嫉妬心を他人にぶつけようという気にはなれなかった。


「これでまーくんを助けたら、私はもっともっとまーくんから好かれちゃう。あと一年経てば成人だし、こ、高校生での結婚もあるかも!」

「ふーん、頑張ってね」

「頑張るのはゆーくんだよ。人を集めてもらわないといけないんだから」

「人を? どうして?」

「まーくんをもとに戻す舞台をつくるためだよ」


 ふふん、と千歳は胸を張る。

 自らの壮大な計画が成功すると確信して、悦に入っているのだ。


「ゆーくんは顔が怖くて悪そうな人をいっぱい集めて。5人くらいいれば足りるかな? そして、襲われている私を、まーくんに助けてもらうの!」


 なるほど、それで人気のないところで襲われたら云々と言っていたのか。

 裕一郎は頭を抱えた。

 つまり、真斗のために一芝居打とうというのだ。

 そのための舞台を、僕に用意しろってわけか……。

 もちろん、あくまで芝居だから、本当に素行の悪いやつを集めるわけにはいかない。悪いのはあくまで風体や雰囲気だけ。

 それでいて、やられ役を引き受けてくれる度量を持っていないといけない。

 物事が計画通りに運ぶとは限らないから、決め打ちのセリフだけじゃなくてアドリブで柔軟に対応できる頭の良さや演技力も必要だ。

 それに、無関係の人が紛れ込んでくることのない舞台だって用意しないといけない。

 これは……大仕事だぞ。

 真面目な裕一郎は、千歳の無茶振りにもめげることなく、課せられたミッションを成功させるための筋道を頭の中で組み立て始める。


「……わかったよ。こっちで手配しておくから」

「やった! ありがと、これでまーくんと愛の炎を燃やせちゃうね!」


 裕一郎の手を握って、ぶんぶん振ってくる千歳。


「お安い御用だよ……」


 昔も今も、自分を振り回す千歳に気疲れをしつつ。

 それでも、どんなかたちであれ千歳が頼ってくれている以上、裕一郎は嫌とはいえない。

 それどころか、頑張ろうとしてしまうのは、惚れた者が背負ってしまった業なのかもしれない。

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