第23話 手段を選ばない策略
手段を選ばない
帰り支度をしている最中、和泉からまた放課後の遊びに誘われそうな感じがしたけれど、静観する様子が見えた。
きっと、連絡先を知ったことで、いつでも誘えるという余裕が生まれたせいだろう。
その余裕のおかげで、しつこくされなくなったと思えば、連絡先を交換したのは正解だったのかもしれない。
教室から出ようとした時、校内放送が流れた。
聞いたことのない女子の声。
「2年3組の塚本真斗くん。至急、3階の資料室まで来てください」
そして繰り返される校内放送。
俺? なんで?
呼び出される理由がわからなかった。
不信感はあるのだが、仮にこれが本当に大事な用事だった場合、すっぽかすのはマズい。
俺は転校生だ。まだ学園のやり方に馴染んでおらず、放課後に呼び出されることもあるのかもしれないと考えてしまう。
言われた通り、3階の資料室までやってくる。
以前来た時と同じく、物置同然の狭い部屋。
そこには誰もいなかった。
「妙だな。どういうことだ?」
誰かのいたずらかもしれない。
内部生の誰かに目をつけられて、嫌がらせをされたという可能性もある。
どちらにせよ、いい気分はしない。
「もういいや。帰っちまおう」
いつまでもこの場にいるのは、いたずらに引っかかったような気がしてシャクだ。
踵を返してその場を後にしようとすると、人影が立ちふさがっているのが見えてしまう。
「まーくん!」
「なんで安次嶺が?」
「嬉しい! まーくん、本当に来てくれたんだ!」
いまいち噛み合わないことを口にする安次嶺は、何故か大喜びをしていた。
「おい、なんで扉を閉める?」
「えっ? だって二人きりだし」
「二人きりだったらなんなんだよ……」
不信感はますます強くなるのだが、安次嶺は俺の方へ歩を進めてくる。
俺のすぐ目の前に立ちかけた、その時だ。
ガチャリ、と、扉側から音がした。
「ん? 待て。扉の向こうから鍵かけられた音しなかった?」
「まさかぁ。誰がそんなことするっていうの?」
バカらしい、とばかりに笑い飛ばす安次嶺が、扉に手をかけて何度もスライドさせようとするのだが、ガタガタ物音が鳴るだけで開く気配がない。
「安次嶺?」
「あれ、開かない」
「ウソだろ」
扉に駆け寄り、何度も開けようとするのだが、何かが引っかかっている感触がして、開く気配がない。
「ね? 開かないでしょ?」
こういう状況だというのに安次嶺は喜びを隠そうともしない。
遅れて、背中にピタリと暖かく柔らかい感触が重なってきた。
安次嶺に捕食されそうな恐怖を味わいながら、扉の窓枠の向こうの景色が目に入る。
廊下を早足去っていく人影が見えた。
見覚えのある後ろ姿。すらっとした高身長で、優雅な所作。
あれは……野々部だ。
「なあ、安次嶺。もしかしてお前は、野々部と手を組んでこの二人きりの状況をつくったんじゃないだろうな?」
まさかと思い、俺は訊ねてみる。
「……ワタシ、ナニモシラナイヨ?」
「ウソで隠すの下手すぎだろ。自動音声みたいに棒読みじゃねえか。本当のことを言え」
「だってえ。まーくんと二人にしてくれる場を用意してくれるって言うんだもん。それって私に得しかないから、協力してもらっちゃった。なんかね、昨日のお詫びなんだって。私の気持ちを汲んで、まーくんと仲良くなることを応援してくれるって言うんだ。意外といい人だよね」
「あいつ……そこまでするのか……」
あまりの徹底っぷりに、膝から崩れ落ちそうだった。
あれほど安次嶺を敵視していたのに、大願成就のためとあらば不倶戴天の敵とも協力してみせる。先日あれだけ論破された相手と組むなんて、単なるプライドが高いだけの頑固者なら決してできない所業。
野々部も恐ろしければ、安次嶺も改めて恐ろしいヤツだと思う。
昨日あれだけバチバチに揉めたのに、自分に得があると判断すればあっさり話に乗っかる。
こいつら、案外似た者同士なのでは?
「お前は何くだらないエサに釣られてるんだよ……」
「くだらなくないよ。まーくんと二人きりの時間は私の宝物なんだよね。今のうちにいっぱい宝物をちょうだい?」
すりすりくっつていくる安次嶺。
「そんなことよりどうするんだ。出られなくなっちゃっただろ」
「大丈夫。出られるよ」
「ああ、カギ持ってんのか? 会長だし、マスターキーとか持ち出せそうだもんな」
「そんなのないよ?」
両手を広げて、完全な空手であることを示す安次嶺。
「でも、この密室から脱出する方法は知ってるんだ」
「なんだよ、手品でもするのかよ?」
「野々部くんには、ここのカギを掛け終えたら、カギを管理してる職員室に返すように伝えてあるの。あとは生徒会室に残って仕事してくれてるゆーくんに連絡して、またカギを持ってきてもらえばいいだけ」
「まーくんが私をいーっぱい愛してくれて、満足したら、私からゆーくんに連絡してあげる。そしたら、外に出られるよ」
とんでもないことを言い出しやがった。
「満足ってなんだよ……?」
「私、ずっとまーくんに会えないままだったんだよ? その埋め合わせをしてほしいの」
「わっ」
安次嶺に飛び掛かられて、俺は尻もちを着いてしまう。
安次嶺に押し倒されたような姿勢の俺。
すぐ近くに、安次嶺の綺麗に整った顔が近づいていて、とうとう首筋に鼻先を埋めてくる。なんて遠慮のなさだ。
「まーくん、好き、好き……どうしてずっと会えないまま平気でいられたんだろう? 地球上にいるのは確かなんだから、私の方から探しに行けばよかったのに……」
安次嶺は、甘い言葉を囁きながら、全身で俺を抱きしめにかかる。
腕だけでは飽き足らず、脚まで絡みつかせてくる安次嶺。まるで俺を抱きまくらのように扱ってくる。その柔らかさと感触の心地よさに、意識ごと取り込まれてしまいそうだ。
体格差を利用して逃れることもできなくはないのだが、下手に動くと絡みついている安次嶺の胸や脚に触れてしまいそうだ。
「まーくんは、私に会えなくて寂しくなかったの? そんなことないよね。でもまーくんにだって、なにか事情があったことくらいわかるよ。私もまーくんに会いに行けなかったから、そのあたりのことはお互い様かもね」
相変わらず思い込みが強い。
耳元で囁くような声音のせいで、脳が溶けそうになって、拒否する気力がどんどん奪われていく。まるで、女郎蜘蛛から捕食されたような気分になってしまう。
「まーくんは再会してから、私のこと好きって言ってくれたことないよね? 今は他に誰もいないし、誰かが入ってくる心配もないんだし、恥ずかしがらずに言ってくれていいんだよ?」
悪いが、今も昔も、安次嶺に恋をしたことはない。
俺にとっては、ガキの頃に仲良くしていたことがあるお嬢様という印象しかなく、好きと口にするのは躊躇いしかない。
「……それとも、本当は私のことなんか嫌い?」
拗ねるような表情だが、瞳の中は不安そうな感情で揺れている。
恋なんてしていない。
けれど……ぞんざいに扱いたいわけでもない。
安次嶺を含めて、みんなのことが嫌いで、うざったいから関わりを持ちたくないわけじゃない。
俺自身が、誰かに関わっていいような人間じゃないと思っているからだ。
だから、俺なんかに好かれているかどうか気にして、不安に思うような時間の無駄はしてほしくない。
「別に、そんなことはない」
湿っぽくなった空気にしたくなくて、俺は言ったのだが。
「そっか! そうだよね! まーくんは昔から私のことが好きなんだもん!」
急に元気を取り戻した……というか、本当に嫌われていることを微塵も想像していなかった感すらある。
「好き! 好き! まーくん!」
まるで、俺から愛の告白を受けたみたいにテンション爆上げな安次嶺。
ますます密着度合いを強めてくる上に、首にからみつけた腕に力を込めてくるので、横入りのスリーパーホールドを食らったみたいになって息苦しくなる。
この状況は、とてもまずい。
放っておくと、テンションと連動して性欲が上がったようにすら感じるこの恋愛脳生徒会長は一体何をしでかすかわからない。
早急に助けを呼ぶべきだ。
でも、どうやって?
この学園内で、俺が密室の中に閉じ込められていることを知っていて、さらに助けてくれそうなヤツなんていない。
しかも俺は、近くにいないヤツに情報を伝える手段なんて持ち合わせていない。
……待てよ。
今日、図らずも直接会う以外の情報伝達手段を獲得したばかりじゃないか。
体を捻ってポケットからスマホを取り出す。
「まままま、まーくん!?」
そして、スマホが安次嶺の視界に入らないようにするために、俺の方から安次嶺を抱きしめ返すような体勢になる。
ぴったり正面から抱き合っているような感じだ。
「なんでお前が動揺するんだよ?」
「だって! まーくんの方から抱きしめてくれるとは思わなかったから!」
「俺だって、たまにはそういうサービス精神出す時くらいあるよ」
「そういうのは、たまにじゃなくて24時間365日いつでも出して!」
感動しているような安次嶺には悪いが、俺は安次嶺の背中側まで伸ばした手の先にあるスマホをいじり、この場をなんとかしてくれる可能性のあるヤツを連絡先から探し出す。
そして、どうにか文面を打つ。
俺がメッセージを送ろうとしている先は、和泉だ。
今朝、連絡先を交換しておいてよかった。
知らなかったら完全に手詰まりになっていたところだ。
『和泉、俺だ。一生のお願いレベルのことなんだが、頼みがある』
『職員室で資料室のカギをもらって、扉を開けてくれ。閉じ込められたんだ』
もう一押しのメッセージを追加しておくか。
なんとしても、来てほしいからな。
『トイレ、漏れそう』
あとは、和泉が、俺の思った通りの行動をしてくれればいいのだが……それが一番の難関だ。
和泉は毎日のように放課後になると陽キャ仲間とどこかへ遊びに行く。
俺は放課後になってからすぐこの資料室まで来たわけで、俺が教室を出た時にはまだ姿があったから、学校を出ているとしてもまだ近くにいるはず。
安次嶺の暴走がエスカレートしないうちに来てくれ、という勝手な気持ちで願い続ける俺は、安次嶺ができるだけ落ち着いたままでいてくれるよう、頭に手を伸ばす。
安次嶺の頭を手のひらで撫でる。
「えへへ、まーくん。それ気持ちいい……」
幸せそうな声を出す安次嶺。
安次嶺が暴走しそうな雰囲気はかなり薄まっていった。
これは、良い時間稼ぎになるぞ。
いっそ、このまま心地よく感じて眠ってくれないかな。
「私も、まーくんのこと気持ちよくしてあげるね」
今度は安次嶺まで、優しくゆっくりと俺の頭を撫で返してくる。
別に恋人同士でもなんでもない二人が密着状態で頭の撫で合いをするという不思議な光景が展開されるのだが、こうしている間は安次嶺が大人しくしてくれるので、いい時間稼ぎになった。
今か今かと、和泉の到着を信じて待つ時間は、永遠にも感じられた。
それまで無人で物音が一切しなかった扉の向こうから、慌ただしい足音が聞こえる。
扉がガチャリと鳴った時、俺は救世主の到着に快哉を叫びたくなった。
「塚本くん! 大丈夫!? ダムは決壊してない!?」
今ほど和泉の登場を待ち望んだ時はない。
必死の形相の和泉は、何故か手にバケツを持っていた。
なんで?
……まあ、いい。これで密室状態ではなくなったのだから。
だが、こちらを目にする和泉の顔が、それまで走ってきたのか息が上がっているせいで赤かったのが、いっそう赤くなっていく。
「あっ……! お取り込み中のところごめんね!」
「いや、待て! 和泉、いいんだ、入ってきてくれ!」
「ええっ!? わたしも交えて!?」
「……まーくん、ま、またその女なの……? も、もしかして本当はクラスメイトじゃなくて付き合ってたりしないよね!? ていうか初めてが三人でなんて嫌だよ~! 二人でじっくりゆっくり愛を語り合いながら時間を掛けて――」
「お前はここでどこまで致すつもりだったんだよ……」
外見は清楚なお嬢様そのものなくせに随分と生々しいことを想像しているこの恋愛脳には戦慄するばかりだ。
「わ、わたしはただれた性愛は苦手なタイプだから! やるなら二人でやって! あ、やるって言ってもそういう意味じゃなくて!」
真っ赤になった和泉は、放り投げるように床にバケツを置く。
「そ、それ間に合わないかと思って持ってきたトイレ代わりのバケツだから! カギは返しとくね!」
そして和泉は、どこかへ走り去ってしまった。
結局また、俺は取り残されてしまうのだった。
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