第22話 豊澤の気持ち

 昼休み。

 俺は屋上にいて、隣には豊澤とよさわがいた。

 以前、俺は豊澤の料理の練習に付き合うことを約束していた。

 豊澤は二人分の弁当箱を持ってきている。二段重ねということもあり、俺用の弁当箱の方がサイズ大きい。


「――それで、結局塚本はどうするんだよ? 野々部とのことは、あたしも聞いてるぞ」


 押し付けるように弁当を渡してきて、豊澤が心なしか緊張の面持ちをしている。


「喜んでお受けいたします! ……なんて言えるような頼みじゃないだろ。拒否だよ、拒否」

「だよな! 野々部の野郎、むちゃくちゃ言いやがる!」

「あれ? 豊澤は賛成派じゃないのか? てっきり、野々部と一緒になって受け入れろと強要されるものとばかり思ってたんだが」

「そんなことするかよ。今回ばかりは野々部のやり方に引いちまったしよ。なんで塚本と会長をくっつけるようなことしないといけねーんだよ」

「……俺と安次嶺がくっつくと都合悪いのか?」


 昨日の食堂で、いかにも水と油な二人を目の当たりにした光景を強く思い出していた。


「は? お、お前、なんか変な勘違いしてんじゃねえのか? お前はあたしの味見係なんだよ。あの性悪会長と絡んで付き合いが悪くなったら、あたしの腕前は上達しないままになっちゃうじゃねーか」

「ああ、そうか」


 豊澤は俺が思っていた以上に、料理への情熱が強いらしい。

 その想いの証拠は、目に見えるかたちで現れていた。


「そうだよな。指輪外してまで、料理の方を優先するくらいだもんな」

「えっ? お前、気づいてたの?」

「そりゃな。俺がそういうアクセサリとかしないせいか、目についたし。あと、爪も切った? この前まで結構好き勝手に爪をデコってただろ」

「ああ、ネイルは好きでやってたけど、やっぱ料理の時に気になってさ、ていうかお前、あたしのこと結構見てんだな! ほら、いいから食えよ! お前のためにつくってやったようなもんだしさ!」

「ああ」


 急に上機嫌になった豊澤がくれた弁当箱を開ける。

 今日は購買のパンもコンビニ弁当も用意していない。

 豊澤の弁当だけが、俺の昼食だ。

 豊澤のメシが失敗作であれば、俺はカロリー補給が不十分なまま午後の授業に挑むことになってしまう。

 いざという時のために保険をかけてバランス栄養食でも買っておくべきだったのかもしれないが、料理の上達を願う豊澤の心意気を信じたい気持ちの方が強かったのだ。

 弁当箱の蓋を開けた時、俺の目に飛び込んできたのは茶色い色彩。

 これは……話に聞く男飯。

 二段重ねの上段は、おかずゾーンとして肉料理で埋め尽くされていた。


「塚本、勘違いするなよ。それはあたしのセンスがアレなわけじゃなくて、お前のためを想ってその弁当をつくったからだよ」

「俺のため?」

「男にはカロリーとたんぱく質が必要だろ? だから、あえて肉肉しくしたんだよ」


 なるほど。一瞬、勘違いしそうになった。

 食べてくれる相手のために料理をつくる。

 それはきっと、美味しい料理をつくるためには大事なことだ。

 ひょっとしたら、その心意気は味云々より大事かもしれない。


「そうか。ありがとう」

「言っておくけど、冷食じゃねえからな? そこのからあげとかハンバーグは、昨日のうちから準備したんだ」

「努力家だな、豊澤は」

「……まあ、夕食の残りなんだけどよー。でも手作りなのはマジさ」

「いや十分だ」


 全部のおかずが朝にこしらえたものだと、かえって申し訳なくなるからな。

 さっそく俺は、豊澤が用意してくれた箸を使って、ハンバーグを摘む。


「どうだ? 正直に感想を言ってくれよ。頑張ったからって理由で手心加えられると、あたしのためにならねえからさ」

「味は……悪くない。ちゃんと肉の味がする」

「そりゃそうだろ。肉なんだから」

「でも……食感がなんかぬちゃっとしてるのは、ちょっとマイナスだな」

「ええっ、マジかよ……火加減間違えたかな」

「まあでも、昨日から仕込んでたってだけあって良かったよ。そもそも豊澤の料理は、箸を動かす手が鈍るほど味が悪いってわけじゃないから」


 その後、俺はきっちり弁当箱の中身を平らげることができた。


「ごちそうさまでした」

「おいおい、あたしを拝むな」

「せっかくだから作ってくれた人に感謝した方がいいと思って」

「変に真面目だなお前は」

「弁当箱、洗い物もさせちゃって悪いな」

「大した手間じゃねーよ」


 照れくさそうに微笑む豊澤も、だいたい俺と同じくらいのタイミングで食べ終えていた。


「……野々部のことさあ、なんか悪かったな」

「豊澤が謝ることじゃないだろ」

「いや、あたしもあいつの仲間だし。……目的は同じでも、あたしは野々部ほど手段を問わずってやり方はできねえわ」


 あたしって甘いのかなー、と言いながら、豊澤は空を見上げる。

 この日も快晴で、雲ひとつない穏やかな天気だった。


「そりゃ塚本もうちらと同じ方向を向いて協力してほしいけど、負担が一番お前に掛かるようなことはさせたくないんだ。そもそもこの戦いを始めたのは野々部たちで、そして後から入ってきたあたしだから。一番重い責任を背負うべきなのはうちらなんだよ。塚本じゃねえ」

「豊澤……」

「ていうか、会長とは何があってもくっつくんじゃねえぞ。清楚なフリしてとんでもねえあの女に騙されるな」


 こちらの方が本題なのではと思えるほど真剣な声音で、豊澤が詰め寄ってくる。


「あの性悪を籠絡しろだなんて、野々部の野郎は一度シメてやった方がいいのかもな……!」


 拳同士を打ち付けて、ギラついた闘士を燃やす豊澤。

 内輪揉めにならないことを願うばかりだ。

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