第21話 仲良くしてしてビーム使い

 重い足取りで登校した後、自分の席に腰を下ろすと、いつものように和泉いずみが飛んできた。


「つーかもーとくん! どうしたの? なんか元気なくない?」

「そうか? いつもと変わらないけど。俺の顔が辛気臭いからそう勘違いするんじゃないか?」


 優花を元気にさせることはできたものの、肝心の俺の方はというと、抱えている問題のせいで気が重かった。


「元気がないなら、笑うといいよ! 笑ってるうちに楽しくなっちゃうから」

「無茶言うな。そうまでして元気出そうとは思わないよ。ていうか元気ないわけじゃないから。別に普通だ」

「そう言わずに。ほら、口の端を上げるだけでそれっぽくなるよ。雰囲気明るくしてこうよ」

「なっ」


 和泉は、両の手の人差し指で俺の口角をぐにっと釣り上げた。


「どう? 楽しくなってきた?」

「楽しくなる前にびっくりするわ。なんだよ、いきなり。距離感の詰め方に恐怖すら感じるよ」

「ふふふ」

「なんだよ? 急に笑うなよな」

「だって、今日の塚本くんは声かけた途端に『俺に構うな、怪我するぜ……』って感じのハードボイルドモードで避けようとするんじゃなくて、ちゃんと受け答えしてくれたんだもん。なんか嬉しくなっちゃって。私の人差し指攻撃だって避けなかったし」


 しまった。

 野々部からのアホみたいな提案に気を取られていたせいで、和泉を避けるための行動がおろそかになっていた。

 結論を言えば、俺は野々部の提案を即座に断っていた。

 ていうか、できるわけないだろ。

 どうして俺が、そんな房中術みたいなことしないといけないんだよ。

 じゃあどうして悩んでいるのかといえば、野々部に諦める様子がないからだ。

 少し前までの潔癖なところの残るあいつなら、安次嶺を傀儡にして生徒の民意を自在に操って独裁させることに対して、自己矛盾を覚えて抵抗を感じていたことだろう。

 だが、その安次嶺本人の指摘により、あいつは覚悟を強くしてしまった。

 もはや野々部は、これまで以上に手段を選ばず目的を果たそうとしてくるに違いない。

 これからしつこく頼まれ続けるのだと思うと……ため息が出そうになる。


「これもわたしの仲良しビームが効いてきたってことかな?」

「なんだよ、それ」

「わたしが授業中に塚本くんに向けて放ってる幸せ光線。手のひらから出るの」

「呪いをかけるのはやめろ」

「呪いじゃないよ! 今かけてあげる! これで塚本くんの気分も朝からアゲアゲハッピーハッピーだよ!」

「手のひらを向けてくるな。アイアンクローをされるかと思ったぞ」


 なんて抗議していたら、和泉のヤツ、本当に俺の額を掴んできやがった。

 和泉のほんのり暖かい指先がこめかみに触れ、手のひらが超至近距離にある。


「なんか甘い匂いがする」

「ああ、それハンドクリームの匂いだ」


 和泉が、スカートのポケットから小さなチューブを取り出す。


「そろそろ空気が乾燥してくるからね。塚本くんも気をつけた方がいいよ。スキンケアに男女の区別なし!」


 俺はいいよ、と遠慮するのだが、和泉はチューブからにゅっと出したクリームを勝手に俺の手に擦り込んできた。ぬるぬるとした女子の手に触れられていると、なんだか変な気分に……なってたまるか!


「あ、そうだ。せっかくだし、塚本くんがフレンドリーなうちにもう一ついい?」

「別にフレンドリーなんかじゃないんだけどな。で、なんだ?」

「えいっ」

「あっ、おい」


 スマホを取り出した和泉は、一瞬にして俺の隣に回り込んでくる。

 俺が座っている椅子のほんの僅かな開いているスペースに尻を押し込めるように無理して座ってきたせいで、和泉の体がピッタリと密着する。

 安次嶺以上のサイズを持つ胸の感触に襲われると、俺の思考能力は一瞬にして失われてしまう。

 その隙に、和泉が掲げているスマホから電子音が鳴った。


「塚本くんと一緒の写真、欲しかったんだよね」


 ふふ、と和泉は楽しそうにするのだが、俺に密着した状態を維持したままスマホを見せられても返事をする余裕なんてない。おまけに、ハンドクリームとは別のなんだか甘ったるいような爽やかなような匂いがする合せ技のせいで脳が破壊されそうだ。

 和泉のスマホの画面に映ったツーショット写真。

 弾けるような笑みを浮かべていかにも陽キャっぽいポーズを取っている和泉と、異性から体を寄せられて露骨に動揺している恥ずかしい俺が映っている。


「これ、塚本くんのスマホにも送りたいから連絡先教えて」

「いらないし、そもそも俺スマホ持ってないから」

「ウソだー。さっきまでヒマそうにいじってたじゃん。隠さなくていいのに」


 同じ椅子に座るかたちの和泉は、抗議するように、じりじりと腰……というよりは尻を押し付けてくる。制服越しとはいえ、尻同士が密着すると妙な気分にならんでもない。


「やめろ。もう尻相撲をしてくるな。これ以上尻圧を強められると椅子から落ちるだろ」

「ふふふ。じゃあ落とされる前に連絡先を教えて?」


 もちろん俺は、和泉に連絡先を教えたくなかった。

 このまま断るべきだったのだが。

 問題は、和泉の仲間である陽キャグループがこちらを気にしていたこと。

 女子は興味深そうにしているのだが、男子にはちょっとした嫉妬めいた感情が見える気がする。うちのクラスの内部生は、温厚で当たりも柔らかく、露骨な外部性差別をしないのだが、それはあくまで和泉朋海いずみともみという中和剤があってこそ。逆にいえば、かれらの前で和泉を邪険にしすぎると、強い反感を買う恐れがある。

 それだったら……和泉に連絡先を教えてしまった方が被害が少なくて済みそうだ。

 今後の人間関係を思って色々天秤にかけた結果。


「……わかったよ。でも、お前だけだからな。いくら仲が良くても、お前の友達に勝手に俺の連絡先を教えたりグループに入れたりしないでくれ」

「オッケー!」


 瞳を輝かせた和泉と、嫌々ながら連絡先を交換することになった。

 図らずもこれで、転校後初めて女子の連絡先を手に入れてしまったということになる。


「ありがと! じゃ、またあとでね!」


 寄ってきた時と同じように、飛ぶような軽やかさで仲間のもとへ戻っていく和泉。

 その後、俺のスマホにツーショット写真が送られてきた。

 何度見返してみても、いくらなんでも無愛想が過ぎる。隣の和泉が最高のコンディションでにこやかな笑みを見せているものだから余計にそう思ってしまう。

 こんな状況でなければ、女子と二人で写真を取るなんて、テンションが上がるイベントには違いないのにな。

 まあ、それもこれも、俺が撒いたタネではあるのだが。

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