第20話 早朝の義妹トーク

 朝。

 縁寮のメリットは、学園から徒歩10分程度しか離れていないこと。

 本来なら慌ただしく忙しい朝でも、ギリギリまでゆっくりすることができる。

 そんな中俺は、義妹の優花と通話していた。

 優花がねだってくるので、ビデオ通話だ。

 早朝だろうときっちり二つ結びにした優花の姿がスマホに映っている。

 塚本優花つかもとゆうか、と今はバリバリの日本人名を使っている優花だが、実は父親が外国の人だったらしく、アジア系にしては堀の深い顔立ちをしている。

 そして髪の色素が薄いため、陽に当たると銀髪に見える髪色をしていた。髪が長いのは、髪型に特にこだわりがないからで、昔からこうだから、という理由で二つ結びにしていた。よく似合っているし、中学生らしくていいと思う。

 肌は白く、青い瞳を持つ目は本来は大きいはずなのだが、優花はいつでも眠そうな感じなので、半眼になっているように見えてしまう。優花なりのコンプレックスらしいから、それについて突っ込んだことはないけれど。

 スマホ越しに見る義妹の姿は、まるで妖精。

 そのままイラスト化すれば「なんて名前のVtuber?」と聞かれそうな可憐な見た目をしていた。

 などと、義妹自慢に浸っていると。


『兄さん、聞いてるの?』

「ああ、聞いてるよ」

『……ごはん食べながら通話しないでほしかったんだけど』

「仕方ないだろ。朝は忙しいんだ。食パン片手に通話するくらい許してくれ。多忙なビジネスマンみたいんでクールだろ?」

『全然。学校が近いからって、兄さんはだらだらしすぎ。今度からもっと早く起きて』

「なんで?」

『……兄さんともっと話したいから』


 白い肌をほんのり赤く染めて、優花が視線を下に向ける。

 ビデオ通話のおかげで、義妹の変化がバッチリ見えてしまう。


『できれば今すぐにでも兄さんと会いたい』

「秋の連休にならないとちょっとキツいかな……」


 縁寮よすがりょうは、実家から遠方にあるというわけではない。精々、電車で一時間半くらいか。

 だが、俺にまつわる厄介事に、優花を巻き込みたくなくて転校を選んだのだ。

 妹の優花といえど、そうホイホイと会うわけにはいかない。


『だって兄さんに会わないと、兄さんのにおいを嗅げないし』

「俺なんかを匂ってどうするんだよ。変なこと言うヤツ」

『匂いを嗅ぐことで、兄さんが隠している女の匂いがわかる……』

「おい」

『私、鼻がいいの。私とお母さん以外の女の匂いがくっつていてたら、すぐわかる』

「その特技はもっと人の役に立つことに使ってくれ」

『でも、今日の兄さんはなんか元気なさそう』

「あ、ああ、いや! そんなことないぞ!」

  

 ――『塚本君。生徒会長を籠絡してほしい』

  

 頭に浮かぶのは、昨夜の野々部からのあまりにダルすぎる提案。

 思い出すだけで憂鬱だ。


『まさか、女性トラブル? やっぱり兄さん、一人暮らしなのをいいことに女を連れ込んでるの?』

「そんなわけあるか。見ろ、この部屋を。とても女子が好んで来る部屋じゃないだろ」


 部屋を一望できるように、スマホのカメラを向ける。


『歴史ある和の雰囲気にたくさんの本。陽キャやギャルやヤンキーは避けても、文学少女なら……まさか兄さんは陰キャの文学少女と付き合って……』


 この部屋に来たことがある女子は安次嶺だけだが……まあ、学年一位の優等生だから、文学少女の雰囲気もなくはないか。


『兄さん! 私の方が陰キャだよ! 下手な文学少女と付き合うくらいなら私で十分』

「悲しいことで張り合おうとするんじゃない」


 その後、自分がいかに陰キャか語り始めた優花をなだめるのに時間を使うハメになる。

 兄妹の朝の会話はもっと有意義に使いたかったんだけど。


『兄さん、私、もうすぐ登校の時間なの』

「そっか。残念だけど、また明日だな」

『最後に、お願い一ついい?』

「なんでも聞くぞ」

『スマホのインカメにね、ちゅっ、ってして』

「なんでそんな気色悪いことを?」

『私もするから』

「それで何になるんだ……?」

『リモートキスだよ』

「ええ……」

『……うちのクラスのカレシ持ちの間で流行ってるみたいなの』

「……それ、兄貴相手とやっても楽しくないだろ」

『楽しいし嬉しいよ!』


 勢い込んでドアップになる優花の顔。

 どれだけ拡大してもきめ細やかな綺麗な肌だ。

 義理とはいえ、妹としたいと思わないのだが。

 でも優花は大人しそうな見た目をしているくせに、一度言い出すと聞かないからな。


「……わかった。一瞬だけだからな」

『ありがとう。せーの、でしようね、兄さん』


 一体俺は朝からなにをやっているんだろうな。

 優花の合図に合わせて、虚無感に満たされながらインカメに唇を寄せたのだが。


「……お前、今やらなかっただろ? 俺にだけやらせたよな?」

『ごめんね。騙すつもりじゃなかったの。……兄さんのキス顔を見たくて』

「お前なぁ」

『でも、おかげで朝から元気出たし潤った。今日も頑張って学校行けそう』


 こういう言い方をされると、俺は弱い。

 母さんから聞いた話だが、優花は小学生の頃、登校拒否の期間が長く続いたらしい。

 優花が嫌がりそうだから、その理由を詳しく聞こうとしたことはないけれど、どうも見た目に関係があることだったようだ。

 優花の西洋寄りな顔立ちや髪色は、みんなと違うことに敏感に反応する子どもたちの格好の餌食になってしまっていたのだろう。


「……わかったよ。今日も頑張ってこいよ」


 実際、優花はなんだかツヤツヤしていて体調が良さそうだった。

 優花が元気そうなら、まあ文句をつけることもないだろう。

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