第16話 押しかけ会長

 放課後。

 帰宅部なので特に用事のない俺は、さっさと学校をあとにした。

 下手に居残っていると、和泉や安次嶺あじみねが寄ってきて面倒だから。

 縁寮よすがりょうに戻った俺は、階段を上って二階へ向かう。

 他の寮生はまだ帰宅していないようで、純和風建築の寮内は静かで穏やかな雰囲気で満たされていた。


「他の連中は、今日もいないのか。俺以外は部活中ってことなのかも」


 他の寮生は野々部の仲間だ。リーダーである野々部が弁論部としてカムフラージュしている活動に参加しているに違いない。


「野々部は朝からデモやってるし、俺より早く起きて学校行って、帰ってくるのも俺より遅い。ご苦労なことだ」


 適当に感心しつつ俺は、自室で勉強道具を広げていた。

 元々俺は、帰ってすぐ勉強するほど熱心じゃない。

 授業をそれなりに真面目に聞き、あとは補完程度の復習をして、どうにか平均点を取ってテストを乗り切っていたタイプだ。

 けれど、貴峰学園という進学校にやってきたことで、授業についていくだけでも難しくなっていた。おまけに俺は転校生で、それまでは公立学校のカリキュラムで勉強をしていた身だから、他の生徒より学習面で遅れが目立っていたのだ。

 最低限のことはやっておきたいタイプの俺は、元々勉強熱心ではないのにこうして帰宅後すぐ勉強に取り組んでいるというわけだ。

 他に誰もいない静かな環境で、勉強に打ち込むことができていたのだが。

 階下で呼び鈴が鳴った時、集中が途切れてしまった。


「来客か?」


 縁寮で来客に対応するのは、基本は住み込みで寮を管理している寮母の此見さんだ。だが、いつも寮内にいるわけではないので、在宅中の手の空いた人間ができるだけ応対するように言われている。

 今、寮内にいるのは俺一人。


「……仕方ない。行くか」


 居留守を決め込んでもよかったのだが、流石にそこまで勉強に根を詰める気はなかった。

 複数の学生が暮らしているのに玄関が一つしかないタイプの寮だと、こういう煩わしさがある。まあ、その煩わしさも込みでの格安寮だから、入居を決めた時点で承知の上ではある。

 階下に降り、磨りガラスが特徴的な扉を開けた。


「はいはい、どなたですか――」

「まーくん……!」


 俺を目にして、感動で瞳を潤ませているような女子生徒。


「…………」


 ガララ、ピシャッ!

 俺は無言で扉を閉めた。

 えーと、カギはどこだったかな。


「まーくん! 待って! どうして締め出すの!?」


 ガララ! とせっかく閉めた扉を開けて安次嶺が顔を出す。


「押し売りはお断りしてるからだよ」

「押し売りじゃないよ! 私はまーくんが望んだ私をデリバリーに来ただけ!」


 微妙に如何わしいことを口にしながら、安次嶺が寮内に上がり込んでくる。


「探したんだよ。放課後すぐ教室に行ったら、まーくんはもういないし。校内のどこを探してもいないから、会長権限でまーくんの住所を調べたの。そしたらここにいるってわかって……来ちゃった」


 やっていることは完全にストーカーなのだが、なにぶん顔が良すぎる上に振る舞いに品があるせいで不気味でねちっこい印象が一切ない。だからこそ厄介なのだが。


「まーくんって、縁寮に住んでたんだね! アパートって言ってなかった?」

「いやほら、寮もアパートみたいなもんだろ。解釈の問題だよ。細かいことは気にするな」


 安次嶺に住所を知られるのが面倒で、前に聞かれた時は縁寮に住んでいるとハッキリ言わなかったのだった。


「うーん、まあそうかも」

「それはそうと。生徒会長ならわかるだろうけど、ここは女人禁制だ。それ以上近づくなら、学園のルールに違反することになるぞ」

「それは違うよ。女子生徒は入寮できないってだけで、普通に遊びにくるのは禁止じゃないもん」


 ……騙されなかったか。

 豊澤が野々部たちの仲間として我が物顔で入り浸っているように、縁寮に女子が出入りするのは自由。

 ただし、古い建物なので防犯上の心配があったり、教師の目が届かない場所で男女が同じ空間で過ごすことを学校側が忌避していることから、女子が入寮することはできなかった。


「おじゃましまーす」


 などと、古い学生寮ならではの不備から男女平等を満たしていないことに思いを馳せていたせいで、安次嶺が上がり込んできてしまう。


「今日は放課後になる前に生徒会の仕事を終わらせられたの。だから、まーくんの部屋でお話したいなって思って」

「悪いが、俺は今忙しいんだ」

「忙しいって。まーくんは、なにしてたの?」

「勉強だよ。転校生だから、学力では不利なことが多くて。今のうちに挽回しておかないと進級が危ういんだ」


 遠回しに俺は、安次嶺に帰ってほしいということを伝える。


「うーん、そっか。じゃあ私が勉強見てあげよっか?」

「安次嶺が……勉強を?」

「うん。これでも学年一位なの」


 えへん、と胸を張る安次嶺。大きな胸がいっそう強調されて、俺は視線の置き場所に困ってしまう。


「そういえば安次嶺は生徒会長だもんな……」


 色々問題はあるものの、貴峰学園は進学校であり、学力的な意味で優秀な生徒が多い。その頂点に立つ生徒会長となれば、勉強ができて当たり前か。


「どう? 私、愛する人のためなら頑張って役に立っちゃうよ?」


 提案自体は、そう悪いものと思えなかった。

 元々俺は勉強の習慣がないから集中力に限りがあるし、効率的で計画的に課題をこなせるような頭もない。

 数をこなしていく物量作戦で行くしかないわけで、それだと勉強の遅れを取り戻すにはとても時間がかかる。最悪の場合、追いつけないかもしれない。

 だったら、学年一位の実力を持つ安次嶺を教師として迎えるのもアリか。

 愛する人云々は聞かなかったことにするけれど。


「……それなら、頼めるか?」

「やった」

「ただし、あくまで勉強を教えてもらうだけだ。それ以上深く関わろうとしないでくれ。今は留年を回避することに集中したいんだ」

「まーくん、頼む側なのに注文多いね」

「急に真面目なことを言うな。調子が狂うだろ」

「私はいつも真面目だよ」


 知ってるよ。

 だから厄介なんだ。

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