第15話 憩いの屋上
昼休みになる。
俺は、落ち着いて昼食を摂れる場所を探していた。
学食は昨日のことを思い出せば絶対に落ち着けるような場所じゃないから却下。
教室もダメだ。
和泉が、陽キャグループを引き連れて「一緒に食べよ?」としつこいから。
それに、朝と同じく安次嶺が押し寄せてくるかもしれないし。
「でも、学園内で落ち着いて食事ができる場所なんてあるのか?」
俺は購買で購入したパンをぶら下げながら校舎を徘徊する。
学食のそばには綺麗な中庭があったのだが、いくら景観がよくても、見かけるのは内部生らしい男女ばかりだったから、結局学食と同じ目に遭うのは間違いない。
そこでやってきたのが、屋上だ。
俺が以前通っていた公立高校では、当然のように屋上は鍵が掛かっていた。だからダメ元だったのだが、扉はあっさりと開いた。
そのわりに屋上には誰もおらず、かといって荒れ放題というわけでもない。
フェンスを支える土台は、腰掛けるのにちょうど良さそうだ。
「まさかの穴場だな」
晴天の空の下、絶好のスポットを見つけた俺は上機嫌になってビニール袋からパンを取り出した。
「でも、こんなに過ごしやすそうな場所なら、もっと昼食に利用する生徒がいても良さそうなもんだが」
俺以外に生徒が誰もいない理由は、すぐにわかった。
「あ? んだよ、誰かいんのか?」
穏やかなシチュエーションに似つかわしくない荒っぽい言葉遣いをするヤツが屋上の扉を開けた。
「おい、お前、誰に許可取ってここにいるんだ? ここはあたし専用の庭なんだよ。邪魔だから出てけ……って、塚本?」
「豊澤か。なんだ、出ていった方がいいのか?」
「別に。塚本ならいいや。内部生のバカに占領されたと勘違いしちまった」
屋上に現れたのは、ヤンキー少女
「野々部は一緒じゃないのか?」
「なんであたしとセット扱いするんだよ」
「同じ志を持ってる者同士だからいつも一緒かと思ってたぞ」
「迷惑だねえ。あいつとは目的を同じくする仲間だけど、友達ってわけじゃねえんだ」
「野々部は優等生寄りだもんな。友達になるには気が合わないよな」
「そうそう。あたしはガサツなヤンキー女だから……って言わすなや」
肩にエルボーを食らってしまう。
「おっ、初ヒット。塚本も常に臨戦態勢ってわけじゃねーんだな」
「だから俺は、お前が勘違いしてるような武闘派じゃない。帰宅部の一般人だ」
「まだ言うか。まあいいや、せっかくだしあたしの昼飯に付き合ってくれよ」
豊澤の手には、ランチトートがあった。
サンのリオを彷彿とさせる動物キャラがあしらわれた可愛らしいデザインだ。意外だな。虎とか龍の刺繍じゃないんだ。
「そもそも野々部は部室棟に自分の居場所があるから、メシ食うだけなのにわざわざここまで来ねえよ」
「この学校に部室棟なんかあったのか」
「結構でけえのがあるんだよ。雑居ビルみたいなのが丸々経っててさ。特に文化部が入ってる文化部棟はやべえぞ。うちの文化部は、教師でも把握しきれないくらい膨大な数があって、その数だけ部室もあるからダンジョンみたいになってる。ついたあだ名が貴峰ダンジョン。まんまだけどな」
「そんだけ数があるのに、部室は足りてんの?」
「一つの個室を分けて使ってるらしい。だから、表向きは部室の前に看板出してる部活でも、実際に部屋ん中で別の活動をしているなんてこともあるみたいだ」
「野々部は何部に入ってるんだ?」
「あいつ早朝によくデモやってるだろ? あれが部の活動。表向きは弁論部らしい。部室棟でも弁論部の看板が掛かってるよ」
「なるほどな。隠れ蓑を利用するとは、いかにも活動家だ」
「戦う相手がまともじゃねーんだ。こっちだって多少はまともじゃねえことをしないと太刀打ちできねえよ」
「豊澤はここにいていいのか? 野々部とは友達じゃなくても同志なんだろ? 昼休みに食事しながら作戦練ったりするんじゃ」
「そうしたいのは山々だけど、あたしなりに気遣ってんだよ」
「なにに?」
「男子ばっかの部屋に一人可愛い女の子がいたら、かえって士気が乱れるだろ?」
「お前を巡って男子同士骨肉の争いになる、と?」
「美少女の宿命だよな」
「…………」
「んだよ、なんか言えよ。ツッコミ待ちだぞ。あたしがガチで言ってる痛い女みたいになっちゃうだろうが」
頬をほんのり染めた豊澤は、俺にバシバシと肩パンをしてくる。
豊澤はそのヤンキー的な荒っぽい性格的に、サークルの姫とかサークラになることはなさそうだ。
けれど、黙っていれば美人なだけに、男子ばかりの集団に紛れ込めば好きになるヤツは結構な数に登るであろうことは想像できた。
ヤンキーで女の子らしさとは無縁な口ぶりをするわりには、豊澤は身なりにかなり気を遣っているように見える。化粧はしてるしアクセもつけてるし制服も着崩しているしで、おしゃれに敏感なギャル寄りな印象があり、同性と同じような感覚で接するのは難しそうだ。
「ていうかもしかしてお前、あたしにバッチリ『女』を感じちゃってるから黙りこくっちゃってんのか!?」
謎に嬉しそうなハイテンションになる豊澤。
「それはない」
「即答かよ! ……まあいいけどな。あたしだって自分が女らしいとは思っちゃいねえよ。アクセとか着こなしで誤魔化しちゃいるけどさー、どうやっても素の自分が出ちまう」
心なしか落ち込んだ様子で、膝の上に乗せていた弁当箱を開ける豊澤。ちなみに弁当箱の色はピンクだ。
別に豊澤は、単なるがさつなヤンキー女には見えないんだけどな。本人なりに気にしている部分があるのだろう。
「豊澤、もしかしてそれ、自分でつくった弁当か?」
「……あたしがつくってたら、なんだっていうんだよ?」
「料理はしないんじゃなかったのか?」
「ああ、塚本の歓迎会の時な。……あれはウソだ」
「なんでウソなんか」
「あたしが料理してるなんて知られたら恥ずかしいだろ」
「別にそうは思わないけど」
「それに、別に料理が上手いわけでもねえ。練習中なんだ。まだまだ下手くそだよ」
そうは言っても、豊澤の弁当箱に入っているのは、下手くそとは言い難い出来栄えだ。
弁当箱の左側は白米が敷き詰められていて、右側のおかずコーナーには、定番のウインナーや玉子焼きに、ピーマンの肉詰めにブロッコリー、そしてきんぴらごぼうも添えられている。
シンプルながらどれも十分見栄えがするものばかりだ。
「だから昼休みになると、こっそり一人で屋上に来ては、朝に練習した試作品の味見をするわけよ」
「なるほどな」
「そうだ。せっかくだし、塚本。試しにあたしのメシ食ってみてくれ」
「俺が? いいのか?」
「あたしの秘密を知ったんだ。嫌とは言わせねえよ」
強気な口調のわりには、弁当箱を差し出してくる姿は普段の堂々とした姿と違ってためらいめいたものが見えた。
豊澤は、誰にも知られないところでこっそり努力していたようだ。
上達のためにコツコツ練習する姿を想像すると、ジャンルが違うとはいえ以前は似た努力をしていた俺としては、無下にすることもできなかった。
「わかった。いただくよ」
俺は、豊澤の弁当箱から玉子焼きをつまみ、口へ放り込んだ。
「…………」
「正直に言ってくれていいぞ?」
「なんか、味がない……」
決してメシマズではないのだが、味に何かが足りない気がして、物足りなさがあった。
俺は自炊をしないから、玉子焼きなんてただ焼くだけだろ、と考えてしまうのだが、それだけでは美味い料理として完成しないなにかがあるのだろう。
「えっ!? マジかよ。この前作った時は甘すぎたりしょっぱすぎたりしたから、今回はそうならないように調節したんだけど……」
「まあでも普通に食えるレベルだから」
「お前、食ったら新種の病気になりそうなダークマター的な代物をあたしがつくると思ってたのか?」
「そう睨むな」
「わかってるよ。マズいって言われなかっただけ希望が持てるってもんだ。なあ、他のも食ってみてくれよ」
「悪いが今日はパンだから、箸を持ってないんだ」
「じゃあこれ使え」
「……俺が使ったら、豊澤はどうやって食うんだ?」
「お前、間接キスなんか気にしてんのかよ、マジで、お前、ガキかよ、ガキじゃねえか、そんなの気にするなんてよ、はは」
真っ赤になって目が泳ぎ、落ち着きがなくなる豊澤は明らかに動揺していた。
「ま、まあ仕方ねえ。今日はガキのお前に免じて許してやるよ。箸がねえくらいで動揺しやがってさあ」
「助かるよ」
「……なあ、今度また作ってきたら、お前は試食してくれるか? ……いや、一人で頑張るより、誰か食べてくれる人がいた方がモチベが上がりそうで」
なるほど。料理にもスパーリングパートナーが必要らしい。
「……箸を用意してくれるならな」
「なんだよ、そんな簡単なことならお安い御用だよ。じゃあ決まりな。あたしでも、弁当つくるのに一つも二つも手間は変わらねえことはわかってるから、わざわざ用意してもらって申し訳ねえとか思う必要はないぞ」
そして豊澤は、上機嫌で弁当箱を掻っ込んだ。
そのせいで、途中で咽ることになり、わざわざ俺が背中を擦ることになった。
豊澤の料理修行に付き合うなんて、極力他人と関わらないように決め込んでいる俺の意志に反することになる。
決して、自分の態度を軟化させているわけじゃない。
それでも豊澤に付き合うことにしたのは、昼休みは屋上以外まともに落ち着いて食事ができる場所がない上に、ここで断っても何度も同じような誘いを受けそうだからだ。
他の選択肢の中で、一番マシそうなのを選んだだけのこと。
「塚本。あたしはちょっと見直したよ。お前、誰とも関わらねえとか言ってたくせに優しいところもあるじゃねえか」
「ここで断ったら、俺以外の人間が試食の実験台になって被害が甚大になるんじゃないかって心配だっただけだ」
「素直じゃねえなぁ」
裏表を感じさせない笑みを見せる豊澤。
「塚本、あたしは絶対腕前を上げてみせるからな。そして今度は、
「その時にはもう卒業してそうだな」
「そんな掛かんねえよ!? 来月には一流シェフになってやらぁ」
豊澤は天に誓うように、箸を頭上に掲げた。
ジャンルは違えど、目標を持って努力しようとしている人間を目にしたおかげで、不思議と気分が良くなってしまった。
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