第12話 大義のお誘い
出鼻をくじかれるかたちだったけれど、歓迎会自体は驚くほど和やかに進んだ。
食堂の大きなテーブルを囲み、お誕生日席に座らされた俺を歓待してくれる。
いかにもパーティ然とした華やかな場になることはなく、食堂内で賄ったのであろう素朴な手料理の数々を堪能することになった。
俺としては、こういう食べ慣れた食事の方がずっと馴染めるというもの。
「この食事は誰がつくってくれたんだ?」
「寮母の
「野々部か豊澤がつくったんじゃないのか」
「なんだぁ、あたしに料理しろっていうのか?」
食って掛かる豊澤。俺の隣席に配置されたこのヤンキーは、何かにつけて俺の所作を観察してくるので、食事しにくいったらない。
「このあたしが料理できるように見えるとは、とんだ節穴だな!」
「……胸張って言うことか?」
「彼女は何時如何なる場でも強気なのだよ。それが彼女の強みであり、弱みでもあるのだがな」
「そういうこと!」
別に褒められたわけでもないと思うのだが、
「そういえば、豊澤も俺が挨拶した時にはいなかったな。お前も用事があったのか?」
「違う。あたしはここの寮生じゃねーんだ。近くのアパートに住んでる」
「豊澤はな、オレたちの協力者なのだよ」
「協力者? 何の?」
そう訊ねた時、和やかに進んでくれていた歓迎会の場がピリつくのを感じた。
「そう。それが本題なのだ」
俺の向かいの位置……つまり俺から一番遠い位置に座っている野々部が、真剣な表情をして身を乗り出した。
「実はこの場は、君を新たな寮生として迎え入れる意図とは別に、もう一つの重要な目的を以て企画されたものなのだ。ぜひ、君にも力を貸してほしくてな」
「俺に?」
「ああ。君は転校生。つまり外部生だ」
「なあ塚本、うちのガッコで、外部生がどういう扱いを受けてるか、転校生のお前でもすぐわかっただろ?」
「……なるほどな。そういうことか」
外部生と内部生。
そして、野々部が今朝デモでアジっていた内容からして、何が言いたいのか理解できてしまった。
「お前らの意図はわかったよ。だが、俺は協力できない。するつもりもない」
「塚本! それでいいのかよ?」
「豊澤」
テーブルを殴りつけて立ち上がった豊澤を手で制する野々部。
「塚本君。君は荒事を好まぬようだ。だが、決して君が思うような暴力的な活動に協力を要請しているのではないことを理解してほしい」
「そうだぞ! おう、野々部! 言ってやれ!」
「オレは何も、内部生そのものを諸悪の根源と決めつけ、打倒しようというのではない。外部生の排斥を当然とする空気を打破したいのだ。我々が望んでいるのは平等と協調だ。外部生と内部生が同じ学園生として、平等な立場で学園生活を送ることを悲願としているゆえ。無益で暴力的な争いに招こうという意思はないことをわかってくれ」
「あんたの意図はわかったけど、そういうことじゃないんだよ」
椅子に深く腰掛けて、俺は言った。
「俺は、誰とも関わる気はないんだ。外部生だろうと内部生だろうと、俺には無関係。内部生の振る舞いには俺も辟易させられたけど、そもそも俺は自分を貴峰学園の生徒だとは思ってない。生徒の意識や在り方を変えてやる、なんて情熱を持てるほどの愛校心は、俺にはないんだよ」
「塚本ぉ、てめえ、ビビってんのか? それでもタマついてんのかよ?」
「豊澤、止せ。塚本君を煽るな」
「とにかく、俺はあんたらの味方になる気も、敵になる気もない。歓迎してもらって悪いが……俺は俺なりに問題を抱えていてね。他人の分まで抱え込む余裕はない」
俺は協力しない、とだけ言えばよかったはずなのに、どうして俺は悩みを抱えているようなことを今日会ったばかりの他人に話してしまったのだろう?
また余計なことを言ってしまったみたいだ。
さっさとこの場を後にした方が良いだろう。
「……用事はそれだけか? 俺は戻るぞ。歓迎会には感謝してる。じゃあな」
おそらく、この寮にいる面々はみんな野々部に同調しているのだろう。考えてみれば、このオンボロ寮にいるのは外部生ばかり。みんな内部生のやり方には不満を持っているはずだ。
席を立った俺に、野々部と豊澤以外の面々も不満の言葉を口にした。
悪しざまに悪く言うヤツはいなかったけれど、どうもみんな、単なる転校生でしかない俺の助力に期待していたようで、怒りというよりは落胆の声ばかりだった。
「塚本君。オレは極力、君の意思だって尊重したい」
そんな中、野々部が口を開く。
「だが、縁寮の寮生である以上、避けて通れない問題を君はすでに抱えているのだ」
「あたしらが黙ってたら、この縁寮は取り壊しになっちまうんだとよ」
「そうなのか?」
知らない話題だった。
入居の時も、そんなことを知らされていなかった。
「そーなんだよ。ほら、元々ここってオンボロだろ? 寮生は少ねえし、おまけにみんな外部生。発言権がねえのよ。やろうと思えば今すぐにでも潰せちまう」
取り壊しの理由に納得しているようなことを言う豊澤だが、瞳には強い怒りの炎が燃えている気がした。
「それも納得いかねえんだが、なによりムカつくのは、取り壊しを願ってる内部生連中から、『学園の恥晒しどもを学園の所有する土地に住ませたくない』って意思をガンガンに感じるからだよ。ふざけやがって」
「塚本君も知っていると思うが、内部生は選民意識が異様に高いのだ。資産家の子女を通わせるために設立された由緒正しき貴峰学園の伝統を、悪い意味で受け継ごうとする傲慢なお貴族様だよ。現にオレは、面と向かって言われてしまったからな。未熟な彼らは、ノブレス・オブリージュの精神を学習しなかったらしい」
ずっと冷静だった野々部が語気を強める。
二人とも、俺と同級生ではあるのだが、学園に在籍している年数は一年分長い。
その間に、耐えられない出来事に何度も遭遇したのだろう。
「オレが入寮して精々一年半。たった一年半だ。だが、オレが体感した年月こそたったそれだけでも、この寮には先達の想いが詰まっている。今も昔も外部生は貴峰学園の鼻つまみ者だが、広く門戸を開放した今と違って、先達はオレたち以上に肩身が狭い環境を耐え忍んできたことだろう。それでも、ここで生活し、学び、寮を守り抜いたのだ。オレも敬愛する先達に倣って、この寮を現存させたまま後輩に引き継いでやりたい」
野々部の気持ちも、わからないではなかった。
俺の部屋には、過去に住んだ先輩の私物がたくさん遺されていた。
この寮は、70年以上に渡る想いで熟成されているのだ。
そこに特別な郷愁を抱く気持ちに、共感できる部分はある。
「あたしはここに住んじゃいねーけどさ、パイセンが築いた大事なモンをむざむざ潰されるのは気分が悪いっつうか。だから協力してんだよ。同じ外部生の仲間でもあるしな。内部生の連中に、これ以上好き勝手させてたまるかよ」
豊澤は、自分の手のひらに何度も拳を打ち付けて、好戦的な姿勢を崩そうとしない。
「そうか、わかった」
俺がそう言った瞬間、場が色めき立ったのがわかった。
協力するために翻意したと考えたのかもしれない。
「でもな、俺はこの寮に来てまだ一週間も経ってないんだ。縁寮への熱い思い出を語られたところで、お前らほど強く感情移入はできないんだよ」
「塚本ぉ! そんな言い方はねえだろ!」
「俺からすれば、ぽっと出の転校生に何を期待してるんだよって思うけどな。そもそも、縁寮を守るなら、取り壊し反対派を集めて数で証明した方がいいだろ? 聞き分けのないヤツを一人説得したところで、状況が良くなるとは思えない」
「……成る程。それも尤もだ」
「野々部! バカ! 頷いてんじゃねえよ。いいのかよ、言わせたい放題でよ!」
「豊澤。この場で強引に問いて伏せようとしても逆効果だ。オレたちにさほど猶予はないが、この一時だけで勝負が決するわけでもない」
野々部も立ち上がり、俺に向かって軽く頭を下げてくる。
「オレも冷静さを欠いていたのかもしれない。塚本君は転校生で、登校初日を終えたばかり。他人にかまける余裕はないだろう。この学園には性根が腐ったお貴族気取りも多いが、優秀な教師と優れたカリキュラムを有する進学校には違いない。君を落第させてまで、オレたちの大願に誘う気はないさ」
「わかってくれたなら、俺は部屋に戻るからな」
「ああ。安心してくれ。オレたちの意志に与しないとしても、君は同じ寮の仲間だ。意思を違えたとはいえ、それが理由で排斥することはない。そんなことをすれば、悪しき内部生と同じ穴のムジナになってしまうゆえ」
「……塚本。考えが変わったら、いつでも言ってくれよな」
それまでずっとテンションが高かった豊澤なだけに、しゅんとされてしまうと、罪悪感が湧く。
「塚本君。困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。まだ学園には不慣れだろうから、オレで力になれることがあれば協力しよう。一人暮らしは気楽に思えて存外ままならぬことが多いものだからな」
俺は、寮のみんなに背を向けて食堂を出る。
交渉は決裂した。
正直、俺としては野々部を全否定するほど強い拒否の気持ちはない。
理想に燃える野々部の気持ちも、まあわかる。
ちょっと変わっていて、普段の口ぶりも態度も落ちつているくせに、あんな熱いやつだったとは想像もできなかったから、見る目は確かに変わりはした。
野々部にしろ、豊澤にしろ、善人の部類ではあるのだろう。
けれど。
とにかく今の俺は、誰とも関わりたくないのだ。
野々部や豊澤だけじゃない。
友達になろうと誘ってくる
ほんの一瞬の気まぐれみたいな思い出を大事にしていて、俺を運命の人だなんて言ってくる
深く関わり合いになることを避けようとしてしまう。
そんな逃げてるだけの俺からすれば。
会ったことのない先輩の分まで背負って戦おうとする野々部みたいなヤツは、眩しく見えてしょうがないんだよな。
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