第6話 お人好し

 休み時間を教室で過ごそうとすると、和泉が盛んに仲間に引き入れようとしてきて落ち着かないので、廊下で時間を潰すことにした。

 和泉としては厚意でやっていることで、それを蔑ろにすることに躊躇いはあるのだが、それでも俺は誰ともつるむ気がないのだ。

 この調子だと、落ち着いて過ごせる場所が校内のどこにもなくなったりしてな。

 ふと、学食で出会ったお嬢様のことを思い出してしまう。

 というのも、廊下を歩いていれば、誰かしら安次嶺について話しているからだ。

 その別格の存在感が話題になっていて、貴峰学園でも高嶺の花なのだと知ることができる。


 階段に差し掛かった時だ。

 教室に戻るにはそこを通る必要があるのだが、目の前をふらふら歩いている女子がいた。

 ふらついているのは、体調不良のせいではなく、なにやら重そうな荷物を抱えているからだ。

 いったい何が入っているのか知らないが、一抱えのダンボールを持っている。

 長い黒髪の後姿を持つその女子は、肩幅から考えて力持ちには見えず、どうして彼女がそんな荷物運びをしているのか不思議に思ってしまう。

 誰かに無理に頼まれたか、押し付けられたのかも。

 あの調子で階段を登ろうとすれば、最悪の場合バランスを崩して大惨事になりかねない。

 ……いくら無干渉でいたい俺でも、大怪我しそうな女子を無視するのは流石にな。


「手伝うよ」


 俺は、女子が抱えているダンボールを引き取った。

 やっぱり、結構重いな。

 鍛えている俺でもちょっと難儀する重さだぞ。


「どこまで運べばいいんだ?」

「さ、3階の資料室まで……!」


 女子生徒の声が震えているのは、知らない男子から突然声を掛けられて驚いているというよりは、感動している雰囲気すらあった。

 感動? おかしいな。俺相手にどうして?


「また会っちゃったね!」

「…………」


 照れくさそうな女子を前に、言葉を失ってしまう。

 だってそいつは、ついさっきまで散々噂で耳にした安次嶺だったのだから。

 手伝わなけりゃよかった、と後悔しても後の祭り。

 今更荷物を押し返すわけにもいかない。

 抱えている荷物が刑罰の重りみたいに思えてきた。

 もう早いところ、終わらせてしまうしかない。


「……資料室ってどこ?」

「ふふふ、こっち!」


 案内してくれるらしい安次嶺は実ににこやかだ。

 告白されまくりなのも頷けるのだが、今は厄介なだけである。


「君、優しいんだね」

「……怪我しそうで見てられなかったんだよ。誰だって手伝うだろ」

「手伝ってくれたのは君だけだよ? うーん、私ってあんまり大事にされてないのかも」

「そんなことないだろ」

「なんで?」


 俺の返答にやたらと期待しているようで、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。


「お前はなんか、人気あるみたいだし」

「お手紙はいっぱいもらうけど」

「ラブレターみたいなの?」

「うん。でも、顔も知らない人からだから。それだけじゃ愛されてる気はしないよね」

「そういうものか」

「君は、私のこと好き?」

「なんだよ、急に」

「好き?」

「……今日会ったばっかなんだから、どうこう思う以前の問題だろ」

「じゃあ、明日も会おうね」

「これっきりだ。今日はたまたま手伝っただけ。クラスも違うし、生徒会で忙しい身だろ」

「生徒会も一日中ずーっと仕事してるわけじゃないから、時間つくれば会えちゃうよ?」


 ニコニコする顔を崩さない安次嶺。

 どうも苦手だ。

 トリッキーな動きで自分のペースに引き込もうとするタイプは、俺が大の苦手とするところ。俺は自分と同じく真っ向勝負するファイターが好きなんだよ。

 何故か知らないが、安次嶺からやたらと興味を持たれているようだ。

 以前どこかで会っているらしいことを口にするのだが、俺は覚えていない。


「俺は、わざわざ生徒会長様とお話したいほどモノ好きじゃないから」

「つれないなぁ」


 困ったような顔をする安次嶺だが、それでめげることはなかった。

 荷物を運んでいる間も、安次嶺は俺の顔をじっと見たり、腕に触ってきたり、なぜか肩を揉んできたりして落ち着くヒマがなかった。


「ありがとう。本当に助かっちゃった。一人で運ばないといけなくなって、実は困ってたの」


 物置のような資料室にたどり着いて、ダンボールをデスクの上に置いた時、安次嶺が微笑む。


「ゆーくんが忙しそうだから、代わりに私がやらなきゃって思って運んだんだけど、思ったより重かったんだよね」

「ゆーくん?」

「副会長。武市の裕一郎でゆーくん」

「愛称で呼ぶなんて、カレシかなんか? じゃあそっちを大事にしてやれよ」


 武市の方も安次嶺のことを名前で呼んでたしな。親しい関係なのは間違いない。


「えー、ふふっ、カレシって」


 腹を抱えて笑い出す安次嶺。

 お嬢様っぽい見た目のわりには、笑い方はなかなか豪快だった。


「ゆーくんは昔から一緒にいるんだけど、幼馴染の友達だよ。カレシからは遠い存在かな」


 これで武市が安次嶺のことを好きなら哀れだが、まあ俺には関係のないことだ。


「まあ、助けてくれることが多いから、頼りにしてるんだけどね」

「そうか。じゃあ次は無理しないで副会長を頼るといい。きっと喜ぶ」

「君の方が頼もしそうだけど」

「ゆーくんが泣くぞ?」

「大丈夫! ゆーくんは泣き止むの早いから!」

「泣かせること前提なのか……」


 どうもこの生徒会長は、おっとりお嬢様な見た目とは違っていい性格をしているらしい。


「それじゃ、俺はもう行くから」


 気づけば、休み時間ももうすぐ終わりだ。

 今から戻れば、和泉のお友達勧誘に遭わずに済むだろう。


「うん。ありがと。あっ、そうだ」

「今度はなんだ?」

「名前教えて」


 なんとなく、教えたくなかった。

 ここで名前を教えれば、繋がりが濃くなってしまう気がしたから。


「親切にしてくれた人の名前も知らないなんて、嫌だよ」

「……塚本」


 寂しそうな安次嶺に負けて、つい名乗ってしまう。俺も大甘だ。


「塚本? 塚本ツカモト?」

「なんで名字と名前が一緒なんだよ」

「下の名前は? ねえ、名前は?」

「やめろ、近づくな。なんか鼻息荒いし……」

「教えて~」


 俺の腕に抱きつきながら、俺の体をゆらゆら揺らす。

 初対面なのにこの距離感……お嬢様のくせになんかバグっているとしか言いようがない。

 おまけに豊かに育ってしまったらしい胸がやたらと当たるし……。


「真斗だよ、マサト!」

「真斗! 塚本真斗?」

「そうだよ」

「うーん、そっか……塚本で、真斗……まさと……まー」


 安次嶺は俺から離れると、ぶつぶつつぶやきながら一人で考え込むモードに入る。

 何を言っても声が届きそうにないくらい集中しているように見える。

 これ以上お嬢様に振り回されないように、さっさと資料室をあとにした。


「……もしかして、和泉に誘われていた方がマシだったか?」


 和泉よりずっと話が通じなさそうな安次嶺に、軽く戦慄してしまうのだった。

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