第5話 誰からも好かれる陽キャの和泉さん
昼休み中は、学園の思わぬ闇に触れてしまったため、まったく息抜きできずに終わってしまった。
相変わらず教室では、外部生にして転校生の俺に近づいてくるヤツはいない。
事前に大里先生から聞いた話では、内部生と外部生の割合はだいたい7対3程度らしい。
つまり、この教室の中にも何人かは外部生がいるわけだ。
朝から見たところ、俺のようにぼっちでいるクラスメイトはいない。
休み時間中は、みんな誰かしらとグループになって過ごしている。
仮に、この教室でも露骨な外部生差別があって仲間はずれにされているのなら、ぼっちか少人数のグループが外部生組ということになるのだろう。
とはいえ、わざわざ「君たち外部生のグループ?」だなんて聞いて回るほど、俺はクラスメイトに興味なんて持っていない。
俺が転校してきたのは、友達作りのためではないのだから。
次の授業まであと少し。
どうせ俺に話しかけるようなもの好きはいない。
それまで寝て過ごすかな、と、机に突っ伏す姿勢になろうとした時だ。
「――あの、塚本くん、ちょっといいかな?」
俺を呼ぶ声がした。
聞き心地がいい明るい声だ。
それにつられて、つい視線を向けてしまったので、今更寝たフリをして無視することはできない。
「ああ、別にいいけど。ええと、和泉だっけ?」
「そうそう!
パッと華やぐような笑みを浮かべる和泉。
「わたしの名前、覚えてくれてたんだね!」
「まあ……和泉は目立つから」
「そ、そうかな、目立つかな~」
妙に謙遜する和泉。
実際、和泉朋海という女子はクラスの中でもよく目立った。
クラスの陽キャグループにいて、教室では何かとキラキラとした輝きを放っていたから、すぐに顔と名前が一致した。
明るい性格もそうだが、そもそも容姿が目立つ。
肩口まで伸びた髪の色は明るい茶色だが、地毛なのか違和感なく似合っている。
整ってはいるものの、高2にしては少々幼く見える顔つきは、人懐っこそうな印象を抱かせ、親しみやすさを感じさせた。
背は小柄ながら、常に跳ねて歩いていそうな感じがするくらい活動的で、だからこそ明るく元気な印象が目立つのかもしれない。
あのやたらと崇拝されていた生徒会長の横に並べたとしても、全然見劣りしないと思う。
……まあ、安次嶺さんより上回っているところを探すとすれば、その胸か。
小柄な割に大きいときている。
ブレザーを着ていようともその大きさを強調してくるのだから、まさに脅威。
じろじろ見るのも失礼だから……できるだけ見ないようにしよう。
「ところでね!」
和泉は俺の前に回り込んで、机に両手をつける。
なぜ、大きな胸元を寄せて強調するようなポーズを? いや、偶然なんだろうけどさ。和泉は明るいキャラクターで、美少女ながら妖艶とは程遠い位置にいた。
「塚本くんは、そのさ」
「なんだ?」
和泉がちょちょいと手のひらを動かしてくるので、俺は素直に従って耳を寄せる。
「塚本くんも、外部生なんだよね?」
「も?」
ということは、つまり。
「実は、わたしも高校からの中途入学組なの」
耳元がこそばゆい。
甘い吐息が耳穴に入り込んでくる。
そのせいで、衝撃的な事実を受け止めるまでに若干のタイムラグがあった。
「えっ? 和泉が?」
「そんな意外かな?」
「いや、だって……仲良くしてるグループのヤツって、みんな内部生じゃなかった?」
外部生に対する内部生の扱いは、昼休み中にご覧になった通り。
学園内でそんな扱いをされているのだ。楽しく過ごせるのは、たいていが内部生。そうなれば、うちのクラスで陽キャとして扱われているのは間違いなく内部生だ。
それにも関わらず、内部生の中に飛び込んで仲良くできる外部生なんてものがいるのだとしたら、それはもう奇跡では?
「そうなんだけど、なんかスルスルっと仲良くできちゃったんだよね」
どうやら和泉も、内部生と外部生の対立は知っているらしい。
「わたしって元気なだけが取り柄だから。明るくしてたらわたしが外部生ってことも忘れてくれたのかも」
「なんだそりゃ……」
「外部生の子と内部生の子の間で溝があるのはわたしも知ってる。だからわたしは、同じ外部生の子がいたら仲良くしたいんだよね」
「なるほど。それでぼっちの俺を見るに見かねて声を掛けてきたのか?」
「そういうわけじゃないけどー」
皮肉っぽく言ったせいか、困ったように和泉が言う。
「……気持ちはありがたいんだが、俺はこの学校で、誰かと関わる気はないんだ」
「えっ?」
「それに、せっかく面倒な目に遭わずに済むところにいるんだし、わざわざ巻き込まれることないだろ。俺のことは、放っておいてくれ」
「そんな……」
和泉には悪いが、俺は、学校生活を楽しむ気はないし、楽しむために努力する気もない。
そういう意味では、同じ学園の生徒同士なのにやたらと溝があるこの学校に来たのは正解だったのかもな。
「塚本くんは、それでいいの?」
「ああ。悪いな」
「そっか」
しゅんとする姿に、流石の俺も罪悪感が湧いてくるのだが。
自他ともに認めるこの元気な美少女は、いきなり俺の両手をしっかりと握ってきた。
「い、和泉……?」
俺のゴツゴツした手とは明らかに違う、柔らかくて暖かい両手に包まれて、恥ずかしいことに動揺してしまった。
思えば、ずっとボクシング一辺倒だった俺には、女子と過ごす青春の日々なんてものは存在しなかったのだ。
硬派と言ってしまえば格好はつくかもしれないが、女子への免疫なんてなかった。
「わたし、塚本くんを絶対お友達に引き入れるから!」
まっすぐな視線が俺を捉え、周囲にいる人のことなんて気にしないくらい元気なデカい声で宣言してみせる和泉。
案の定、クラスメイトの注目を浴びてしまっている。
特に男子からの視線が痛い。
和泉は社交的な美少女なだけあって、仲良くなりたがっている男子は多い。
なんであの外部生の転校生が……! という敵意を感じてしまう。
「お、おう……」
和泉の迫力に気圧された俺は、情けなく返事をすることしかできない。
「じゃあそういうことだから! 一緒に学校生活を楽しもうね!」
明るく微笑んで、和泉は普段から仲良くしている仲間のもとへと戻っていった。
安次嶺の時も思ったけれど……この学園で俺に関わってくる女子は、強引なヤツしかいないのか?
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