第四話 ダンジョン生成からは逃げられない

「クッコロお姉様。まずはアタクシの手を握ってくださいまし」


 アンティゴネーが伸ばした白くて小さな右手を、ボクも右手でそっと握り返すと。握り合う手から温度が、熱量が伝わってきた。

 熱い。

 身体が火照る!

 鼓動が高鳴る!


 これがきっと、姫騎士ファーストジョブがボクに宿った時の身体反応に違いないね。能力値アビリティが強化された手応を確かに感じる。


「では、から魔力を頂戴いたしますわ」


 ぞっとするような冷たい声で、アンティゴネーがボクの耳元に顔を寄せて囁く。

 今度は、ボクの心臓から何かが彼女へと逆流していく。

 気色悪くて鳥肌が立つ。全身から力が抜けていく。ひどい風邪を引いてしまった時のような虚脱感。


「これで約定やくじょうしました。ウォーチューバーとしてのステータスはご覧になりまして?」


 ボクから大量の魔力を奪取して、朗らかに微笑んで見せるアンティゴネー。

 お肌のツヤとハリが見違えるように良くなっている。

 ちょっとサービスしすぎたかな?


「ステータスは見ないよ。ボクの強みが半減するからね。姫騎士の詳しい説明もいらない」


 お互いに手を離して、座り直して向き合う。

 控えていたメイド服の従者が、新しいお茶をティーカップに注いでくれる。


「早速だけど、今後のダンジョン運営について話し合いたいわけだけど。ダンジョンマスターとしてのボクの初仕事。具体的には何をしたら良いのかな?」


「こちらを御覧ください」


 アンティゴネーがさっと右手を目の前で振ってみせると。

 目の前に銀色に輝く小さなコインの山が築かれる。


「ダンジョンコインだね。ダンジョン内に設置されたダンジョンショップで通貨として使える。この認識で間違いないかな?」


 肝心のダンジョンショップが珍しくて、日本国内には数えられる程度の数しか存在しない。しかも人間の足元を見て強気の値付け。

 ダンジョンで得たお宝をダンジョン省認可の買取所かオークションで売却した時に、人間の通貨かダンジョンコインのどちらかと引き換えるか選べるのだけれど。使い道と使える場所が少ないので、ダンジョンコインは人気がない。

 ダンジョンコインと人間の通貨の両替ができないのも痛いんだよね。法律で禁止されているだけでなく、もしも法の網をくぐって両替できたとしても、肝心のダンジョンコインをダンジョン内に持ち込むと何故か泡のように消えてしまう。

 無理にダンジョンコインと交換するメリットが、本当になにもないんだよね。


「あら、クッコロお姉様の苦虫を噛み潰したようなお顔も新鮮ですわね。ダンジョンコインは人間の皆様にはあまり使い道がありませんものね」


 そっとコインの1枚を手にとってみる。見ただけでは気が付かなかったけれど、これはもしかして。


「このコインからほんのりと漂う魔力。ボクの魔力とよく似ているね」


 我が意を得たりと、アンティゴネーは大きく頷いて見せる。


「お気づきになられましたか。このダンジョンコインは、クッコロお姉様の魔力から鋳造させていただきました。ダンジョンのアップデートには、を代価として使用いたしますの」


「話が見えてきたよ。コイン1枚から感じる魔力がだと、このコインの山は全部で2000枚であってるかな?」


「さすがのご慧眼ですわ。続いて、こちらのリストを御覧くださいまし」


 アンティゴネーがもう一度手を振ってみせると、眼前に空中投影ディスプレイが起動する。ダンジョンってハイテクなんだね。

 そのディスプレイには、次のようなリストが並んで表示されていた。


【環境変化に必要なコスト】


 ・洞窟:0コイン――召喚可能モンスター(ゴブリン、ホブゴブリン等)


 ・荒野:100コイン――召喚可能モンスター(コヨーテ、スコーピオン等)


 ・鉱山:300コイン――召喚可能モンスター(コボルド、ドワーフ等)


 ・竹林:500コイン――召喚可能モンスター(パンダ、バンブーエルフ等)


 ・草原:700コイン――召喚可能モンスター(大うさぎ、グラスエルフ等)


 ・森林:1000コイン――召喚可能モンスター(ピクシー、ウッドエルフ等)


 ・湖畔:1200コイン――召喚可能モンスター(グライグ・アンヌーン、リャナンシー等)


 ・エルダーエルフ向けお得パック:2000コイン――召喚可能モンスター(ご購入後のお・た・の・し・み)


「……色々と突っ込みどころが多いラインナップだね。特に、このお得パックとか。全額これに投資させたいのかな?」


 ボクがじっとりとした視線を向けても、アンティゴネーはニコニコと邪気が無さそうな笑顔を浮かべている。


 同胞エルフを召喚可能になるのは、竹林からかあ。

 竹林はその繁殖力から森林を侵食するんだよね。

 日本でも、管理されてない竹林による侵食が社会問題になってるんだよ。

 そうした経緯から、バンブーエルフとウッドエルフは犬猿の仲ではあるのだけれども。エルダーエルフのボクから見たら、どちらも可愛い愛子いとしご同様の種族なんだよね。


「環境変化を組み合わせることもできるのかな? 例えば、竹林と草原をセットで購入するとか」


 グラスエルフは、バンブーエルフとウッドエルフとの仲介に長けていた。少なくとも、異世界ハイペロンにおいてのお話ではあるけれども。


「もちろん可能でございます。ダンジョンコインが貯まってから追加で拡張することもできますのよ。でも最初は環境変化に使用するコインは、1000コインまでに節約することをオススメいたしますわ。次のリストもご覧ください」



【現在召喚可能なモンスター】


 ・ケイブバット:――1コイン

 ・ケイブラット:――1コイン


 ・ゴブリン:――3コイン

 ・ゴブリンファイター:――5コイン

 ・ゴブリンソードマン:――7コイン

 ・ゴブリンアーチャー:――10コイン

 ・ゴブリンシャーマン:――20コイン

 ・ゴブリンチャンピオン:――30コイン


 ・ホブゴブリン:――50コイン

 ・ホブゴブリンチーフ:――100コイン

 ・ホブゴブリンチャンピオン:――200コイン

 ・ホブゴブリンロード:――400コイン


 ・スライム:――100コイン

 ・ポイズンスライム:――200コイン

 ・アシッドスライム:――300コイン


 ※ネームドモンスターの召喚コストはリストの5倍から応相談

 ※モンスターのネームド化は召喚後も可能。必要コストは応相談


「ボクがゴブリンを召喚するのはありえないけれど。ダンジョンの環境タイプによって召喚可能なリストやコストも変わるのかな?」


 わざわざダンジョンコインを支払って召喚しても、呼んだ順番に撲殺してしまう未来しか見えないからね。

 やれやれと肩をすくめながら、アンティゴネーに流し目を送ると微苦笑で返される。


「ご賢察のとおりです。更に宝箱や罠、ダンジョンショップの配置、採取者向けエリアの生成等にもダンジョンコインが必要です」


 参考までに、全てのリストを見せてもらったら、目ん玉が飛び出るようなボッタクリ価格で参ったよ。どれほど高くついても、

 ボクの宿願のためには、入場者の安全を確保できる採取者向けエリアの生成は絶対に譲れない。


「ダンジョンコインはどうしたら増やせるのかな? いくらあっても足りそうにないのだけれども」


「来場者が増えるたびにアタクシが鋳造いたしますわ。新生したダンジョンが知名度が上がるほど鋳造も効率化されます。さらに!」


 アンティゴネーは得意げに人差し指を立ててから。


「新規来場者100人到達時にボーナスダンジョンコインを! 200人到達時にはレアアイテムを進呈いたしますわ! それ以降も様々な報奨をご用意いたします!」


 自分の顎に手を当てながら、ボクも考えてみる。

 メリットしか無い。


「ウォーチューバーとしてのボクの知名度が上がれば、一緒に伝説の森ダンジョンの知名度が上がるから一石二鳥かな。なるほど、ボクの配信がバズればアンティゴネーにも利益があると」


 改めて、今度はボクの方からアンティゴネーに右手を差し出して再度ガッチリと握手する。


「じゃあ、まずは環境変化からお願いするよ。ボクの選択は……」

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