第4話「空くんの本当の気持ち」

 ナナちゃんと連れ立って歩くこと10分ほど。道すがら、ナナちゃんは、ミケランとの思い出話に花を咲かせているようだったけれど、ナナちゃんが何を考えているのかまったくわからないミケランの頭の中はハテナマークでいっぱいで、適当に相槌を打つことしかできなかった。


「ついたわ! このお家よ!」


 ナナちゃんが立ち止まったお家は、立派なお家だった。庭は広々とし、よく手入れがされている木々が家を包み込むように立ち並び、あちらこちらで、色とりどりの花が咲き誇っていた。そして、よくよく目を凝らしてみると、木々の合間や、石灯篭の上にはたくさんのネコたちがいて、伸び伸びと猫生を満喫していた。


「空くんには、先に行って待っててっ! て言ってあるから」


 そう言いながら、お屋敷の玄関まで辿り着いたナナちゃんは、チャイムを押した。家の中から「はあーい」という高い声と、ぱたぱたという忙しそうな足音が聴こえてきた。間もなく玄関の引き戸が開き、中から優しそうな顔をした小柄のおばあちゃんが出て来て、


「まあ、いらっしゃい! ナナちゃんと……お友達かしら?」

 と尋ねた。


「はい。最近、私たちのクラスに転校してきた、ランちゃんです」


「は……はじめまして」

 

 ナナちゃんの後ろに隠れるようにしながら、おばあちゃんのお顔を覗き見ているミケランを見て、おばあちゃんは、慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。


「さあ、ナナちゃんもランちゃんも、どうぞ、上がってちょうだい」

 

 おばあちゃんが案内してくれた部屋に入ると、空くんがいて、まだ生まれて間もないちっちゃなちっちゃな子猫を愛おしそうにみつめていた。


「ね、私が言ったとおり、とっても可愛い女の子でしょう?」

 

 ナナちゃんが空くんに言った。振り返った空くんは、ミケランがいることに驚いた様子だった。


***

「あれ? 三毛石さん、どうしたの?」

 ミケランが返事に困っていると、ナナちゃんが、


「私が、連れて来たのよ」

 と言った。


「このお家はね、捨てられたネコちゃんたちを保護して、里親さん探しをしているお家なの。この子はこのお家の敷地内に捨てられていたの。他に兄弟が2匹いたんだけれど、その子たちは、私の家の新しい家族として迎え入れたわ。うちには先住ネコちゃんもいるから、2匹が限界なの。それで、この三毛猫の女の子を空くんのお家の家族として迎え入れたらどうかって、私、口説いていたのよ」


(にゃるほど。そういうことだったのか)


「ナナ、俺だってこの子を家族に迎え入れたい気持ちはあるよ。でも……俺、まだ……“ミケラン”のことが忘れられないんだ! 12年間も一緒に暮らした俺の大切な、大切な家族なんだよ! ミケランが虹の橋を渡ってまだ一か月も経っていないのに、新しい子を迎え入れるなんて、天国にいるミケランにも、ミケランの代わりみたいにして迎え入れられるこの子にも申し訳なくって……俺、ミケランのこと大好きだった……ミケランが虹の橋を渡った日、俺、ミケランの異変にまったく気付かなかった! 最期にお別れを言うことができなかった! 『ありがとう、愛してるよ……』って言ってあげられなかった……」


 空くんの瞳から、雨粒みたいに、ぽろぽろと涙が零れた。とても美しい涙だとミケランは思った。


***

「空くん……あたち、空くんのその言葉をきくことができただけで、これ以上ないくらいに幸せです。あたちの代わりとしてではなく、その子を新しい家族としてあたたかく迎え入れてあげてください。そのちっちゃな子の猫生が、あたちみたいにきらきらと輝くことを、あたちは願います……そして……たまには、あたちのことも思い出してくださいね」


 空くんは、ミケランのグリーンアイを見て、目をまんまるにしていた。


「君……もしかして……ミケランなのかい?」


「はい! あたち、ミケランです! ネコ神様にお願いして、空くんに最期に伝えられなかった言葉を伝えるために、少しの間だけ、人間の姿にしてもらいました……でも、願いが叶ったら、あたちはネコの姿に戻って“猫天原”に戻らなければにゃりません」


「“猫天原”って?」


「虹の橋を渡ったネコたちが暮らす天国みたいなところです。とっても良いところですよ。だから、心配はいりません。あたちは、泣き顔の空くんより、笑顔の空くんが大好きです! ありがとう! あたち、とっても幸せだった。世界中のどのネコちゃんよりも幸せだった! 我が猫生に悔いにゃし!」


 心のこりだった思いを空くんに伝えたことで、ミケランの姿はあっという間に元の姿に戻った。空くんは、ミケランを抱きしめて何度も何度も大きくてあたたかい手で、愛おしそうにミケランを撫でていた。

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