第2話「三毛石 ラン」

「へえ。ここが、空くんが通っている“学校”ってところかあ」

 

 ミケランはあたりを見渡した。登校時間の構内は多くの人間たちでごった返していた。そこかしこで、朝のあいさつの声が響き渡り、いわし雲がぷかぷかと浮かぶ澄み渡る青空へと吸い込まれていった。


 校舎に辿り着いたミケランは、昇降口のガラス扉に映る自分の姿を、ネコ神さまの言葉を思い出しながらチェックしていた。


―― ミケランよ。人間の姿を借りるからには、それっぽく見えるよう注意せねばならぬぞよ。まずは、姿勢じゃ。言わずもがにゃ、人間は二足歩行の生き物じゃ。背筋をピンと伸ばして顔をまっすぐ上げにゃさい。まあ、人間の中にも“猫背”なんて言われる者たちもたくさんおるが、それは、姿勢が悪い者を揶揄する言葉じゃからの。それと、人間たちと接している間は、決して気を抜くでないぞ! ちょっと気を抜けば、頭には猫耳、顔には髭、尻にはしっぽがピョンっと飛び出るからにょ。ゆめゆめ忘れるでにゃいぞ!


 肩のあたりでくるりと内巻きになった栗色のボブヘア。紺のブレザーにグレーをベースにしたタータンチェックのプリーツスカートの制服もきちんと着こなしている。姿勢もばっちりだ。どこからどう見ても、今時の女子高生だ。


(もうすぐ、空くんに会える!)


 ミケランの心に、わくわくとドキドキが交互に訪れ、緊張のあまり、思わず右耳がピョンっと飛び出した。


***


「えー、静かにしろー! 皆に転校生を紹介するー!」


 空くんがいる2年3組の担任の先生は、背が高くて少し猫背だ。先生が教壇に立つと、がやがやと騒がしかった教室がしん、と静まり返った。教室内にいる皆の目がミケランに集中した。こんなに多くの人間の視線を浴びたことがないミケランは、怖くてぶるぶると震えた。


(どうしよう……ちゃんと、ごあいさつしにゃきゃ)


 黒板に“三毛石みけいしラン”という、ミケランの人間の姿のときの名前を書き終えた猫背先生は、「簡単な挨拶だけでいいから」と、ミケランに小声で言って、ポンと肩を叩き緊張を和らげようとしてくれたが、ミケランの震えは止まらなかった。中々自己紹介を始めようとしないミケランを見て、何人かの生徒は心配そうな表情をしていた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよっ! このクラスのヤツらはみんな、いいやつだからっ!」


 教室の窓際、いちばん後ろの席から聴こえてきた声をミケランは忘れるはずがなかった。


(空くん……)


 空くんの優しい声に後押しされたミケランに、もう、怖いものはなかった。猫背になりかけていた背筋をピンと伸ばして、ミケランは、


「父の仕事の関係で、イギリスから引っ越してきた“三毛石ラン”です。わからないことだらけですが、よろしくお願いします」

 と、ネコ神さまから言われたとおりの挨拶をし、にっこり微笑んだ。そこかしこから「よろしくね!」という、あたたかい声が飛び交った。


「じゃあ、三毛石の席は、“猫目石ねこめいし”のとなりな! 猫目石、手を挙げて!」


 空くんが、にこにこしながら手を挙げた。ミケランは、嬉しさのあまりしっぽが出ていないか、ちらりと確認した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る