【無能】
「オレの名は、カノンだ」
「ワタシは、ワスレ、さっきは助けてくれてありがとう」
意外にもちょっとかわいい名前だったカノンさんは、意気揚々と自らが殴り飛ばしたオークの身体にどかっと腰掛ける。
ワタシは、オークが放つ何年もお風呂に入っていないような凄まじい悪臭に距離を取って、その辺の木の傍に腰を下ろすことにした。
「それにしてもさっきのはすごかったです。武器も持ってないみたいですし、一体どんなスキルを使ったんですか?」
「いや、オレはスキルを使ってないぞ?」
「いやいや、そんなまたまた~、もしかして謙遜してるんですか? それとも、教えちゃうとマズいようなスキルなんですか~?」
「そんなんじゃねえよ。オレのスキルは戦闘向けじゃないんだ」
「そういえば、【役立たず】のワタシが近くにいたのにカノンさんはちゃんと戦えてましたね」
「ま、オレのスキルはあんたとは相性がいいのかもな」
「【役立たず】と相性がいいなんて、そんな」
「あのな、この世界の神によって授けられるはずのスキルにハズレはない。どんなスキルだって活かすことができるはずだ」
「けど、それだって程度によるでしょ? 【役立たず】なんて明らかにネガティブなスキルじゃない」
活かすも何も、そもそもが【役立たず】だからこそワタシは追放されたんだ。そんなのワタシが一番良く知っている。
「ところで、カノンさんのスキルは何なんです?」
「んぁ? オレか? ふふっひ、オレのスキルはなぁ……」
カノンさんはやたらともったいぶってにやりと笑うと、腰掛けていたオークからひらりと立ち上がる。
「オレのスキルは【無能】、どんな能力もオレを活かせない、つースキルだ」
「さっきと言ってること矛盾してないですか!?」
活かすことのできないスキル。
カノンさんもハズレスキル持ちだった。
いや、だけど、あの異常なまで強さは何だったのかしら?
スキルも武器もなしであれだけの数のオークに勝つなんて普通じゃない。
そして、カノンさんはワタシの困惑を察してか、ふらりと話し出す。
「だから、オレはこの能力を活かすために【無能】なまま身体を鍛えた。スキルも魔法も魔法薬も武器もアイテムも、そして、仲間すらも必要としないほどにな」
「な、なんて力業なのかしら……」
「そのおかげで、オレは拳一つでドラゴンさえも倒せるようになった。これもスキル【無能】のおかげさ」
「スキルの活かし方、ってそういうこと?」
「応ッ、オレはこのスキル、【無能】だからこそこうして身体を極限まで鍛えることができた」
「は、ははは、ワタシにはその方法はムリよ。ワタシはただの役立たずな女の子だもの」
「む、筋肉は全てを解決すると思っていたのだが」
「なにそれ」
あんまりにもあんまりな解決方法。
相談する人を完全に間違えた。
だけど、ワタシが【役立たず】な件は全く解決しそうにはなかったけど、なんだかちょっとだけ元気は出たような気がしないでもないような気分にはなった。
そうよ、この人は完全に脳筋で能天気だけど、それでも、自身の拳一つで絶望的なハズレスキル【無能】から道を切り拓いてきているじゃない。
もしかしたら、【役立たず】なワタシだって。
そう思わせてくれるような強烈な熱量が、カノンさんには確かにある。
「追放された仲間への復讐なんざ今どき流行らねえ、実は仲間にとって必要でしたざまあなんざ胸糞悪いだけだ」
まるで遠い過去を見つめるような彼には一体どんな物語があって、【無能】だとわかって一体どれだけの苦悩を生きてきたのだろう。
それはワタシには計り知れない。ワタシは【役立たず】になってからまだ日が浅い。オークをあっさり一蹴するほどに、ここまで苛烈に身体を鍛え上げ、こんな清々しく前だけを見つめる【無能】に、まだワタシは追いつけない。
「そんなくだらねえモンに囚われるよりも、オレらはオレらの物語を生きようじゃないか、その方が筋肉に効くからな」
「ふふっ、確かにその方がよっぽど精神衛生的にもいいわ」
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