どういう状況?

 サークル棟の休憩スペースはもう人で埋まっていた。

 僕はまだマルサーの部室しか、密談に適している場所を知らない。

 出禁扱いを受けておいて、他サークルの人を連れ込んでいいのかは迷ったけれど、猿島さんがいいと言うならいい、ということにしておく。


「なんだこりゃあ」


 南蛇井くんはサークル棟の最上階を見て絶句していた。最上階は大学から実績を認められたサークルばかりで、全体的に設備が優遇されている。廊下はふかふかのカーペットが敷かれて、部室の面積も大きい。

 マルサーもその恩恵を受けて、部室は特注の防音設備だ。音楽サークルでもないのに防音なのは、聞かれてはまずい話をするのに打ってつけなんだろう。


「部活を目指す団体の気持ちも分かるよね」


 休憩スペースにはドリンクサーバーが置いてあり、ジュースは飲み放題だ。マッサージ椅子もあり、部活で疲れた体を癒すことができる。本棚には流行りの漫画と申し訳程度の学問書がある。最上階に部室がある団体なら、読み放題使い放題だ。


「俺たちの学費を使って、一部の特権階級がのびのび過ごすとは皮肉なもんだな」

「この設備はOBによる後援会の資金提供だった、はず」

「どうだか」


 公認の団体になれば、全学生がこの設備を使える。ただし相応の努力をすればの話だ。

 マルサーの部室は誰もおらず、施錠されていた。

 僕は薄いカードを錠前に晒す。ピッと電子音が鳴って、ドアノブが回るようになる。


「厳重だな」

「セキュリティは万全なんだ」


 サークルの情報を狙って、外部から関係者外が侵入するのを防ぐためらしい。詳しくは聞かなかったけれど、昔侵入されたことがあるのかもしれない。


「さ、どうぞ。そのソファーにでも座ってくれ」


 僕は南蛇井くんをマルサーの部室に招き入れた。

 誰もいない。

 マルサーの部室は、小奇麗なマンションのワンルームと瓜二つだ。

テレビもあって、小型の冷蔵庫もある。天井から吊り下がっているハンモックもある。ラックには純文学の小説や、歴史関係の学術書や、アイドルの写真集、それにカタンがあった。マルサーのメンバーたちが、それぞれ持ち寄ったようで統一感はなかった。

 先日、黙然堂さんが撒き散らした紙切れは一つも落ちておらず、誰かが定期的に掃除をしているようだった。

 南蛇井くんはソファーに座り、内装を観察している。

 僕は冷蔵庫から勝手に飲み物を見繕う。他の人の飲み物は、ペットボトルのキャップに名前が書いてあるから、未開封で何も書いてないのを選んだ。紙コップに水を注いで、南蛇井くんのところに持っていく。


「はい、どうぞ」

「………どうも」


 南蛇井くんは水を飲んだ。彼の傍らには、あの青のギターケースが横たわっている。


「まさか、こんなところに連れ込まれるとは考えもしなかった」

 僕も君が待ち伏せしているなんて、思いもしなかった。


 いざ向かい合って話をするとなると、南蛇井くんは些かやりにくそうに黙っていた。

 僕もどう聞くべきか考えあぐねていると、南蛇井くんはギターケースからアコースティックギターを取り出した。


「この部屋、防音もバッチリなんだろ」

 そうだけど。

「まずは聞いてくれ」


 南蛇井くんは慣れた手つきで、アコースティックギターをかき鳴らす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る