来訪者

 十五分にも満たない訪問時間で、僕は写真を撮るだけだったとはいえ、初めてのことで肩がどっと凝っていた。

 これをあと四つこなすのは大変だ。


「おい」


 猿島さんと並んで歩き出すと、やにわに声をかけられた。

 前髪で片眼を覆い隠した男が廊下の壁にもたれかかっている。目に眩しい青のギターケースを彼は背負っていた。

 南蛇井寵児くんだった。灰色のフード付きのパーカーとジーンズを着ている。

 僕は驚き、彼のもとに駆け寄った。


「君がどうしてここに?」

「あんたたちが、サークル審査をやっている連中か」


 南蛇井くんは僕には反応せず、猿島さんを見ている。


「山本くん、彼は知り合いかい?」

「僕と同じ学科の一年生です。ひょっとして、君が所属している音楽サークルはライブ会?」

「そうだ」


 七百もあるサークルから、知り合いのサークルを引き当てるとはなんたる偶然かと思ったけれど、この先サークルの視察を重ねるのだから、珍しくはないのかもしれない。

 猿島さんは南蛇井くんに対しても、人当たりのいい微笑みを浮かべた。


「安心したまえ。君のサークルは問題がない。これまでと同様に、活動を継続できるよ」

「あんたらの目は節穴かよ」


 南蛇井くんは安心するどころか、食ってかかってきた。


「ろくに音楽に打ち込まず、飲みに行ってばっかの不真面目なサークルなんだよ」


 不真面目なサークルだって? 


「南蛇井くん、ちょいと待っていておくれ」


 猿島さんは僕と肩を組み、小声で内緒話を始めた。

「彼はどうやら、マルサーに用事があるようだね。それで待ち伏せていたと」

「ライブ会に不満があるようです」

「ふうむ、彼にじっくり話を聞いてみたいけれど、この後も音楽系のサークルに行かなくちゃならん」


 困った、困ったと言いながら猿島さんは落ち着き払っている。


「ここは同学年で同学科の山本くんに任せようじゃないか」

「えっ? 僕にですか? でも研修が……」

「大丈夫大丈夫。研修はまた別の日にやろう。これからの視察先には、私が一人で行ってくるから。部室が空いていたら、部室を使ってくれて構わないよ」


 僕は南蛇井くんとほとんど喋ったことがないのに、上手く話ができるのか不安だ。


「難しいことはない。相手が話したいことを聞き出すんだよ。普通のコミュニケーションと一緒さ」

「内緒話は終わったか」


 南蛇井くんは指の関節をポキポキ鳴らした。喧嘩でもおっ始めそうな雰囲気だが、始めるのは聞き取りだ。そうだよね?


「じゃ、山本くんあとは頼んだ。一時間もすればこっちは終わると思う」


 猿島さんは親指を立てて、パソコンを抱えて去ってしまった。


「南蛇井くん、話を聞こうじゃないか」


 僕は懸命に笑顔を浮かべた。


「めっちゃぎこちねえけど。あの部長は?」

「他にも用事があるから来ない」

「あっそ。あんたマルサーだったんだな」

「はは、一応は」


 仮入部の身なんですけどね。

 ひとまず、ライブ会の部室の近くで、その不平不満を聴取するのはリスキーだ。


「とりあえず移動しない?」

「分かった」


 僕が先頭に立って歩くと、南蛇井くんはことのほか素直についてくる。

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