マジック研究会へ突入
マジック研究会のドアに耳をくっつけた。複数人の話し声が聞こえる。
この中に人がいるのは確かだ。
猿島さんをまるっきり信用はできない。それでも、音無さんが危ない目に遭っているというのなら、放っておくわけにはいかない。
僕は再びマジック研究会のドアを叩いた。今度は控えめに叩く。
すぐにドアが開いた。まるで見張りを立てていたように早い。
黒づくめの女性はドアを開けるなり、僕を見て顔をしかめた。
「まだ何か用ですか。通報しますよ」
「僕と一緒に来た女の子を探しています。まだ中にいますよね? 連絡が取れないんですよ」
悪いことはしていなくても、通報と聞くとひるんでしまう。僕はぐっとこらえて、まくしたてた。
『やつらがドアを開けてくれたらしめたものだ。なんとかして時間を稼いでほしい』
猿島さんに時間稼ぎを頼まれている。
「……彼女ならもう帰りましたよ」
女性は、力任せにドアを閉めようとした。
「待ってくださいよ」
僕はドアに足を挟んだ。足の骨にドアが当たって痛んだ。
「そんなはずはありません。僕は追い出されてから、ずっとあなた方の部室を見張っていましたが、彼女は出てきていないんです。監禁されているんじゃないですか」
「はあ? 馬鹿なこと言わないでください!」
「じゃあ中に入って、彼女がいないか調べてもいいですよね? 疚しいところがないのなら、あの子を探すのを手伝ってください」
「無茶苦茶なことを言わないで! あなたはサークルに何をするか、分かったもんじゃないでしょう!」
僕はドアの隙間に向かって、できるだけ大きな声で叫んだ。
「音無さん!」
「いい加減にしてください」
数人が加勢に来てしまった。。僕は体当たりしてドアを押す。このままでは人数差で力負けしてしまう。
ドン!!!
その時壁を強く叩く音がした。隣室がうるさい時に、壁を叩いたような感じだ。それも何人も連続で叩いている。
「なに! なんなのよ!」
ドアを開けた女性が半泣きになっている。僕はその隙をついてドアを大きく開け放った。後ろに控えていたゾンビたちが続々と突入していく。
部室の中はさらに阿鼻叫喚となった。無理もない。肌の色が緑のゾンビたちが、懐中電灯を顔にさかさまに照射して、沢山入ってきたのだから。
ゾンビたちは手をだらりと垂れ下げて、マジック研究会の人たちに迫る。
「きゃああああああ!」
「助けてくれ!!」
お化け屋敷へと様変わりして、彼らは逃げ惑ってランタンを落として割り、ガラスが砕けた。
僕はゾンビと研究会の人たちの隙間を縫っていって、音無さんを見つけた。
長テーブルの手前の椅子に座っている。最初に室内に通されたときと同じ姿勢だ。
「大丈夫?」
「………大丈夫」
音無さんの顔色は芳しくないけれど、気丈にもこくんと頷き返した。
テーブルには水晶と、ごちゃごちゃと色々な物がある。棒とランタンと、髑髏。
オカルトショップの商品のようだ。
これが霊感商法の物品なのか。
マジック研究会の人たちは錯乱状態に陥っていた。逃げようとするが、ゾンビに行く手を阻まれている。騒ぎの内に暗幕が取り払われて、血のように赤い夕陽が差した。
マジック研究会の面々は、窓から脱出しようとしている。
ここは三階だ。飛び降りたらケガをする恐れもある。パニック状態の彼らは、そんなことを忘れているようだった。
「そこまでだ!」
金髪とマントの貴族然とした男が声を張り上げた。
「この部室は既に包囲されている。逃げてもケガをするだけだ!」
「私たち何も悪いことなんてしてないわ!」
魔女の三角帽子に花飾りをつけた女性が、声をヒステリックに張り上げた。
「証拠はどこにあるっていうのよ!」
音無さんがポケットから、スマホを取り出して操作をする。
『 今の魔法を見たでしょう。見たわね! 魔法を見たら対価を支払う必要があるの。さもなくばあなたの身の回りの人が呪われるよ! 最悪の場合は死ぬわね』
『水晶であなたの未来を占ってあげましょう――あら、あなたのことをひどく憎んでいる人がいるわね。もしくはこれはあなたが憎んでいる人かしら? 的外れだって? うふふ、そんなことはないわ。でも初回で見られるのはこれだけ。追加料金を私に寄越しなさい。そしたら占ってあげる』
『あれもだめ、これはだめって、あなた舐めてるの? そんないかにもオカルトに扮した格好で何も捧げられないなんて、お話にならないわ。私が奇跡を見せてあげる。あなたの大事な大事ななくなった家族を降霊術で呼び出してあげる。おや、顔色が変わったわね』
『とんだペテン? 私の知っている家族じゃなかった? ああ冥界では人格なんて壊れてしまうもの。それよりもあなたは支払うものがあるんじゃない? そうよね?』
『十万円!』
『十万円払え!』
『泥棒!』
魔法の観覧料、押し売りの占い、挙句の果てには降霊術を勝手に見せて、その代金をせびる……。
数分だって聞くに堪えない音声だった。
「君たちはこのゾンビたちに見覚えはないか?」
金髪マントの男が高らかに言った。腕をだらりとぶら下げている緑のゾンビたち。面識があるというのか。
「まさか……」
「やめろ、そんな目で私を見ないで」
研究会の人たちがさらに脅え出した。
「ようやく思い出したようだね。彼らは君たちが金を騙し取った相手だ。その恨みを晴らそうといったら快く協力してくれたよ」
ゾンビたちはずるずるとまた一歩踏み出した。
「来ないで!」
「私たちが悪かった! 悪かったのおおおおお!」
彼らは腰を抜かし、もはや窓から飛び降りて逃げる気力もないようだった。
金髪マントの男が、僕の肩をぽんと載せた。
「お手柄だったね」
「……あなたが猿島さんですか?」
金髪マントの男は唇に人差し指を当てて微笑むと、厳かに言い渡した。
「さあこの場はマルサーが預かった! まもなく大学当局が来る! 妙なことを考えるな!」
「おのれえええ猿島め!」
三角帽子に薔薇をつけた女性が歯噛みした。
「薬師寺。言い訳ならあとで聞くよ」
金髪マントの男が、その女性の肩に手を置いた。彼女は肩をがくりと落とした。帽子から薔薇は落ち、僕の足元まで転がった。
魔女たちとゾンビたち、そして金髪マントの男は、夕暮れ時に一芝居を演じたようだった。
僕と音無さんは撮影助手。
ここに観客は存在しない――
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