対話
サークル荒らしと僕の共通項は、薄い茶髪と中肉中背という容姿だけだ。食い逃げなんてしていない。説明会と新歓がセットになった飲み会で、先輩の厚意で奢ってもらったことはあるが、それを食い逃げとは言わないよな。
「あなたがあのビラを作ったんですか?」
『そうだよ。私と仲間たちが、サークル荒らしに遭ったというサークルの証言をもとに作った』
仲間たちとはなんだ? 僕は疑問に思ったが、触れずに先に進んだ。
「僕は外見の特徴が合致しているだけで、サークル荒らしではないのに、満足にサークル見学ができないで迷惑しているんです。さっきだって、同行者を残してサークルから締め出しを食らいました」
『それは災難だったね……君が怒っているのが伝わってきたが、君の言い分だけ信じるわけにもいかない。サークル荒らしとは絶対に違うという根拠はあるかい?』
あるにはあるが、それをうまく説明できる自信がなかった。僕は話題を転じる。
「猿島さん、時にマジック研究会から連絡はありましたか?」
『うん? どうしてそこでマジック研究会が出てくる?』
「さっき、僕はマジック研究会から締め出されました。研究会の人たちが、『猿島さんに報告する』と言っていました。濡れ衣ですよ」
「なるほど。それは申し訳ない。それに報告ありがとう。まだ連絡は来ていない――しかしそうなると、話が変わってくるな」
電話が切れる前に、僕は十円玉を追加で投入する。
『山本くん、時に君はサークル棟の三階にいるのかい?』
「えっ」
『なあに驚かないでくれ。私はここの公衆電話のちょっとした常連でね。君の環境音から、演劇部が稽古しているのが聞こえる』
僕は周囲を注意深く見渡した。何者かに見張られているのかもしれない。
『取って食おうとしているんじゃない。私は心配をしているんだよ――マジック研究会にはよくない噂があるんだ』
「えっ?」
『いわゆる霊感商法で、金銭を騙し取られたって話さ』
きな臭くなってきた。
『今年の新入生から数件相談を受けているよ。魔法を使えるステッキや未来が見える水晶を売りつけられるらしい。お友達とマジック研究会で別れてから、一体何分経った?』
「三十分くらいは――」
僕ははっと気づいた。
音無さんは暗い室内に今もいるのか? 見学者は一人だけで、マジック研究会の人たちに囲まれている。数はおよそ六人。絶対的な数の不利でのアウェー――
スマホが振動する。
音無さんからショートメッセージが届いていた。
たさかた。
たさかたの四文字だけだ。
暗号か? いいや今の状況から考えろ。未だに音無さんがマジック研究会の部室にいるとする。衆人環視の真っ暗な部室で、なんとか隙をついて送ったショートメッセージ。
長く打つことはできない。スマホをあからさまに操作することもできない。助けを求めるには簡潔に、短く。もしかしたら文字盤を見ることもできずに、手探りで打つ。
たさかた、どれも五十音の先頭のア段音だ。フリック入力をする余裕もなかったとすると、この状況で当てはまるのは自ずと想像できる。
「『たすけて』だ……」
マジック研究会がサークル荒らしを過剰なほどに警戒をしていたのは、後ろめたいところがあったからではないのか。
マジック研究会の部室に一刻も早く戻らなければ……!
『まあ落ち着きなさい、山本くん。彼らは先刻君を追い出したばかりだ。君の話に耳を傾けてくれるとは思えない』
「それは……」
僕は先刻のことを思い出した。ドアをいくらガンガン叩いても、無視をされたんだった。
「じゃあどうすればいいっていうんですか」
『私に考えがある。必ず後で説明をするから、今から話すことに乗ってくれないか』
猿島さんは始終落ち着いていた。
僕は受話器を置き、通話を終了してから考える。
この話に乗るか、反るかを。
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