玉坂大学とは

 アカデミア。アカデミー。大学。

 大学は学問を究める場所だと、一般的に認知されている。

 我が校の理念は世間の逆をゆく「遊学」だ。

 遊学のもともとの意味は故郷を離れて、よその土地で勉強をすることだ。玉坂大学たまさかだいがくの理念はこれに加えて、大いに遊ぶことを奨励している。

 不健全な遊びではなく、健全なサークル活動だ。

 玉坂大学は大学公認サークルと非公認サークルを合わせて、千を超える。日本全国でナンバーワンの数を誇る。

 漫研、硬式野球部、軽音楽部(廃部?)などメジャーなサークルのほかにも、利き水研究会・梯子でハシゴ会など、名前からは実態が掴めないマイナーなサークルが溢れている。

 大学側は公認サークルに多額の予算を約束し、大きなサークル棟を建てた。公式戦などでめざましい結果を出したサークルほど、広い部室と必要な備品を手に入れる。

 さらにはサークルの活動実績と単位数を交換する制度があるらしい。オリエンテーションで説明された。必修科目や資格過程の単位と換えることはできないけれど、卒業単位としてカウントはできる。事実上のサークルの活動に熱を入れて、必要単位数が取得できない学生への実救済措置だ。

 近年、大学の偏差値が上昇したとはいえ、玉坂大学の偏差値は中堅私立大学には及ばない。比較的入学しやすく、大学を挙げてサークル活動を推奨している環境から、玉坂大学は最後の青春の砦ともいわれている。


「はいじゃあ、今日のレジュメを配ります」


 腰が曲がった教授が教室にやってきて、レジュメを配っていく。

 僕は英語の教科書を開いた。長い前髪で目を隠した男子学生からレジュメを受け取り、一枚取って、後ろの席の女性に残りのレジュメを渡した。女性は僕の母親と同世代に見える。

 最後の青春の砦に年齢の制限はない。教室を見渡すと――一クラス中、三十代以上の人が五人はいる。教壇に立つ教授を抜きにして、三十人中七人だ。

 ま、自然と同年代の友達で固まって、なかなか仲良くなることはないけれど。

 二人組でペアワークをすることになった。教科書の例文に沿って、英語で自己紹介をする。僕は前の席のメカクレ男子学生と組んだ。

 メカクレくんはかったるさを隠そうともせず、英語の単語を下手な発音で並べていく。

 メカクレくん――南蛇井なんじゃいくんは、大きなピアスを耳に空けて、青のギターケースを教室に持ち込んでいた。音楽活動をしている人のようだ。

 早々に教科書の課題は終わって、僕たちが話す用件はなくなった。

 僕は南蛇井くんが椅子の向きを変える前に、興味本位で聞いてみた。


「ねえ、音楽系のサークルに入ってる?」


 南蛇井くんは面倒くさそうに答えた。


「一応入ってる」

「楽しい?」

「温いやつらばっかりで物足りない」


 僕はさらに興味に駆られて聞いた。


「軽音楽部があったら、入ってた?」

「自分の音楽でテッペンとる気概のあるやつらだったら、入ってた」

「そうなんだ! 将来はミュージシャンになりたいの?」

「……まあな」


 熱いなあ。


「あんたは?」

「え?」


 南蛇井くんが前髪の隙間から、僕を見据えている。


「インタビュアーさんは、どのサークルに入ってんの?」

「僕はまだサークル見学中だよ」

「五月になってもか?」

「これが面白くてさ、ええっと全部で……」

「あっそ」


 南蛇井くんは興味が失せたようで、椅子の向きを戻して背を向けてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る