山本詭弁の冒険
鶴川ユウ
一章
噂
うちの大学にサークル荒らしがいるらしい。
『サークル荒らしの特徴:中肉中背の男。大学一年生。大学デビューと思わしき薄い茶髪。二十ものサークルに出入りし、新歓を利用して食い逃げする不届き者。情報求ム。連絡は三年
「サークル荒らしだなんて物騒だね」
僕は生姜焼き定食についてきた味噌汁をすすった。まずくもなくうますぎない、不変の味は安心する。
「漫研の先輩たちはサークル荒らしの話題で持ちきりでな、一年生に聞き込みをしていたよ」
上尾は醤油ラーメンを平らげて、溜息をついた。
「上尾はどう返した?」
僕は好奇心から聞いた。
「知らないと言った。実際知らないし、このビラの情報に信憑性があるかも怪しい」
上尾は僕をじっと見た。彼は近視で、そのつもりがなくても睨んでいるように見える。
「薄い茶髪なんて山本だろう。玉大の新入生で、薄い茶髪の男なんて何人いることやら」
「特定するのは骨が折れそうだ」
「まったくだ」
昼休みの学食は一つの席が空くと、すぐにまた学生が補充されるかのように座っていく。
上尾は周囲を見回すと、声を潜めた。
「サークル荒らしよりも、この猿島って人がヤバいらしい。男か女かも分からんが、いくつものサークルを潰したんだと」
「サークル荒らしとサークル潰しか。それはいいね。あと一人加われば、サークル三銃士が揃うよ」
「笑いごとじゃないぞ」
僕が面白がっているのに対し、上尾は一貫して真面目だ。
「猿島さんはかなりの情報通で、全サークルの弱みを握っている噂もある」
「へえ」
「事実、去年は猿島さんが噛んだことにより、軽音楽部が潰れたんだそうだ」
そういえば玉坂大学の全サークルリストを見たときに、軽音楽部はなかった。音楽ライブをする同好会はあったけれど、規模の大きなサークルはなかったな。
一個人にサークルの存続を脅かす権力があるかは甚だ疑問だけれど。
「山本はまだサークル見学してるんだろ?」
「してるよ」
「それはいつまで続きそうだ?」
「入りたいサークルができるまでは続くだろうね」
「……お前が心配だ」
上尾は大真面目に言った。この上尾は生まれてこの方、冗談を口にしたことのないような堅物だ。僕はなんとも言い返せず、また黙って味噌汁を飲んだ。
上尾は入学する前から、漫画研究会に入ると決めていた。僕と漫画研究会を見学に行き、彼はすぐに入部届を決めた。漫画の話ができる仲間を探していたという。
「漫研はどう?」
「すごく楽しいよ。今度漫画を貸し合うことになった」
「よかったじゃないか」
「山本、やはり漫研に入らないか?」
上尾は度が強い眼鏡を、くいっと持ち上げた。
「いい加減、一つのサークルに落ち着いたらどうだ。サークル荒らしと疑われたって、俺が先輩を説得してやる」
「ありがたいけど遠慮するよ。他のサークルを見てみたいんだ」
漫画研究会には大きなソファーと、スライド式の本棚があった。
上尾
だけど、僕の居場所ではないと感じた。漫画を読むことがあっても、趣味にするほどではないし。
「そうか。残念だ」
上尾はお冷を飲んで、息をついた。
オリエンテーションで知り合って、共通で読んだことのある漫画の話をしただけなのに、上尾は僕を気にかけてくれている。
今日呼び出されたのだって、サークル荒らしの話が本題ではなく、どこのサークルにも入らずフラフラしている僕をどうにかしたいのが本題なんだろう。
度数の合う眼鏡をかけて、髪と服装に気を遣えば数段も垢抜けるだろうに。
上尾は思い出したようにまた忠告する。
「だけど猿島さんには気を付けろよ。先輩たちの噂を聞いて荒唐無稽とも思ったが、火のないところに煙は立たないとも言う。猿島さんが探しているサークル荒らしの特徴に、山本は合致しているんだからな」
「分かった、分かった。気を付けるよ」
僕は生姜焼き定食を食べ終わって、手を合わせた。
そろそろ次の授業に行かないと、外れの席しか残らなくなる。
上尾は三限が空きコマで、四限まで部室で時間をつぶすらしい。
「ま、うちは七百サークルある。それに比べると二十サークル巡った程度じゃ大したことないな」
食堂の入り口で別れる間際、上尾は笑いながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます