そうして帰寮……ご飯が作れない!?

 トラムに乗って帰寮。なぜか一人部屋に入ることになってしまったので、幸いなるかな、とりあえずは不自由なドイツ語に怯えることもなく、一人でゆっくりぐったりすることは出来る……が。

 そんな暇はないのである。

 まずはホテルのキャンセルをしなければ。

 半月の寮のシェア・ルームを使ったあと、退去者は月末週末に一度退去するのが規則だった(土日に寮の係は不在。というか、平日三日のそれぞれ半日くらいしか係がいないために寮のあれこれを平日いつでも手続きできるわけではない)。

 従って渡航前に寮の契約をした際、月末滞在用のホテルを土日二日間押さえていたのである。そして週明けに一人部屋へ入居する手筈だったのだが。

 ——キャンセル料無料のホテルにしておいて本当に良かった……

 某ホテルサイトを立ち上げ、「無料でキャンセルする」をクリック。Gutグッ gemacht!ジョブ 私!

 せめて渡航前に部屋チェンジの連絡くらい送ってくれる、という日本の常識は通用しないということを、渡航翌日に実体験で知らされるとは。

 しかしポジティヴに考えれば、荷物をもう一度まとめて出ていく必要もなく、やや大きなものでも生活用品を購入できるという意味だ。プリンターは必要だし、渡航荷物の整理も始められる。食材も月末までに使い切らなきゃとは考えなくて良い。

 そうなればもう、この部屋を自分の住処として謳歌——したいのだが。

 この部屋というのがまた酷いものだ。前の入寮者はほぼ全てものを撤去していった……というより、正確には元々この寮には生活用品が無いのだろう。

 ベッドの上にあるのは、とりあえず枕になりそうな枕と、とりあえず一晩くらいなら夏掛けがわりになりそうな布団、っていうかこれはベッドパッドだったのだろうか。シーツなどない。

 ——明日、布団とシーツと布団カバー買いに行かなきゃ……。

 もう疲れたのである。私はご飯が食べたい。トイレットペーパーも買いに行かなきゃいけないし、食材はないし。トラムで来る間に大きなスーパーを見つけた。寮だから共同スペースのキッチンを使わせてもら……

 ——共同スペース入れないんだった……

 え、どうするの。食器とかお鍋とか調理器具とかどうするの。この部屋何かあるの?

 ヨーロッパなので一人部屋の広さはキッチンとプライベートルーム別々なのがありがたい。居室に広げたトランクを飛び越えキッチンを物色。お皿は……ボウル型が一つと平皿一つ。大きすぎるけれどなんとかなりそう。お鍋と電子レンジがあるし、加熱は可能。カトラリーは揃ってるしお箸も持ってきている。まな板は……

 無い。

 ということは、案の定包丁も無い。イコール。

 ——料理ができない……

 ショルダーバック装備、ショッピング・バッグ持った! 寮を駆け出しトラムで一つのスーパーへ徒歩で早足! 幸いなるかな超大型スーパーよ。

 だだっ広い店内を巡ること巡ること、一体私は一時間はいたのでは無いだろうか。

 明日の朝ご飯のパン(五百グラムか一キロが普通ってどういうこと)、林檎(二キロ売りってどういうこと)、それから野菜(玉葱人参トマトじゃがいもキロ売りが普通って以下略)……何を買ったかもはや覚えていないが、安いものは量が多い。こういうときに日本で毎日ご飯を作る人間でいたため、食材の処理と保存のスキルがあって良かったと心から思う。

 さらにトイレットペーパー、食器用洗剤とスポンジ、そして重要な調理器具。

 見つけたよ。あなたに出会えて良かったよ。少し小さめだけれど、ここにいてくれてありがとう——ペティ・ナイフ。

 大荷物を抱えて寮へ帰り、やっと、大好きなご飯作りに取りかかれたのだった。


 その日、さくらは思いました。

「さくらは果物用ナイフを手に入れた! 留学レベルが一つ上がった!」


 こうして、長い長い留学二日目が過ぎ、なんとか最低限の生活が可能になったのです。

 ご飯、食べられて良かった……


🍴🍴🍴おまけへ続く🍴🍴🍴

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