第4話 基本が出来てなかった話
せっかくキューティーハニーに変身しても、わたしの場合、とても一流作家か一世を風靡するベストセラー作家にまで届かない。
キューティーハニーほどボディに自信もない、小太りアラカンである。
痩せなきゃいけない。ダイエットをスタートさせたい。思いつつも創作に夢中になる。とにかく、書いていないと落ち着かない。
文章指南書に言われたとおり、プロット書きを完成させる。するとどうだろう。もう創った気になってしまって、作品にする気力がわいて来ない。
あのときは、あんなに書けると思っていたのに、そして本文も冒頭まで書いたというのに、プロットが色あせて見えるのである。物語をスタートさせる前に、闇の部分を使い果たしてしまうようだ。
書いているうちに自分の知らない情報が、山ほどあることに気づく。足りないことがいっぱいある。だから書けないなんて甘えられない。
知らなければ調べればいい。ダメなら想像で書けばいい。それでもダメなら、それを書かなくて済む工夫をすればいい。
そのうちのどちらも、わたしにはハードルが高かった。ネット情報のどこまで信じていいのか、想像はどこまで許されるのかなどなど、迷うことがいっぱいあった。
情報を確認するため図書館へ自転車で行く。「わーっ段差がある!」途中の段差にタイヤがとられる。がちゃん、盛大な音がする。
自転車がコケる。血まみれの膝と指にワンワン泣く。そして、通院して時間が過ぎる。
こんなのを書いても意味はないというマイナスの思いがふつふつとわいてきてしまう。なんのために書くのだろうと絶望感にとらわれる。
どうしようもない。センスもないし、気力もない。こうして何度も練り直したプロットを、何個も何十個も何百個も自分でボツにした。小説家には向いてないかも、と落ち込んだ。
エッセイなら計算しなくてもいいだろう、と思って今こうして書いているが、これもあまりたいした話じゃあない。物語がスタートをする前には何が起こっているのか、という話をしているだけだ。
プロットを書くのもスタートのうちだと、今、気づいた。
物語自体が始まる前に、プロットという形でお話をスタートさせていたのである。スタートの前のスタートではなく、すでにお話は頭の中で始まっていたのだった。
だから本編の前に色あせてしまうのだろうか。しかし、古典はちゃんとプロットを書いてから記されているはずである。
そりゃあ、思いついたらするする書けるモーツアルト級の天才もいるだろうが、ふつうはアウトラインを創るであろう。古典を読んでいたらそれが見えてくるだろうか。
人は、たくさん本を読めば自然と話が書けるという。
ほんまやな?
ぜったいやな???
ほかの文豪たちの文章の特徴を端的に見てみよう。
太宰のメロスは、激しやすい大正のオッサン。
清少納言は、パイオニア的な面がある。発明王エジソン。
夏目漱石は陰キャ。猫が好きなところはわたしと共通点。
それにくらべてどうだろう。放り出した自分の作品を再び読み直してみる。
冒頭は、世界設定ばかりである。誰が読むものか。あまりのヘボさに即ゴミ箱へ送ってしまった。ストーリーになる前段階での『闇』の制御が、まだまだ未熟だったのである。妖しい情念が、熱せられていなかったのである。
自分が書きたいことだけ書いていたって、面白くはない。
後で自分が読んでも、また読みたいって気になる作品ってなんだろう。
好きこそものの上手なれと言うが、一方で下手の横好きという言葉もある。
いつまでも伸びない自分。
自分が箸にも棒にもかからないことは、やっていて実感していた。前準備の創作の闇の中を、手探りで進むという状態だった。
がむしゃらに書いた。
ドラマのノベライズもやってみた。
ドラマは画像で説明する場合がある。
それを文章で表現する難しさを知った。
夢中だった。
運動をしなくなった。
体重が増えた。
豚になった。
肩こりがひどくなった。
ドクターに診せたら、
「背中が鉄板になってる!」
と仰天された。
脳内で『泳げ! たい焼きくん』のテーマがかかる。
♪まいにち、まいにち 僕らは鉄板のぉ~
上で焼かれてヤになっちゃうよ♪
豚の肩だから、ロースだな。でも焼き肉だったら牛肉の方が好きなんですけど!
絶望的に文章が下手だったのもあるのだが、思い込みで書くのもわたしの弱点だった。
エッセイの基本である「なにもかも新しい目で見る」という姿勢がなかった。常にあるものを見ても、それに疑いを持たなかった。
冬にはサザンカ、梅雨にはクチナシ。公園の花を見てどこから来たのかいぶかしく思わなかった。自分の知識が当然、という考えでなんでもかんでも書いてしまったのである。
調査をしてから書くのは基本だ。
肝に銘じているはずなのに、その失敗はその後なんども繰り返した。手間を惜しんだわけではなく、今ある知識が常識だと思っていたのである。
個人の常識が世界の常識とは限らないのだが、その斜めの視線が本格的に身につくまで、30年かかってしまった。あきれたものである。これでは売れる本を書けるわけがない。文章を書く資格もない。
エジソンは、「進歩をするのは簡単だ。同じ失敗をしなければいい」と言ったらしいが、わたしはその伝では一向に進歩していないことになる。
そういう事情で、物語をスタートさせる前の段階で、30年以上もわたしはひたすら、のたうち回っていた。
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