#29

 ルナとぬいぐるみの戦いは今も続いている。

 蹴り技を繰り出せるようにはなったが、ルナはまだまだ本調子ではない。

 少女はただその光景を眺め続けていた。



「……? あっちに何か、ある」



 少女は何かを感じ取り、防壁を出て廃墟の中へ入っていく。

 目の前にある壁穴から部屋に入り、躊躇することなく左奥のローチェストへ向かいそれを開いた。

 一部パーツが破損したライフルが入っている。



「…………」



 武器を目の当たりにし、表情がぱあっと明るくなる。

 少女はライフルに手を伸ばし、全体の構造を舐めまわすように確認した。

 同時に少女の身体が淡く光る。

 ――これ、修理して弾丸を装填させれば……使える……。

 初めて手にする武器を修理しようと部屋中を探し回った。

 所々に瓦礫が積み上がっているせいで、足場も悪く探すのにも骨が折れる。

 数分が経過し小休憩を取っていると、少女の身体が光ると同時に何かを感じ取った。

 どちらかと言うと魔力が視えるのとは違い、勘が働いているのと似ている。

 少女は迷うことなく勘が働いた場所へ向かい、瓦礫を掘り起こしいくつかの道具とパーツを見つけ出した。

 見つけた物は長期間瓦礫に潰されていたのもありどれも破損している。

 ――何故だろう……。

 少女の身体は再度光り、ガラクタと化したパーツを破損している道具で器用に変形させ修復作業に入る。

 ――何も知らないハズなのに、どうすればいいのかが解るなんて……。

 変な感じがする。それでも……。



「楽しい……!」



 少女は無我夢中で作業に没頭した。

 変形させたガラクタを取り付ける為、一度ライフルを解体する。

 解体が終わると取り付けるパーツの微調整に取り掛かった。

 ハンマーでガラクタを叩き、歪んだ箇所をペンチで整える。

 そうして繰り返されたガラクタはライフルの破損部分にジャストフィットし、問題なく動く事を確認し少女はひと息ついた。

 ――後は弾丸……。

 少女は周囲を見回す。

 瓦礫の下から弾丸らしき物を一つ手に入れたが、それ以外のめぼしい物は見当たらない。



「……そうだ!」



 身体が光ると同時に何かを閃く。

 弾丸を地面に置き、道具を使い器用に改造していく。

 ガラクタを組み合わせて新たな武器を造り上げると、元いた防壁魔法がかかっている場所へ戻った。



「うーん、すばしっこくて当たらない……」



 ルナが苦戦している姿が見える。

 ぬいぐるみは動きを止める事なく襲い続けていた。

 ――本当は解ってた。私はくまポンじゃないって……。

 藍凛あいりが生きていた時代、彼女との視点が合わない違和感をずっと抱き続けていたのを思い出す。

 愛されていたのは少女ではなかった。

 目の前に居るくまポンも、少女と同じく愛を受け取っていた事で心を宿したのだろう。

 ――ずっと一緒だった、私の分身……。



「くまポン……ごめんね」



 少女はくまポンに銃口を向けエイムを定める。



「銃なんて撃った事ないのに変な感じ。でも、必ずぶち抜けるって確信があるんだよね……!!」



 少女の身体が光ると同時に銃声が鳴り響いた。

 ルナの拡張型集音器はそれを拾ってしまい、その反動で身体が思うように動かせず地べたに座り込んでしまう。

 何事かと銃声の方向へ顔を向けると、壁越しに少女がライフルを抱えたままの状態で標的を見つめていた。

 ルナは理解出来ぬまま座り込んでいると、少女が必死に指を指しているのが見えたので、首を反対側へ動かし現状を確認する。

 改造された弾丸はダーツに似た形状をしており、ぬいぐるみを貫通し、且つ羽根部分がぬいぐるみに引っかかる状態で壁に貼り付けいていた。



「今のうちに。早くっ!!」



 少女の身体が光るのをルナは確認する。

 ――覚醒していたのか……あの銃がそれ……? もしかして、あの子の能力は……。

 手に持っているライフル、改造された弾丸。アイオライトは道標の石。

 少女の魔法は自らが行うべき道を示したのだろうと推測する。



「じゃあ、チャチャッと終わらせるよっ!!」



 ルナは犬に変身しぬいぐるみのある場所まで駆け抜ける。

 移動時間を短縮させ、数歩手前で変身を解き、右手をぬいぐるみに向けた。



浄化魔法プリフィケーション!!」



 呪文を唱えると眩い光と風がぬいぐるみを包み込む。

 ルナも少女も目を開けていられない程眩しい。

 風が吹き荒れ、いくつかの瓦礫が宙を舞っていく。

 凡そ一分が経過したところで浄化が終わり、ぬいぐるみは動かなくなった。



「ふぅー……終わったぁ……! もー、一時はどうなる事かと思ったよぉ……」



 力が抜け、地べたに座り込む。

 浄化したのはぬいぐるみだけなので瘴気は今も残ってはいるが見上げた空は本来の色に戻っていた。

 ――あのぬいぐるみに宿した闇魔法はきっと、くまポンと藍凛あいりだけじゃない。この街で殺された人達の恐怖と怨みが混ざり合ったものなんだろうな……。

 ルナは自身の右手のひらを見つめながら考える。

 自らが扱える浄化魔法プリフィケーションという魔法とどう向き合い、どう付き合っていくべきか。

 今までは与えられた試練の為にこの魔法を使ってきたが、今回の件で《浄化魔法プリフィケーションを扱う事の責任の重さ》を実感していた。



「ボクがこの魔法で浄化したとしても、死んでしまった人達の心まではきっと……」



 握った右手に力が入る。

 本当にこれで良かったのか、何も成せていないではないかと、どうしようもなく不安になるのだ。



「……ルナ、ありがとう。私を……くまポンを救ってくれて」



 ――えっ……?

 ルナは違和感のある声に驚き視線を向けると、少女がライフルを右手に持ったままこちらに向かって来る様子が見えた。

 拳を緩め、少女と向かい合うべく身体を動かす。

 距離が近付くにつれ、少女の顔がハッキリと見えてくる。

 少女の異変に気付きルナは驚きを隠せなかった。



「ねぇ、キミ……どうしちゃったの……? 調子悪い……?」


「平気。大丈夫だよ」


「えっ、でも……声……」



 驚愕のあまり言葉が見つからずルナは黙りとしてしまう。

 少女は無表情で少し声を抑えたかのような暗い声でルナを見つめている。

 先程までの強気で明るいイメージを失っているのだ。



「えっ……ま、まさか……キミ……」



 師匠が話していた事をふと思い出し、表情が引き攣り、頭が真っ白になる。

 

 ――砕けるまでとはいかなくとも。もしかして、クラッ……



「大丈夫。私の宝石コアはクラックしてない。本来の私は今の私だから、大丈夫」


「……どういう事?」


「あなたなら視えるんでしょう? 確認すればわかるわ」



 ルナは言われるがまま魔力感知能力を発動し少女の宝石コアを視ると、確かに少女の宝石コアはクラック……つまり、

 ルナは再度少女を見上げ、呆然とした。



「……おそらく、この姿になった時にくまポンに宿していた闇の影響を受けたんでしょうね。鏡越しでだけど藍凛あいりと同じ姿だったでしょう? って解る? どうやら身も心も記憶の中の藍凛あいりと同調していたみたい」



 少女はぎこちない笑顔を見せ、しゃがみ込み、ルナと視線を合わせる。

 悪い所はどこも無いと落ち着くように両手に触れてくれていた。

 少女の優しさにルナは泣きそうになる。



「……あのね、キミに伝えておかないといけない事があるの」


「……なに?」


「……この街を襲い、キミの友達を殺したのはボクの師匠なんだ。そして、キミに宿した魔力もボクの師匠の魔力で……」


「……そう」



 目を合わせられず、俯いたまま会話が途絶える。

『キミを見つけて浄化して、もし行く宛てがないのであればアトリエに招待するつもりだった』

 ――言えない。そんなの、辛い思いをさせるだけじゃんか……。


 静かな時間が流れている。

 先程までの戦闘が嘘のよう。何事も無かったかのようにこの遺跡は静かだ。

 唯一の変化は、壁に吊るされたクマのぬいぐるみだけだ。



「……私は、魔女を許さない」



 少女が口を開くと同時に身体も淡く光る。

 ルナが反射的に顔を上げると、先程と同じ無表情のままの少女と視線が合う。



「……けど、私にとってあなたは命の恩人。あなたの魔法がなければ、今頃死んでいたんだと思う。だから、ずっと一緒だったくまポンを撃ったの」


「……」


「あなたの仲間が居る場所に私も連れてって。魔女が帰って来た時、この事実にケジメをつけるわ……。これは私の問題だから」



 少女は握った両手にもう一度力を入れ、ルナに笑いかけた。

「本当にいいんだね?」とルナは問う。

 ゆっくり頷いた少女を確認し、微笑み返す。

 ルナは少女を魔女のアトリエに招待する事を決めたのだった。



「よぉーし、そうと決まれば帰ろ! どの道一日じゃ帰れないし、今日はテントで二人と合流しよっか!」



 二人はテントまでの帰路を歩き出した。

 手に持ったままのライフルをどうするかをと問うと、弾はないし初作品だから持っていくと少女が駄々をこねたので、物騒ではあるが持ち帰る事となった。

 ――この子の魔法も色々検証しないとなぁ。

 今度はやてが来た時に一緒に検証しよう、と脳内で予定を組んでいると、ルナは大切な事を思い出して少女の前に行き向かい合った。



「そうそう、キミの名前!! すっかり忘れてたよ……。今視てあげるね……!」


「……り」


「えっ?」


「……名前、藍凛あいりがいい。あの子の叶わなかった未来を、似た姿の私が受け継ぎたい。……勝手な話だけど」


「……わかった。藍凛あいり、これから宜しくね!」


「うん……よろしく、ルナ」



 それから歩き続ける事数時間。

 少女は一日中歩き回っているにも関わらず、自身の魔法のお陰かあまり疲れを見せない。

 ルナにとっては有難い事だが、倒れたりしないかと返って心配になるほどだ。

 だがそのおかげで夕暮れ前にはテントへたどり着く事が出来たのだった。



「ルナっ!!」



 テントの入口前で待っていた二人がルナに駆け寄り抱きしめ、同時に彼女の無事を喜んだ。

 ルナは今にも泣きそうな表情でただひたすら謝り続けていた。

 瑠璃もあおも涙を流している。

 ずっと不安で、怖かったのだ。



「ねぇ、もしかしてあの子……」



 瑠璃は涙を拭いながら藍凛あいりを指差しルナに問う。

 相も変わらず乏しい表情で三人をじっと見つめている。



「うん、ボク達の新しい仲間だよ!」



 ルナは藍凛あいりにニカッと笑いかけ二人に紹介した。



「……初めまして、藍凛あいりです。……よろしく」



 そう言って大事そうにライフルを抱えながら微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る