#28
少女が寝泊まりしていた廃墟の向かいへ入ろうとした時だった。
「待って。何か、何か思い出せそう……!」
少女はルナの服を掴み何かを思い出そうとしている。
ルナは身体を向き直し、周囲を確認しながら少女を待った。
どんよりとした空気が変わらず漂っている。
先程居た廃墟とその向かいの廃墟の間の道は広く、遺跡の出入口まで真っ直ぐに伸びている。
今も誰かが来る気配はない。
「確か、あたしはここで……。」
少女は入ろうとしていた廃墟を見上げる。
二階建てであっただろうその廃墟はアトリエ本館の大きさに近しい。
玄関側は少しだけ壁を残し、二階の床と天井は半分ほど崩壊していた。
玄関を入ってすぐの所に瓦礫が積み上がっている。
「そうだ……。」
少女はルナから手を離し後ずさりをする。
怯えた表情で目の前の瓦礫を、……正確には瓦礫の中にある何かを見つめている。
「思い出した……あたし……。」
ルナは少女の視線の先を魔力感知能力で視ると、瓦礫の中にどす黒い何かがあった。
これは瘴気……いや、これはもう闇魔法と言ってしまっていい。
闇属性の魔力を持った何かが埋まっている。
濃度が濃すぎるせいでそれの特定が出来ない。
「あの時……街が魔女に襲われて……。」
少女は地べたに座り込み、涙が溢れて止まらなくなる。
「
少女は泣き崩れ、
その現実が少女の心を絶望へと落とし込む。
――ずっと一緒だった、私の大切な友達。
少女は「隕石が」「魔女が」「殺された」、そう呟いている。
魔女が放った隕石がこの家に衝突し、そこに居た
つまりはそういう事なのだろう。
「えっ!?」
魔力感知能力を発動させたままでいたルナは、魔力の
誰かの記憶が光の粒子と共にルナと少女を囲んだかと思えば映像として流れているのだ。
――何これ!? もしかして、この子の記憶……?
その空中に映された映像は少女と瓜二つの少女……おそらく
少女の話していた通り鏡越しの外見そのもので、髪色と瞳の色は少女と違い赤みを帯びた茶色いものだった。
『くまポン、大好き! ずっと、ずっと一緒だよ!!』
少女の腕の先にある全身鏡に、ペンデュラム型に加工された藍色の宝石をネックレスとして身に付けているクマのぬいぐるみが映っていた。
部屋の中、
「…………。」
ルナは無言で少女の肩を抱いた。
幸せな日常が映像として流れている最中、泣き崩れる少女にかけてあげられる言葉が見つからない。
――羨ましい……。
そんな不謹慎な感情が横切り思わず視線を逸らした。
映像はぬいぐるみが撫でられている幸せなシーンから一変し、重たい空気が溢れる場面へと切り変わる。
少女の胸にぬいぐるみがしっかりと抱き抱えられているのを窓ガラス越しに確認出来た。
外からは怒鳴り声が聞こえてくる。
やれ「消えた」だの「人間じゃない」だの、「気持ち悪い」「怖い」。
色んなネガティブな言葉が投げ飛ばされている。
とんがり帽子を被った赤髪の女性の後ろに髪を二つに結った白髪の少女が
「そ、そんな……。」
ルナは見覚えのある人物である事にショックを受けた。
そこに居たのは紛れもない、ルナの師匠と、ルナがおばあちゃんと呼ぶ人だった。
とんがり帽子の女性は右手を高く掲げ呪文らしきものを唱える様子が見える。
瞬く間に空高くにたくさんの石が現れ、街全体を襲った。
その内の一つが
ここでおそらくぬいぐるみのネックレスがちぎれ、大通りまで飛んでいったのであろう。
映像は半壊した家全体が見える位置から横向きで映っている。
映像の先には、遠くで瓦礫に挟まれ血まみれで動かなくなった
映像はそこで動かなくなっている。
――数百年前にババアが街を襲った話ってこの事だったんだ……。
目の前に居る少女の心に傷を残したのが身内だった事に複雑な感情を抱く。
それは自分の事ではない。
だけど、少女に宿した魔力の主は彼女の大切な友達を殺したという事は事実なのだろう。
――この子を浄化したからには放っておく事は出来ない。だけどこの映像を視てしまったからには『そんな事実は知りませんでした』なんて言えない……。この子にどう説明して、どう向き合っていけばいいんだろう。
少女の肩を抱いたまま泣きそうになる。
彼女の
『オレ達魔石は魔力が尽きぬ限り生き続ける事は出来る。だけどコアが砕けたその時、生物でいう死を迎えるんだ。』
師匠から街の話を聞いた時に言っていた言葉を思い出していた。
ルナは実際にコアが壊れる瞬間を見た事はないが、砕ける前兆として
瑠璃の時もコアが震えてはいたが、明らかに違うこの空間はかなり危険な状態であろう。
ガタッ。
突然の物音が辺り一帯に鳴り響き、ルナの背筋が凍る。
無風で誰も居ない重い空気の漂うこの遺跡にはルナと少女しか居ない。
音が聞こえるのは真後ろ……入ろうとしていた廃墟からだ。
ルナが恐る恐る振り返ってみると、瓦礫がゆっくりと崩れていき、埋もれていたであろう何かの姿が少しずつ露になっていく。
魔力感知で視つけたどす黒い闇魔法から浮き彫りになるのは一体のクマのぬいぐるみだった。
胴体の一部は損傷し、片目は外れかけている。
首は半分解れており中身の綿が見えていた。
前のめりになったその状態で宙に浮かび上がっていく。
「ひっ……お、お、お、オバケー!!」
ルナは泣き叫びながら慌てて少女を抱き抱え、後ろの廃墟の左側の壁の後ろへと逃げた。
――ひ、ひとまず、この子に防壁魔法を……!
先程より硬めの、二人が入れる大きさの防壁魔法を張る。
そうして次は少女に手をかざし「
少女に魔法がかかっている事を確認し、ルナは安堵のため息をついた。
ルナが壁越しに様子を伺うとぬいぐるみは宙を浮いたまま動く気配がない。
――あのぬいぐるみ……。やっぱり、くまポンだよなぁ……。
映像のものよりオンボロではあるが姿は同じだ。
唯一違うのは首に付けていたネックレスがない事。
最後に映っていた
少女が目覚めたという場所と一致しているように伺えた。
『……ルサナイ……。』
ぬいぐるみのある方向から重い声が聞こえた。
ルナは思わず「ヒィッ」と叫び後ずさりをする。
震える自身の身体を抱き、逃げたい気持ちを必死で抑える。
今は目を背けたり、背中を見せたりするのは危険だ。
『魔女……ユルサナイ……。』
ぬいぐるみは少しルナへ向かって動いているように見えた。
『魔女……ユルサナイ。
ぬいぐるみから聞こえる声が叫ぶと同時にルナを目掛けて突進してきた。
ルナは泣き叫びながら瞬時に右へとそれを避ける。
「嫌だー!! オバケ怖いよぉ!!」
何度も突進してくるぬいぐるみを暫しの間避け続けた。
――これじゃあやってる事黒斗と同じじゃん! 何とかしないと……。
震える身体を奮い立たせて少女の元へ駆け寄る。
「そこから動かないで。ボクが逃げてって言ったら振り向かずに逃げてね!」
少女に指示すると大通りに出て、少女が居る方向とは真逆に離れた位置までぬいぐるみを誘導する。
ぬいぐるみが宿す闇属性の魔法は魔力感知能力を止めた状態でも見えている。
つまり、
知らない人が見ればぬいぐるみに憑いた怨霊にしか見えないだろう。
「あれはオバケじゃない……。闇魔法が動かしてるぬいぐるみ……。そう、ぬいぐるみ……。」
今にも足が崩れてしまいそうな程、ルナの身体は震えている。
自分を落ち着かせる事に必死だ。
ぬいぐるみは容赦なくルナに襲いかかる。
少女に魔法をかけた事でルナは魔女だと認識されたらしい。
「嬉しいけどぉ……嬉しくないよぉ!!」
泣き叫びながら必死に攻撃を避ける。
仲間を置いて一人きり、濃度の濃い瘴気の中、探していた魔力は少女の
その師匠が少女の大切な人を殺した事実と、自身を襲う闇魔法が付加されたオンボロなぬいぐるみが目の前に居る。
不安と罪悪感と恐怖が合わさり、ルナは本調子じゃない。
おそらくぬいぐるみ自身も、
言わば少女の分身同然だ。
心を宿していたぬいぐるみに闇魔法が宿る、つまりは……。
「それって結局怨霊と同じじゃん!! 嫌だぁ……!!」
容赦なく襲いかかるぬいぐるみに蹴りを入れようとするが、恐怖のあまり直前で避けてしまい、身体がふらつき尻餅をついた。
腰が抜けてしまい身動きが取れなくなる。
――マズイ。このままじゃ……。
ルナは泣きながら歯を食いしばる。
怖い。
心細い。
助けて。
……でも、このままじゃ。
「このままじゃ、ダメだっ!!」
ルナは自分を奮い立たせようと大声で叫んだ。
「ボクは、一人前の魔女になるんだ! これ以上苦しまないように、誰かを助けられる魔女になるんだ! こんなところで立ち止まってちゃダメなんだっ! 動けぇぇ!!」
ぬいぐるみは右手からどす黒い闇魔法を放ちルナに襲いかかる。
――そうだ、アイツの魔法は闇属性だ! 闇属性ならボクの魔法で太刀打ち出来る!!
ぶつかる直前で防壁魔法を張り、ぬいぐるみの攻撃を防いだ。
光属性の防壁は闇属性の魔法・魔力を通さない。
――勝機はある。けど……。
ルナはぬいぐるみを睨みつける。
ぬいぐるみの動きは俊敏で防壁を張るのが限界だ。
一体どうすれば。
立ち上がる事が出来たルナは襲いかかるぬいぐるみを再度避け続ける。
そんな彼女の様子を、少女はただ呆然と見ていた。
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