#27

 あれから三時間ほど経過する。

 探し人は見つからぬまま歩き回るばかりであった。

 その間、少女は一度も休憩を取っていない。

 ルナが度々休憩を提案しても聞く耳を持ってくれず、出会ったばかりの頃と変わらず疲れが出ている様子もないのだ。

 ――どうしよう。ここまで融通の効かない子だとは思わなかった……。

 焦燥感に苛まれながらも少女について行く。

 あの後、入った大きな廃墟では収穫はなく、今は隣りの廃墟の二階へ向かおうとしている。

 先程の廃墟と比べて更に広く、外観から推測して四階建てであろう大きな屋敷だ。

 一階の奥には庭であったであろう空間が広がっている。

 その中心には辛うじて判別できる滑り台とシーソーがあった。

 ――そういやぁボク達ってこういう遊具で遊んだ事も遊ぶ機会もないよなぁ。

 ルナは遠目で眺めながら考えていた。

 人間が築いた文明は凄い。

 こうして自分達がアトリエで暮らせるのも、知識を得られるのも、人が歩んだ歴史があってこそだ。

 ――ボクがロボットとして創られたうまれたのも人のおかげだ。だけど……。

 ルナは昔を思い出し、歯を食いしばった。

 人とは極力関わりたくないと、彼女は人をする。


 瑠璃と出会った森の奥に遺体らしきものを視つけたあの時、見て見ぬふりを選んだのは関わりたくないという個人的な理由が大きかった。

 師匠からも『そういうものに手を出すという事は、人と関わり繋がる事を選ぶという事だ』と、他の生物同様慎重に考えて行動しろと教わっていたのも勿論あったが、『関わりたくない』、その気持ちが一番に上回っている。

 もし少女が人間だったら、きっとその場から去っていただろう。

 ルナは考えていくうちにだんだんと苛立ってきたので、頭を振りそこで思考を停止させた。


 石造りの階段を上り二階へ到着する。

 所々床が抜け落ちており、更に天井も崩れ落ちているので足場が少し悪い。

 部屋の中は最初に訪れた廃墟と似たような構造になっていた。



「この建物、あたしが目覚めた時に居た場所なんだ。一階に居たの。」



 少女はボソッとルナに話してくれる。



「この階にある鏡であたしはこの姿を知ったんだ。」



 そう言って少女は黙り込んだまま鏡のある部屋へと案内してくれる。

 部屋に入ると目の前にはキングサイズのベッドが置かれており、『いつもここで寝泊まりしてるんだ』と教えてくれた。

 どうやら長時間付き添ってくれているルナに意識が向くようになったようだ。

 少女が見たという鏡は全身が映る長細く壁に掛けるタイプの大きな物で、床に落ちた衝撃で割れたであろう鏡の一部分が散らばっている。

 一部割れてはいるが全身を確認する分には問題なかった。

 少女は鏡の前で立ち止まり、鏡に映る自身を見つめている。



「ねぇ、ここに長期間滞在していて平気そうに見えるけど、身体の調子は大丈夫なの?」


「え? ベッドで寝てるから身体は痛くないし平気だよ。」


「それもあるけど、そうじゃなくて……。うーんと、ここ、心身に良くない瘴気が漂ってるからさ。」


「あなた、そういう類いのモノが視えるの?」


「……うん、まぁそんな感じ。」



 この時、少女は初めてルナの顔をしっかりと見た。

 ようやっと向き合ってくれるようになったと、ルナは一安心する。

 少女は自身の身体をじっくり観察し考え込んだ後、口を開き質問に答えた。



「特に不調はないけれど……よくよく考えれば、ずっと同じ所をぐるぐる巡っているわね。今まで気付かなかったけど、こんなに時間が経っているんだから藍凛あいりは遺跡から出ている可能性も十分あるのよね。」


「……うん。もしかするとキミは瘴気にやられているから気付けなかった、って考えてもいいのかもしれない。まだ確信はないけど、実際ここの瘴気は尋常じゃないから。ボクでも魔法を使ってなかったら今頃は……。」


「魔法……。」


「ねぇ、一度キミをさせてもらってもいい? 今のキミ、瘴気を身に纏っている状態なんだよ。……もしかしたら浄化する事で何か変わるかもしれないよ?」


「変わる……? もしかして、藍凛あいりを見つけられるかもしれないって事?」


「可能性は十分あると思うんだよね。どう?」



 ルナはようやっと話を切り出せた事に安堵していた。

 魔法という言葉を聞き目の色が変わった少女は腕を組み真剣に考えている。

 崩れた天井から覗き込む空は遺跡に入る前より薄暗い。

 それは瑠璃が居た森以上に暗く、ルナの目にはどす黒い瘴気が煙のように漂っている様子が視えている。

 恐らくここは瘴気の中心付近なのだろう。

 ルナ自身、いくらロボットの身体とはいえ体内に魔石を宿している。

 浄化魔法プリフィケーションを扱えるとはいえ、この遺跡に長期滞在は不可能だと理解していた。



「……少しでも可能性があるのなら。」


「いいの?」


「えぇ。」


「ありがとう! じゃあ、そうだなぁ……ベッドに座ってもらっていい?」



 少女は言われるがままベッドの上に座った。

 軋む音が部屋中に響き渡る中、ルナは右手を上にかざし防壁魔法をかけた。

 光属性の防壁は闇属性の瘴気をシャットアウトする。

 次に右手を少女にかざし、魔力感知能力を発動させる。

 濃度の濃い瘴気の中に長期間滞在しているせいか、師匠の魔力はより一層霞みがかっていた。

 ――集中しろ、宝石コアを特定しないと浄化が出来ないんだから……!

 心の中で自分を激励する。

 そうして発動させて二分半程が経過した時、ルナの目に宝石コアの形がハッキリと視えた。



「道標の石、アイオライトよ。今からお前を浄化する!」



浄化魔法プリフィケーション」と唱えると同時に少女の周りを風と淡い光が舞い上がった。

 そこから体感二十秒ほどをかけて少女の宝石コアと師匠の魔力が浄化されていく。

 浄化が終わり風が止んだのを確認するとルナは一段落ついた事に安堵したのだった。



「ねぇ、今のが魔法!? 凄い!! こんなにワクワクしたの、初めて!」



 少女は目を輝やかせて前のめりにルナを見ている。

 悪い気はしないと『どうだ!』と言わんばかりにルナはドヤ顔を決め込んでいた。



「でしょでしょ!? 魔法って素敵なんだよ! ボクには使えない魔法もたくさんあって、すっごく面白いの!! 」


「他にはどんな魔法が使えるの?」


「えっとねぇ……」



 ルナは人差し指を上に向け水魔法アクアと唱えると、人差し指の上に球体の水が浮かび上がった。

 それは球体の形に沿ってぐるぐると廻っている。

 少女の表情がぱあっと明るくなった。



「魔法って呪文を唱える事で使えるの?」


「ううん、呪文はなくても使えるよ。複数の魔法が使える者は呪文を唱える事で集中出来るから、必要な分量を正確な場所に放てるんだ。」


「へぇ、そうなんだ!」


「キミも魔法、使えると思うよ。」


「えっ、使えるの?」


「うん。キミの宝石コア……えっとね、キミの本来の姿だったクマのぬいぐるみの中に宝石が入っていて、その宝石に魔力が宿って今の姿になったんだよ。キミがぬいぐるみだった時の記憶があるのは宝石の力と形が関係しているのかもしれない。」



 ルナは少女の隣りに座り、言葉を選びながら説明をする。

 傷付けない方法で嘘をつかずに話すのはとても難しい。

 そう思いながら悟られないように、興味を持てるように言葉を口にする。

 ――おばあちゃんもだけど、師匠って、本当に凄い人なんだなぁ……。

 言葉を選べと何度も注意されたあの頃。

 過去の記憶が少しだけルナの脳裏を過ぎったが、慌てて振り払い目の前の事に意識を向けなおした。



「あたしって、どんな魔法が使えるの?」


「うーん、まだ覚醒していないだろうから何とも言えないかなぁ。キミの宝石コアはアイオライトだから、石言葉に関連する魔法だとは思うんだよねぇ。ボクの仲間もそうだからさ。」


「仲間……?」


「ねぇ、もしキミと藍凛あいりが良ければだけど、ボク達の仲間と会ってみない? 実はボク、近くにいる仲間を置いてけぼりにしたままここに来ちゃってさ。」


「えっ、戻らなくていいの? あなたの仲間、心配しているんじゃ……。」


「異常な瘴気のある場所でキミの事を放っておけないよ。それにこのまま帰ったらキミを浄化した意味がなくなっちゃう。」



 ルナはこのタイミングで『自分は師匠の魔力を探しにここに来たのだ』と少女に話した。

 師匠の魔力が少女の身体……即ち宝石コアに宿っていた事。

 自分も含めた仲間は人間ではなく魔石なのだと。



「魔力を宿した事で人の姿に変わったんだよ。だから魔法が使えるんだ。」


「へぇー! 藍凛あいりに魔法を見せたら喜んでくれるかな!?」



 少女は嬉しそうに自身の身体を観察しながら未来を想像する。



「でも、どうしてあたしは藍凛あいりと同じ姿をしているんだろう……。」



 少女は両手のひらを見つめたまま落ち込んでしまう。

 ――そうだ、それを知る為に藍凛あいりを探しているんだった。

 少女の心の中で不安が一気に膨れ上がる。



「そこなんだよねぇ。……ボクも一緒に考えてみるよ。……そういえば身体の調子はどう? 浄化して少し経ったけど、変なとこない?」


「……身体がだいぶ軽くなったかも。あと、何かを思い出せそうな予感がする。」



 あと少し、もう一押しあればと少女は呟いた。

 ――良かった。浄化の効果はしっかり出てる。この調子なら、もう少し時間が経てば状況が変わるかもしれない。

 ……後は。

 ルナは今一度状況を整理する。

 この遺跡の瘴気は尋常じゃないほどに濃度が濃い。

 先日の瑠璃が居たあの森とは桁違いに視えた。

 瘴気はネガティブな感情・物事・環境が合わさって生まれ、大地の魔力と混ざる事によって誕生する。

 考えられるとしたら過去にこの遺跡で何かが起こった可能性。

 自然災害等で犠牲者が多いと瘴気が発生する場合も十分有り得る。

 魔力感知能力で視る限りこの遺跡は住宅が軒並みにある、それなりの広さの街だったように伺えた。



「…………。」



 ルナの脳裏にふと思い浮かんだ事があった。

 数百年前、ルナの師匠が大魔女として恐れられる起因となったらしい出来事。

 ルナの言うおばあちゃんと本人から直接聞いた話ではあるが、『そういう過去があった』程度でしか耳にしておらず、実際のところは定かでは無い。



「……どうしたの?」



 ルナが声に気付くと少女が顔を覗き込んでいる。

 険しい顔をしていると心配してくれていたようだ。

「考え事をしていただけだよ」と笑って答えるとゆっくりと立ち上がり大きく伸びをする。



「どうしよっか? まだ行ってないとこ行ってみる?」



 少女は頷くと同じように立ち上がりルナの隣りに並んだ。

 その後、この廃墟の中をくまなく探したが収穫は得られず、二人は来た道を戻り廃墟の外に出たのだった。

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