#26

 時計の針が八時半に差しかかろうとしている頃。

 ルナは岩の上に座り、ただぼんやりと空を眺めていた。

 晴天の空、鳥のさえずりが聞こえてくる、平和な空間。

 昨夜の悪夢のせいで嫌な記憶が頭の中をぐるぐる廻っていたが、少しづつ落ち着きを取り戻している。

 ――二人とも、今頃心配してるだろうなぁ。

 解ってはいたものの動く気力さえなかった。


 ルナの目の前には木々に囲まれた石造りの大きな遺跡がある。

 おおよそ三階建てであろう大きな廃墟は所々壁や天井が崩れており、中の様子が伺える。

 石造りの机と椅子のようなものがルナの視界にぼんやりと映っていた。

 ――さて、っと。

 ぴょんと立ち上がり辺りを見回した所誰も居ない。

 森の深くにある遺跡とはいえ、人が住む街もそれなりの距離にあるので、いつ人と出会ってしまってもおかしくない場所だった。

 ルナは魔力感知で大地を視る事で地形すらも確認出来る。

 ――念の為にもう一度確認しとくかぁ。

 魔力ターゲットの位置と周辺の地形、人間が近くにいないかを確認する為、ルナは魔力感知能力を発動させる。



「えっ!? 嘘!?」



 ルナの目に視えたのは今回探している師匠の魔力を宿した主だ。

 しかも、

 闇雲に走ってきたとはいえ単独で目的地へ辿り着いてしまったようだ。

 ――どうしよう……一度戻った方がいいけど、ここからテントまで距離があるなぁ……。

 今から戻るとなると、二人を連れて戻った頃には昼前になる。

 大差はないと思われるが、今探して浄化してしまう方が明らかに早い。

 焦りと迷いが決断を遅らせるばかりだ。



「ねぇ!」



 背後から呼ばれルナの背筋がビクッとなる。

 力強い女の子の声だ。

 ――げっ、人間!! 背後を取られるなんてボクらしくない……落ち着け……落ち着くんだ……。

 ルナは一度深呼吸をして後ろを振り向く。

 そこには一人の少女が立っていた。

 身長はルナより若干低く、外見の子供らしさとは裏腹に藍色のサイドテールと力強い目つきが少し大人びた印象を受ける。

 スチームパンク風の服装がより一層大人びた外見に魅せているように伺えた。



「ちょっと聞きたい事があるんだけど。」


「えっ、何?」


「あなた、『藍凛あいり』って子知らない? あたしと同じ見た目をしている女の子なんだけど……。」



 少女はグイグイと近寄ってくるので、ルナは珍しくたじろいだ。

 真っ直ぐな瞳が必死さを伝えてくる。

「知らないよ」と答えると肩をガタッと崩し落ち込んでいるようだった。



「その……藍凛あいりって子はキミの家族? 同じ見た目って事は姉妹なの?」


「ううん、藍凛あいりはあたしの友達! いつも一緒だったんだけど、突然居なくなっちゃって……。探してからもうすぐ二ヶ月が経つんだけど、何処を探しても見つからないの。」


「二ヶ月……?」



 二ヶ月ほど前。

 それはちょうど師匠の魔力を探す試練が始まった頃と同じだった。

 そして、先程魔力感知で視た時、探しものは近距離にあった。

 ――もしかしてこの子が……? ……や、でも、友達を探してるって言ってるしなぁ。

 ルナは確認する為に魔力感知能力を発動させようとした。



「何処に居るんだろう……。あっちかなぁ。」



 少女はそう言って後ろを向き走り出してしまった。



「えっ!? ちょ、ちょっと待ってー!!」



 ルナは急いで追いかける。

 幸い少女の歩くスピードは余裕で追いつけるおかげで見失う事はなさそうだ。

 逆にそのせいであおと瑠璃の元へ一旦戻るという選択肢が遠のいてしまう。

 ルナの心は不安と焦りに襲われていく。

 それは二人の魔法が自身の身体に宿した事さえ気付かないほどだった。


 少女の右隣に追いついたルナは改めて少女を観察する。

 右側に纏められたサイドテールは肩にかかるほどの長さで、少しボリュームがあるおかげでルナに当たりそうになっていた。

 少女は頭を左右に動かしあちこちに視線を向けては探し人である藍凛あいりを探している。

 ――よし、今の内に魔力感知で確かめておこう。

 ルナは歩きながら魔力感知能力を発動させる。

 目の前に居るのは確かにだ。

 その魔力ははやて以外の三人と似て穢れが多く霞みがかっている。



「ねぇ、キミの名前は? あ、ボクはルナって言うんだ。ボクで良かったら一緒に探してあげるよ。」



 ルナは少女に微笑みかけながらそう言った。

 ――せっかく見つけたんだ。二人には悪いけど、今はこの子の様子を見よう。

 一緒に探しながら隙を見計らって浄化する。

 万が一テントに行く事を拒むのであれば浄化だけして二人の元へ帰ればいい。

 タイムリミットを夕方と決める事にした。



「あたしの名前……特になかったかな。藍凛あいりには『くまポン』って呼ばれてたよ。」


「く、くまポン……?」


「うん。信じてもらえるかはわからないけど、あたしは元々クマのぬいぐるみだったんだ。二ヶ月ほど前に目覚めた時にはこの姿になっていたの。」



 少女は話を続ける。

 目覚めてすぐ自身の身体の異変に気付き、近くにあった鏡を見ると藍凛あいりと瓜二つの姿をしていたそうだ。

 唯一違うのは髪と目と服装の色。

 髪型も鏡越しで見て同じだったと言う事から、サイドテールも左右対称だと理解したらしい。



「どうして同じ姿をしているのか、藍凛あいりに会えばわかるかもしれない。藍凛あいりに会えば伝えたかった事も伝えられる。だから探しているの。」



 少女はルナと目を合わす事なく話してくれた。

 藍凛あいりを探す事の方が重要なのだろう。

 ――どういう事だ? こんなにはっきりと過去の記憶があるなんて……。

 はやてに続きこんなパターンは初めてだと、ルナの脳内で疑問が一気に膨れ上がる。

 自身の事はさておき、あお達は揃って目覚める前の記憶がない。

 クマのぬいぐるみだったという話はどうも引っかかるが、彼女の言葉は真剣で、嘘をついているようには到底思えない。

 妄想である可能性もあるが現時点では判断しかねる状況だった。



「こっちに行ってみよう。」



 少女はそう言って大きな廃墟の中に入って行くので慌ててルナもついていく。

 先程いた遺跡の入口と思われる場所にあった廃墟と同様、全体的に石造りで出来ていた。

 こちらも建物の大きな崩落があった箇所がいくつも目につく。



「そういえば、キミはここでずっと一人で探していたの? ボク達以外に誰か居たりするのかな?」


「……うん。一人で探してたよ。ここで人と出会ったのはあなたが初めて。」


「え、じゃあ今までどうやって寝泊まりしてたの? ずっと野宿……?」


「……まぁそうなるかな。ここ、それなりに広いでしょ? 雨風を防げる場所はそれなりにあるし、ボロ臭いけどベッドもある。元々ぬいぐるみだからか、藍凛あいりみたいに飲み食いしなくても平気なのが幸い。」



 ――なるほど。

 食事を取らなくても平気と聞き、改めて少女もボク達の仲間であるとルナは確信した。

 ぬいぐるみだと言い張るのも、ぬいぐるみの一部に宝石が組み込まれていたか、或いは瘴気にやられて妄想があるのか。

 ……にしてもだ。

 ――この子、ボクに全く興味を示さないな……。

 一方的に質問し、答えてくれるだけだ。

 藍凛あいりという名の少女を探す事以外眼中に無い。

 少々不満を抱えながらも再度魔力感知能力を発動させる。

 少女の宝石コアを確認する為だ。

 こう動き回れてしまっては移動しながら視るしかない。

 ――どうも歩きながらだと集中力に欠けるなぁ……。

 はやてほどの霞であればすぐ視えるのに、とルナは心の中で嘆いた。


 ルナは少女について行きながら魔力感知で周辺を視ていく中で気付いた事があった。

 ――瘴気の濃さが尋常じゃない。瑠璃が居たあの森以上だ……。

 ルナは遺跡に入ってすぐに違和感に気付き、自身に防壁魔法をかけていた。

 お陰様で今もこの空間で平然としていられる。

 二人をここに連れて来なくて良かったのかもしれない。

 ふと脳裏を過ぎった。

 ――二ヶ月間ここに居て平気でいられるなんて……それほど見つけたいという思いが強いのかもしれない。

 ルナは念の為、気付かれないよう立ち止まっている時に二人が入れる大きさの防壁魔法をかけた。


 入った廃墟の中はアトリエ以上に広い。

 本館六つ分はありそうだ、とルナは考えていた。

 天井のほとんどが崩れ落ちているせいで所々足場が悪い。

 瓦礫がれきをよじ登ったり避ける等をして奥へ進んでいった。

 少女は移動に慣れているようで颯爽と進んでいく。

 ついていくのに精一杯だ。

 廊下と思われる場所は床にカーペットのようなものが敷かれているが、かなりの年月が過ぎているのもあり腐っていてボロボロだ。

 割れた床のタイルから雑草が長く伸びている箇所がいくつもあった。

 この廊下はとてつもなく長い。

 左側にあるどの部屋も一部の壁や天井が崩れ落ちており、部屋の中にある家具が崩れ落ちた壁を越して露となっている。

 木製の家具は朽ちていて原型を留めていない。

 一部の石造りの家具だけそのまま残ってはいるが、崩落によって割れていたり壊れているものもあった。

 反対に右側は壁と窓があったと思われる穴が所々崩れて残っている。

 瓦礫がれきの下を探ればお宝が眠っているかもしれない。

 そんな探究心がルナの心に芽生えていた。



「キミってこの遺跡で目が覚めたの?」


「そうだよ。目覚めてからずっとここに居る。眠っている間に何が起こったのかわからないのよ。唯一覚えているのは藍凛あいりと過ごした少しの期間だけなの。」


「なるほど……。眠る前の事は全てを覚えているわけじゃないんだね。」


「……そういう事になるわね。」


「じゃあ、眠る前のキミは何処に居たの? 眠る前も遺跡にいた?」


「……ううん。遺跡じゃない。大きい家の中だったのは覚えてる。」



 そっかぁ、というルナの言葉を最後に二人は黙り込んだ。

 ルナは少女の話を整理しながら推理する。


 少女は目覚める前、大きな家で藍凛あいりという少女とぬいぐるみの姿で一緒に過ごしていた。

 遺跡の中で目覚め、廃墟の中にあるであろう鏡を見て、少女は藍凛あいりと瓜二つの姿をしている事を知る。

 おそらく住んでいた家が何処にあるのかもわからず、帰りたくても帰れないのだろう。

 二ヶ月ほど藍凛あいりを探して現在に至る。

 ――藍凛あいりという少女がぬいぐるみを連れてここまで来て、何らかの理由でぬいぐるみだけここに残された、と考えるのが理にかなっているのかも。

 そう考えると一緒に探してあげるべきは探し人である藍凛あいりという少女、若しくは少女が住む家だ。

 ルナは様子を見ながら話を切り出すタイミングを見計らう事にした。

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