#23

「あーのーなー……。」



 あれから五日程が経ち、朝の十時頃からアトリエ横の畑に皆が作業着に着替えて集合している。

 先日ルナが話していた日課を教えてもらい実行しているのだ。

 彼女に教えられた日課、それは《生命いのちを循環させる事》。

 つまりは作物等の生命あるものを育てる事で魔力を発生させ循環させるというものだった。



「重い物を持ったり運んだりだとか、高い所にある物を取ったりだったらまだ解るんだよ。流石に他はお前ら出来るだろ!?」


「えー、服汚れちゃうし……ねぇ、あお?」


「なんの為に作業着着てんだよ! 全てを俺にやらせようとすんな!!」


「だってぇ……このクワ重いんだもん……。」


「だってじゃねぇよ! 昨日の草刈り、結局ほとんど俺がやったじゃんか! つーかこれ以上一人でやんのは無理!!」



 黒斗は持っているクワをあおに渡すと不機嫌なままぐったりと地べたに座り込んだ。

 昨日・一昨日と二日にかけて作物を収穫しながら鎌で取り除く作業を地道に行っていたのだが、なにぶん女子二人は力仕事に後ろ向きで、何かと言い訳をしては黒斗に押し付けていたのだ。

 なによりここの畑はかなり広い。

 一人で土を耕していては一体何日かかるのだろうかと気が遠くなるばかりだ。



「それは流石にボクも見逃せないよー? 適材適所って言いたいところだけど、ボク達が大地の為に出来る事って限られてるんだから、最低限栽培はしてもらわないと。それにほら、収穫したら料理いっぱい、ご飯いっぱい食べられるよ?」



 ルナは三人の様子を伺いながら大きな箱を両腕で抱え青屋根の倉庫から出てきた。

 作業の指示をしてからは中で植物の本を片手に木箱を取り出しては外に出してを繰り返している。

 種まきの準備をしてくれているのだ。



「うぅぅぅ……ちゃんとやるから教えてぇ……。」



 あおは涙目で黒斗に訴えかけるが、彼は先日の疲れが取れていないおかげで座り込んだまま。

「ちょっと待って」とぐったりしたまま遠くを眺めていた。



「おーい!! 遊びに来たぜー!!」



 森の奥から坂道を下ってはやてがこちらに向かってくる。

 彼の口には持ち運び出来るようにツタで縛られた何かが咥えられていた。

 真っ先にルナの元へ向かったはやては到着すると咥えていた荷物を地面に置き、マゼンタからの伝言を伝える。



「取引の件、承諾するってよ。準備が整ったら連絡をくれって言ってた。あと……これは先日の詫びだって!」



 そう言って前足で荷物を指す。

 ルナが荷物に近付き確認すると、それは野生動物の肉だった。



「お肉だー!! やったー!! これでボクが居なくてもお肉が食べられるね!!」



 両手を上げながらぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねているルナを皆が不思議そうに見つめている。

 それに気付き、ルナは経緯を軽く説明した。


 ロボットであるルナは食事を取る事は出来ないが、魔石である師匠は自ら好んで食事を取っており、その際に修行の一環として食肉を狩ってくるように指示されていた。

 仲間が増え、皆にも食べてもらいたい思いも強くなるが、それを踏まえると自然と食肉も必要になってくる。

 今後の事を考えると自分一人で狩りに行くのは厳しくなるだろうと思っていたという。

 そんな所でタイミングよく出会ったのがはやてであり魔狼族まろうぞくだった。



「もし取引きが成立すればお互い負担が減りつつも食事が豊かになるでしょ? 皆ももちろんだけど、師匠も帰って来たら喜ぶんじゃないかって。」



 そう言ってルナは笑い、「だからサボっちゃダメだよ」と女子二人に念を押すのだった。



「……にしても、魔狼族まろうぞくって四つ足なのに器用なんだね。ツタでしっかり固定されてる……。」


「あ、それオレが括ったんだぜ! 本当は布か何かで包みたかったんだけど、あっちにはそんなもんねぇからさ。」



 荷物を見に来た瑠璃は興味津々に食肉を眺めながらはやての話を聞き続けた。

 魔狼族まろうぞくの仲間は物を紐で括って固定する事が出来ないらしく、はやてが前足と口を使って持ち運びしやすいように取り付けたのだと自慢している。

 キツく結ぶ事は出来なかったが、咥えて移動していたのもありしっかり固定されていたようだ。



「じゃあ、この荷物を冷蔵庫に入れてくるね。」


「ストーップ! 瑠璃、逃げようとしたってそうはいかないよ! ボクが入れてくるから、黒斗、監視よろー!!」



 そう言ってルナは荷物を奪いそそくさと本館へ行ってしまった。

 瑠璃は今にも泣きそうな顔で落ち込んだ後、クワを取りとぼとぼと赤屋根倉庫側へと向かって行く。

 状況が把握出来ないはやては首を傾げていた。



「皆で野菜育てようって事になって、これから畑を耕すとこなんだよ。お前も手伝ってくんね? ……と言うより、女子二人がサボらないように見張っといて。」


「畑を耕す……? あー、土を掘り起こせばいいのか?」


「うん、まぁそんなとこ。」


「じゃあオレ、あおちゃんとこ行ってく……いでっ! 何すんだよ黒斗!!」



 座ったまま会話をしていた黒斗は立った状態のはやての頭を殴る。

 はやての頭は少し高い位置にあるが、殴る分には申し分ない。



「俺はあおに『やり方教えて』って頼まれてるから、お前は瑠璃見張っといて。」


「何でだよ! オレだって教えられるっての!!」


「お前、掘るしか出来ねぇだろ。クワ持てんの?」


「そこは気合いで。つーかオマエ、あおちゃんに惚れてんだろ?」


「はぁ!? 何言って……」


「ないんだったらオレ狙っちゃうもんねー……いでっ!! なんで殴ってくるんだよ!?」


「え、ムカつくから。」



「意味がわからん!」とはやての叫び声に反応し瑠璃とあおが一斉にこちらを向く。

 はやては「なんでもない」と慌てて言うと瑠璃の元へ走っていった。

 彼女の元へたどり着くと嬉しそうに右往左往した後に勢いよく土を掘り起こしている。



「何話してたの?」



 畑の出入口で座っていたあおが両手を後ろに組んで黒斗の元へやって来た。

 それなりに近い距離に居たものの会話の内容は聞こえなかったようだ。

 黒斗は少しだけホッとしていた。



「畑耕すから手伝えって話してただけだよ。」


「そっかぁ……ふふっ。」


「何?」


「もうすっかり仲良しさんだなぁって。一時はどうなるかと思ったけど。」


「そうかぁ?」



 あおは「うん」と言うとニコニコと微笑んでいた。

 ――確かに、あのままいがみ合っていたらさっきのやり取りさえ困難だっただろうな。

 黒斗は重い腰を上げあおを連れて畑の中へ入った。

 一通りのやり方を教えた後、もう一度遠くで作業をしているはやてと瑠璃を見る。

 楽しそうに土を耕している二人の姿に少し驚いていた。

 はやて自身、コミュニケーション能力が高く親しみやすさを持っている。

 一種の才能なのかもしれないと思いながら黒斗も作業を始めたのだった。


 それから三十分程が経ち、休憩しようという事で皆で青屋根倉庫の前に集合していた。

 はやて以外はぐったりしており、壁に背中を付けて座りぼんやりとしている。



「ふぇぇぇぇ……筋肉痛になるー……。」


「俺はとっくに筋肉痛だ。」



 黒斗とあおが愚痴を零している最中、ルナが何かを持ってこちらに向かってくる姿が見えた。

 深い籠の中に大きい瓶のようなものが入っている。

 ルナは数分かけて倉庫前まで歩くと、地面に籠を置いて、中からトレーとプラスチック製のコップを取り出して並べていた。

 内一つははやて専用の深皿だ。



「じゃじゃーん! りんごジュースを持ってきたよ!!」



 ルナはコップと深皿にりんごジュースを注ぎ、「さぁ、飲め飲めー!」と言わんばかりにそれを皆に突きつけてくる。

 初めて口にする飲み物にはやてが目を輝かせる中、三人は躊躇した様子でりんごジュースを覗き込む。



「……ねぇルナ。入れてないよね……?」



 あおを筆頭に冷ややかな目でルナを見つめる。

 過去のイタズラを目の当たりにしているが故に疑心暗鬼に駆られているのだ。



「失礼な奴等だなー。そんなに何か入れて欲しいの? ポン酢とか入れちゃおっかなー。」



 企み顔で挑発するルナに三人は口を揃えて「やめて」と止めに入る。

 はやてはよく分からないままそのやり取りを楽しそうに見ていた。

 りんごジュースが皆の疲れた身体に沁み渡っていく。



「そういえばはやては誰に名前を付けてもらったの?」


「名前? シアンに名付けて貰ったんだ。マゼンタの奥さんなんだけど、走る姿を見て『この名前しかない』って思ったって言ってた。」


「ふーん、いつか会う機会があるかもしれないねぇ。そういえばあの時のマゼンタ、妻に相談しないと決められないって言ってたなぁ……。シアンってどんな魔獣なの?」


「スッゲー優しいぜ! 他の奴らと変わらず接してくれた唯一の魔獣で、オレが居続ける事が出来たのもシアンのおかげなんだ。なんつーか、マゼンタはシアンのように見えたな。」



 フムフムとルナが真面目に話を聞いている中、黒斗達三人の脳裏に《あおの背中に乗っている犬に変身したルナの姿》が過ぎっていた。



「ルナちゃんって食事にめちゃくちゃこだわり持ってるよな。オレの時もそうだけど、取引のヤツとかさ。」


「んー? そうだねぇ。ボク、身体が機械だし、起動した頃のコアは魔石じゃなかったのもあって、食事機能がないんだよね。口に入れても飲み込めないの。固形物はそれで終わったんだけど、一度ババアの好きなオレンジジュースを口に入れたらショートしちゃってさ。飲食禁止令が出されちゃって……。」



 その日以来師匠が食事を取る姿を毎度見つめていた結果作って貰えたのがだと話す。



「皆と同じ物が食べられないのは悲しいけど、コレがあるから平気だし、だからこそ、皆には食事の楽しさを味わって欲しいんだよね。」



 ――そういえは、も幸せそうに食べてたな……。

 ルナはふと昔の事を思い出していたが、首を横に振り考えるのをやめた。

 思い出したくないという気持ちが上回ったのだ。

 皆が呆然と見ている事に気付き、「なんでもない」と言うとゆっくり立ち上がり続きをしようと全員に行動を促す。

 今日中に終わらせれば力仕事は暫くはない。



「あ、あお。ちょっとだけ、種箱を運ぶの手伝って!」



 ルナはあおの腕を引っ張り強引に連れ出すと、そそくさと倉庫の中に入ってしまった。

 あおは先程の作業で腕がだる重くなっているせいか、身体が少しふらついている。



「……あお。この前はごめんね。」


「ふぇ、何の話?」


「えっと……はやてと待ち合わせした時の、怒りながらお尻に敷いたやつ。……寂しかったんだ。あおったらここ暫く黒斗のとこばっかだからさぁ……。」



 ルナは両手を後ろにしてモジモジと左右に揺れながらあおの様子を伺っている。



「そういうルナだって、『日課』だの『準備』だの言って構ってくれなかったじゃん!」



 あおはむぅー、と頬を膨らませて拗ねていた。

 言い返そうと声を出したしたルナだったが、ハッとして思い止まる。

 ――そっかぁ。んだなぁ……。

 すれ違っていただけ。それだけだったのだ。



「なんだぁ。寂しかったのは同じだったんだね。」



 ルナは「えへへ」と恥ずかしそうに笑う。

「これが終わったら一段落つくからお話しよう」と誘いを受け、あおはとても嬉しそうにしていた。

 話が終わると二人は種の入った箱を外へと運ぶ。



「今日はこれを植えて水やりしたらおしまいだから頑張ろー!」



 いつにも増してご機嫌なルナを先頭に作業を再開し、夕方に差し掛かる前に作業は終わった。

 はやては伝えた事をマゼンタに報告する為に魔狼族まろうぞくの集落へ帰っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る