Episode 4 【ミラーリング】

#24

 あれからひと月ほどが過ぎ、皆が日課にも慣れ、ゆったりとした時間が流れていく。

 はやてが遊びに来る事以外は特に変化のない日々を過ごしていた。

 彼は魔獣の姿であることを活かす為にマゼンタの元で修行をする事になったそうで、集落とアトリエを頻繁に往復している。

「泊まっていけばいいのに」とルナが言うと、落ち着くまでは修行に集中したいという理由で日帰りコースを選び続けていた。



「プンプクパンパンペンペンポーン♪ 」



 ルナは朝からご機嫌な様子で歌いながら身支度をしている。

 今日から三日ほどに出るのだ。

 ルナは度々敷地を出ては師匠の魔力を探し回っていたのだが、つい先日、敷地外から更に遠くの方に視えるのを確認している。

 ここから感知した場所までの移動と探索時間を逆算した結果、二泊三日が妥当だと彼女は判断していた。

 ――二人はもう準備終わったかなぁ?

 今回の旅はあおと瑠璃に同行してもらう事になっている。

 二人の魔法の効果はほぼ確実と言っていいだろうと判断したルナは、現地で魔法をかけてもらい、最短で見つけようと計画を立てていた。

 あと、ただ単に一人は寂しいのだ。

 準備を終えたルナは三日月の形をしたショルダーバッグを身につけ一階へと降りるが、二人はリビングルームには居なかった。

 今も準備に時間がかかっているのだろう。

 簡易魔導テントで寝泊まりをする事になるので実際のところは出会った時と同じように手ぶらで旅に出られるのだが、何分なにぶんアトリエでの生活に慣れてしまうとが欲しくなる。

 かく言うルナも鞄の中に色んな物を詰め込んでいた。



「おっ、来た来た!」



 二人が階段から降りてくる音を聞き、ルンルン気分で振り向く。

 姿を確認するとソファーを離れ二人の元へと向かった。

 それぞれ形の違うショルダーバッグを身につけている。

 ルナは興味津々に二人の持ち物について尋ねた。

 瑠璃は分厚い小説と日記帳が鞄の中にすっぽりと収まっている。

 日記帳は初めて出会った時から所持している物だ。

 あおの鞄の中にはショルダーバッグにギリギリ収まる大きさのスケッチブックと色鉛筆、少しばかりのおやつが入っていた。



「ルナは何を持っていくの?」


「うーんとね……。」



 瑠璃に聞かれ鞄を開けて取り出したのは、ルナの大好きなでんきあめとカラフルな正方形の立体パズルだった。

 七×七の四十九マスに分割されているそれは六色がバラバラに配置されている。

「これが中々に難しくて、良い暇つぶしになって面白いんだよ。」と笑顔で話していた。

 他にはいい案が思いついた時用の、何も付加エンチャントしていない無属性クリスタルと魔晶石をポーチの中に忍ばせている。



「忘れ物はないよね? じゃあそろそろ行こうか。」



 ルナを先頭に本館を出て畑横を通ると作物の世話をしている黒斗の姿があった。

 種植えと受粉、収穫以外の作業は当番制を設けられている。

 今日から三日程の間は黒斗に代理を頼んでおり、帰宅後に彼の当番の日を日数分、三人が代わりに作業を行う予定になっていた。

 本館横にある水道の蛇口を捻り、畑全体に配置されているスプリンクラーで水やりをしながら作物の状態を確認する内容で、作物の確認が終わった頃には水やりが完了している流れだ。

 それはルナが予め水やりと確認が終わるまでの時間を計算した上で種植えを行っていたから成り立っている。



「おーい、黒斗ー! ボク達、そろそろ行ってくるねー! 本館は開けたままにしてるから!!」



 ルナが大きな声で呼びかけると彼は気付いて顔を上げた。



「それじゃあ、あお、借りてくねー!」



 瑠璃はニコニコしながら軽く手を振る。



「……行ってきます。」



 あおは黒斗の目を見て微笑んだ。



「……いってらっしゃい。」



 挨拶を交わし三人は出発する。

 森に入ると、ルナは「ポンポコポン♪ 」と意味の無い言葉を並べ楽しそうに口ずさんでいた。

 自然と二人も笑みがこぼれる。



「ルナったら、いつにも増してご機嫌さんだね。」


あおと瑠璃の三人で泊まりのお出かけなんだよ? 旅行や観光じゃないけど嬉しいの!! だってあおったら黒斗のとこばっかりだから。」


「ふぇ!? そ、そんな事ないもん。」


「そんな事あるよー。ねー、瑠璃?」



 瑠璃に笑顔で頷かれ、あおはあわあわとしている。

 からかいがいがあるなぁとルナはニシシと笑った。



「本当は二、三日くらい魔法でどうにか出来るんだけどさ。はやてに知らせられなかったから黒斗には残ってもらった方が良かったんだよね。女子の時間も欲しかったし!」


「ほへぇ……。魔法でどうにかなっちゃうんだ……。」


「そうだよ! 作物のチェックだけはどうにもならないけど、現時点ではそんな影響ないし。ババアがしばらく出かける時とか、楽しようと水やりだけ魔法でチャチャッと済ませてた事があって。だけどすぐにバレちゃって怒られた事が何回もあったなー。」


「そうなんだ……。」


「これからは魔狼族まろうぞくとの取引もあるし、あおも害虫駆除はサボっちゃダメだよー? 黒斗に頼るのも禁止! 瑠璃もね!」



 虫が苦手な二人は念を押されガクッと落ち込んでいる。

 ――とは言ったものの、よくよく考えたら黒斗も虫苦手だったかも。

 見ている分には平気な様子だったが、向かって来られたり服や身体に付いただけで叫んでいた事をルナは思い出していた。

 ――黒斗って警戒心が強いのか、殆どのイタズラは避けられるんだよなぁ。

 一度だけ躓かせる事に成功したが、それ以来は全て失敗している。

 大抵の物事でビビっている彼を驚かせる事は、ルナの中ではイタズラとしてカウントしていない。

 帰ったらどんなイタズラをしようか、とよからぬ事を企みながら代わり映えのない森の中をただひたすらに進み続けていた。



 一方その頃、三人が森の奥へ入っていくのを見届けた黒斗は作業を再開していた。

 畑で行うのは作物の成長具合の確認と間引き、害虫駆除が主な作業だ。

 幸い作物に虫はほとんど付着しておらず間引きも必要がなかったので、確認と雑草抜きだけで済んだ。

 青屋根倉庫に置かれている竹籠の中に引っこ抜いた雑草を入れていく。

 無心で始めて三十分程で終わらせると、本館に赴き冷蔵庫にある麦茶をコップ一杯分飲み干しひと息ついたのだった。


 ――さて、と。

 黒斗はダイニングテーブルの椅子に座ると地図を広げ今日の目的地を定める。

 あおと一緒に行く事が増えてからは行きたい場所や気になる場所を相談して決めていたので、こうした単独行動は久しぶりだった。

 現在時刻は九時半を過ぎた辺り。

 スピーダーを身につけるようになってからは行動範囲が格段に広がったので、敷地内のほとんどの場所は日帰りで行く事が出来る。

 ――いい機会だし、はやてが来ないんなら日暮れまで歩き回ろっかな。

 黒斗は未だ行った事がない東南側を探索する事にした。

 地図を片手に外へ出て周囲を見渡す。

 いつもならこの時間にはやてがやって来て、共に時間を潰しては夕方に帰って行く。

 今は誰も居ないし、はやてが来る気配もない。

 いつにも増して静かな空気が流れている。

 もう一度周囲を見回し誰も居ない事を確認すると、黒斗はそのまま出発したのだった。


 地図を何度も確認しながら目的地へとひたすら進んでいく。

 アトリエ周辺はたまに木がポツポツある程度の草原が広がっている。

 別館のベランダから見えていた水車の前を通り過ぎ、小さな川を越えた奥にある風車が三つある場所へと辿り着いた。

 風がゆったりと流れているおかげで風車の羽根車もゆっくりと回っている。

 来た道を振り返るとアトリエが小さく見えており、黒斗はそののどかな光景を少しばかり眺めていた。


 移動を再開し数分ほど歩くと木々が多く茂る森の入り口へと辿り着く。

 森の中に入ったかと思えば広がった場所が見られたりと、飽きが来ず且つ探究心がくすぐられるような景色が続いている。

 前へ進む毎に今後の探索コースの候補が次々に浮かび上がっていった。


 出発してからおおよそ二時間。

 間に休憩を挟みながらたどり着いた場所は、木々に囲まれ程よく日差しが差し込む小さな花畑のある場所だった。



「ここ、連れてったら喜ぶだろうな……。」



 黒斗は平べったい大きな岩の上に座る。

 いつもの癖で右側の端っこに座っている自分に気付き驚いていた。

 黒斗は座り直す事もなくそのまま辺りを見渡す。

 目の前にある黄色と白の小さな花達は、まるでステージ上でスポットライトを浴びている主役のように咲き誇っている。

 彼女の喜ぶ姿が脳裏を過ぎった。


 ――なんだろう。たった三日、一人で過ごすだけなのに……

 寂しくなるなぁ、と無意識に顔を左に向けた。

 誰も居ないハズのそこで、いつも隣りに居る彼女が楽しそうに絵を描いている姿を思い描き、それは直ぐに目の前で消えてしまった。


 ため息が零れる。


 黒斗が一人で一日を過ごすのは目覚めたあの時以来だ。

 一人暮らし同然の生活をしているとはいえ、別館を出ればルナ達がいる。

 自分を見知って受け容れてくれている仲間達が同じ場所にいるのだ。

 今この時、自分一人だけがこの敷地内にいる事実を思い知り黒斗は少しだけ怖くなっていた。

 居場所がある今はあの頃とは違うのだ。



「……んんん?」



 黒斗は何気なしに別れ際のやり取りを思い出していた。


『それじゃあ、あお、借りてくねー!』


 あの時、瑠璃が黒斗に向けて言った言葉だ。

 特に気にする事もなく受け取っていた彼は、その意味に気付き段々と顔が熱くなっていく。



「か、か、か、借りていく……!? ちょ、ちょっと待てって!!」



 黒斗は一人慌てふためいていた。

 はやてに続き瑠璃にもからかわれより一層恥ずかしくなる。

 ――いやいやいや。そんな、お互い目的があって一緒に行動してるだけであって、そんなんじゃ……。

 確かに一緒に過ごす時間は多い方だとは思うけれども!、と二人に話すところを想像してふと我に返った。



「……そうだ、この後も歩き回るんだっけ。」



 こうしている間にも時間ばかりが過ぎていく事に気付く。

 気持ちを切り替えようと何度も頭を横に振り、一度深呼吸をしてから修行を始めるのであった。

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