#21

 あれから突風が吹く度に身体がよろけ、立ち続ける事が困難な状態となった。

 ルナは瑠璃の手を引き、倒れないように支えながら黒斗達の元へ向かう。

 リュックとレジャーシートは一瞬で何処かに吹き飛ばされてしまったようだ。



「皆、今すぐ森の中に隠れて! 黒斗は防壁魔法の準備! 早く!!」



 彼女の切羽詰まった表情は誰もが初めて見る。

 それはこの場が一瞬にして危険地帯と化した事を実感させた。

 三人は何度も突風に倒されながらも無事森の中に入り、大木の後ろに隠れる。

 ルナはその様子を確認すると、魔力の主が居る方向に好戦的な表情を浮かべて見つめていた。



「さっきからチラついてんの、視えてたんだよねっ!」



 丘の中心部まで移動し迎撃体勢を取る。

 ――間違いない。あの時……だ!

 他の魔獣・宝石達とは明らかに違う大きな魔力の持ち主……それが、はやての言うだ。

 マゼンタと対峙しようにも、森の中では分が悪い。

 強力な魔力の持ち主同士での戦いは森林を破壊してしまう為、こちらに来てもらう必要があった。

 何もして来ないようであればこちらも見て見ぬふりを貫くつもりだったのになぁ、とルナは心の中で呟く。

 しばらく待つと突風が止み静かな時を刻むと、ズシッ、ズシッと大きな足音を鳴らして姿を現した。

 白い体毛に赤い模様が施されたその見た目は美しく、模様ははやての身体のものと似ている。

 全長約三メートルほどの大きな魔狼族まろうぞくだ。

 その魔獣は真っ先にはやての元へ行き、ゆっくりと口を開く。



はやてよ。我らに隠れて出かけたかと思えば人の子らと交流していたなど許されるものではないぞ。」


「ま、マゼンタ……。」


「……だが、人の子に決闘を申し込んだ姿勢に免じて水に流してやろう。人の子は我ら魔狼族まろうぞくと狼達の敵なり。それを忘れるでないぞ。」



 マゼンタと呼ばれたその魔獣の言葉には圧力を感じられる。

 沢山の手下を従えているだけあり貫禄も現れていた。

 はやてに要件を伝えた魔獣は視線だけをルナに向け更に話を続ける。



「……にして人の子よ。我が手下に何を吹き込んだ? 何を目的で奴に近付いた? 魔力の様子を変えたのもそなたであろう?」


「……そうだよ。ボクがはやての魔力を浄化したんだ。正確にははやて宝石コアもね! ちなみにボク達は人間じゃない。魔石の魔族、だ。」


「ほう……そんな種族、初めて耳にするぞ。それに、お前だけ身体が違うな? お前は魔石族の長か? 名は何と申す?」


「名前を聞く時は先に自分から名乗り出て欲しいもんだねぇ! ……ま、いいや。ボクはルナ。ボク達の種族に長なんてない。強いて言えばボクが代表者、かな。」


「……ルナか。……我が名はマゼンタ。魔狼族まろうぞくの長なり!!」



 マゼンタは牙を剥き戦闘態勢を取った。

 彼の様子からして話し合いだけで和解出来る状況ではない。

 やっぱりこうなると思った、とルナは視線はそのままに大きくため息を吐いた。



「まぁまぁ、そう警戒しないでさ。話し合おうよ? ボク達は魔狼族まろうぞくと敵対するつもりはないんだ。」


「では何故、はやてと接触した? 何故なにゆえはやての魔力に浄化とやらを施した? 」


「それはね、はやてに宿す魔力はボクの仲間の魔力の一部で、ボクの捜し物だからだよ。浄化をしたのは、その魔力と彼の宝石コアが瘴気に当てられて穢れが溜まっていたからだ。キミなら気付いているだろうけど、心做しか彼は元気になったと思わない?」


「……ふん。そこは否定はしないが、魔力を捜しているとは何とも胡散臭い話だ。それで、お前ははやてをどうするつもりだ?」


「えー……、どうって、今キミの集落で暮らしてるんでしょ? 本人がそこで暮らしたいんならボクは何も言わないよ。ただ、として力を貸して欲しい時に手伝ってもらいたいだけさ。もちろんキミ達には迷惑をかけるつもりはない。」


だと……? 何を抜かしておる? はやてはれっきとした魔狼族まろうぞくだ。お前らとは違う!」


「融通が効かないんだねぇ。キミくらいの強者ならそれくらい見抜けるだろ? 明らかに体内の魔力の在り方が違うじゃないか!」


「……フン。関係ない。我らの仲間に入った時点であやつは魔狼族まろうぞくだ。……やはり、お前らはここで消しておくべきか。」



 そう言うとマゼンタは身体を向き直し右の前足でルナを薙ぎ払った。

 ルナは後ろに飛び下がりその攻撃を避けると続けて戦闘態勢を取る。

 森の中に隠れている黒斗達は思わず息を飲んだ。



「……話が通じないんなら仕方がないね。気の済むまで相手してあげる! ……黒斗! 防壁で皆を守って!! 絶対にそこから動かないで!!」


「へ!? は、はい!!」


 黒斗は慌てて右手を差し出し防壁魔法を張る。

 直径三メートルほどの薄紫色の防壁が黒斗達をすっぽりと囲っていた。

 マゼンタの風魔法が丘一体を吹き荒れ、何も無いのに木々や葉が斬られていく。

 黒斗の防壁魔法のおかげで三人は無傷でいるが、風の影響は少しだけ受けているように見えた。



「え、ちょ……むっ、無理無理、無理!!」


「く、黒斗くん、大丈夫!?」


「だ、だ、だだだだだだ……」



 ――これは、大丈夫じゃない!!

 黒斗は動揺した上に冷や汗をかき身体が震えている。

 瑠璃はどうすればいいのだろうと必死で考えた。

 逃げる事も立ち向かう事も出来ないこの環境下で、果たして言葉だけで落ち着かせる事が出来るだろうかという疑問の方が上回ってしまう。

 防壁の外側は嵐のように風が吹き荒れているのを見て、瑠璃自身も恐怖心を抱いていた。

 ルナの言う通り、動いてしまう方がかえって危険である事を実感する。



「…………。」



 瑠璃の左側に居るあおの身体から淡い光が溢れている。

 左手を胸に当て祈る姿をただただ眺めているとすぐに光は収まり、瑠璃の恐怖心が和らいでいった。

 視線に気付いたあおは笑顔を見せたので、瑠璃はすぐにお礼を言い微笑み返す。



「……? 黒斗くん、どうかしたの?」



 ふと目の前に居る黒斗は驚いた表情のまま固まっている。

 不思議に思い瑠璃が尋ねてみると、彼は「なんでもない」と答え、自身の後身頃を掴んでいるあおにお礼をすると前を向きルナ達の様子を伺っていた。


 ルナとマゼンタは同時に飛びかかると、ルナは右足を、マゼンタは右前足をお互いに向け攻撃を仕掛ける。

 勢いよくぶつかるとバァンという音が鳴り響き、お互いが後方に飛ばされた。

 一手目の手応えは十分にあり、互角のようにも見える。

 瞬時にもう一度向かってくるマゼンタの口から光と共に強風が現れ、それはルナの元へ向かっていく。

 ルナは「風魔法ブリーズ」と唱えると風の力で空高く飛び、更に水魔法アクアをマゼンタに放った。

 先程のくまくまベアーの時とは違い水は鋭く尖っており、避けられたそれは地面に刺さり凹みが出来ている。

 一瞬にして殺意の混ざった重い空気に変貌した事に黒斗達は息を飲んだ。


 マゼンタの表情が変わり、彼の周囲を先程以上の強風が円を描いて外側に向かって吹き荒れた。

 ルナはこの強風の中微動だにしていない。

 黒斗達に視線だけを向けると、右手のひらを地面にピッタリと付けて呪文を唱える。



土魔法アース!!」



 ルナの手から黒斗達に向かって、まるでモグラが移動しているかのように地面の跡が動いていき、三メートルほど手前で三十センチほどの分厚い土の壁が天に伸びていく。

 彼の強風は土の壁すらも切り裂き、瞬く間に崩れ去っていったが、ルナの土魔法アースのおかげで黒斗達に届くことはなかった。



「……やべっ。揺れてる……!」



 黒斗は自身でかけた防壁魔法の力が弱まっている事に気付き再度防壁を張る。

 強風の攻撃を受け続けている為、定期的にかけ直さないといけないようだ。

 防壁が安定した事と二人が無事である事を確認し、黒斗は安堵のため息をついた。


 戦いが始まり十分程が経過する。

 魔法と物理攻撃を繰り出しでも尚、二人の動きが劣る事はない。

 少なからずルナはまだ余力を残しているが、表情を見るからして相手も余力があるように見えた。

 力はほぼ互角と言ってもいいだろう。

 ルナは少々、この戦いを楽しんでいるように見える。

 余程の事がない限りは本気で身体を動かす事などないからだろう。



「……はやて。」



 ルナの攻撃を弾き返し、体勢を整えたマゼンタが目も合わせずにはやてに話しかける。



「お前は森の中に身を隠しているルナとやらの仲間を始末しろ。」



 この場にいる全員の身の毛がよだつ。

 魔狼族まろうぞくの長の命令は絶対だ。

 長に従えない者は長の手によって

 皆と同じ、目覚めて間もないはやてはそういう場面を見た事があった。

 だからこそと諦めていたのだ。



「我ら魔狼族まろうぞくに属する者よ。 我とて同士を殺めるなどしたくはないのだ。」


「「「「!?」」」」



 殺るか殺られるかの選択肢しかない。

 はやての身体は目に見えてわかるほど震えていた。



「そんな……それって脅迫じゃねぇかよ……。」



 黒斗の言葉がマゼンタの気に触り、彼の瞳孔が開く。

 それと同時に更に強力な突風が吹き荒れた。

 はやての身体は耐えられず倒れ、黒斗達の近くにある木まで飛ばされ叩きつけられてしまう。

 瑠璃とあおはやての名を呼ぶ。

 二人の声ははやてに届き、彼の耳がピクっと動いた。

 朦朧とした視界に映る三人の姿が入り込むと、はやては食いしばり、涙を零していた。



「……無理だよ。オレ、皆を殺すなんて、出来ねぇよ……。」



 倒れ込んだまますすり泣く彼に誰も言葉をかけてあげる事が出来ずにいた。

 このまま殺されてしまうのだろうか、とはやてはだんだん思い詰めていく。

 皆、同じ恐怖を抱えている。

 今は生きていたいのだ。



「……お前はどうしたいんだよ。」



 黒斗は重い口を開いてはやてに問う。



「……こんなん嫌だよ。皆を殺したくねぇ。でも、殺らなきゃ殺される……。」


「大事なのはだろ。なんでお前は、俺達と会う事を選んだんだよ? 」


「そ、それは……。」



 はやては倒れ込んだまま思い返す。

 あの日、ルナに誘われたあの時、はやては思っていた。

 仲間として受け入れてもらえるのではないか。

 友達や恋人が出来るかもしれない、と。

 だからあの時、マゼンタの目よりも会う事を選んだのだ。



「……オレ、オマエらを襲ったりしねぇ。皆と、仲良くなりたい!!」



 そう言って涙を前足で拭い、ゆっくりと立ち上がると真剣な眼差しで黒斗の目を見る。

 それは覚悟を決めた漢の顔だった。

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