#20
持ってきたお菓子も食べ終わり、
まともに交流しようにも相手が拒んでいるのだ。
その癖対抗心を燃やしているかのように挑発した表情で時折黒斗を見ている始末。
フラストレーションが蓄積されていくばかりだった。
「
「さぁ……? 自分では触らねぇと言うか、触れねぇしなぁ……。何なら触ってみる?」
ルナが背中をポンと軽く叩くと「もふっ」という擬音が響いたかのような柔らかさが目でわかるほど、彼の体毛は長くフサフサしている。
「ルナちゃんってそういう感触わかんの?」
疑問に思った
「うん、何となくは。百パーセントではないと思うけど、お布団とかキミのふわふわとかはわかるよ。……見たまんまでフサフサしてるんだね。」
「へぇ! ねぇ、わたしも触ってみてもいいかな?」
「おう! いいよ!」
今度は瑠璃が
気持ち良さそうにしているその姿を黒斗はドン引きした眼差しで眺めていた。
「
「ふぇ!? う、うん……。」
触られている本人は尻尾を振りご満悦な様子だ。
黒斗はその光景を目の当たりにし、思わずムッとしてしまう。
そんな彼を、
「なんだよオマエ、もしかして妬いてんの?」
「……は?」
二人はガンを飛ばしながらゆっくりと立ち上がっていく。
――初対面で喧嘩はマズイな……。ボクなら止められるけど、その後の
ルナは警戒体制を取り二人の様子を伺う事にした。
「
「……さっきから何なんだよお前。露骨な態度ばっか取りやがって、こっちは何もしてねぇだろ。」
「なんだよ、やるってのか? いいぜ、勝負事は大好物だからな! なんなら、
「なっ……!!」
この場にいる全員の表情が変わるほど、先程以上に険悪なムードが漂っていた。
様子を見ていた三人もゆっくりと立ち上がり、瑠璃は
一度大きく深呼吸はしたものの、怒りのあまり拳に力が入り身体が震えている。
「やだね。本人の意思を無視した賭けなんてやらねぇよ。そもそも賭け事は嫌いだ。」
「なんだよオマエ、怖気付いたのか?」
「ちげーよ。お前のせいで
逃げてんじゃねぇよ、と煽りながら
隣りに居る瑠璃からも「流石にそれは違うと思う」と釘を刺される。
少しの間俯いたまま黙り込むと、再度
「賭けのない勝負だったら相手してやる。」
黒斗は上着の袖を捲り上げると
「……じゃあ何で勝負するよ? 殴り合いか?」
「じゃあ競走なんてどう? 黒斗も足が速いしさ。」
「コイツが?」
「ボクでも追いつけないくらい速いんだよ。ねー?」
そう言うとルナは笑顔で黒斗を見て返事を待っている。
――ちょっと待て。どう考えても不利だろ……。
人型と魔獣。出会った時の走る姿からも
勝敗は明らかなのだ。
「まぁまぁ。黒斗なら大丈夫だからさ!! いいよね?」
ルナは少々企んだ顔で二人を交互に見ながら同意を求めてくる。
ここで負ければ恥を晒すだけ。
そしてこの空気は、逃げられない。
黒斗は渋々承諾する羽目になった。
二人が競走するのは丘を半分に割った位置で、木々の数十歩ほど手前にスタート地点とゴール地点を直線で走るコースだ。
話し合いの結果、スタート地点に瑠璃、ゴール地点に
「……ねぇルナ、本当に大丈夫なの? 」
「大丈夫。策は立ててあるから。」
「……?」
「さぁさぁ、瑠璃も位置について!」
ルナは瑠璃の背中を軽く叩くとこの場を後に去ってしまった。
――痛い……。
軽く叩かれたハズなのに結構痛いと瑠璃は泣きそうになっていた。
瑠璃が正位置に着いて少し経過した頃、ゴール地点に着いた
準備運動をしている二人に声をかけ、スタートライン……と言っても芝生なので線は引けないが、そこに立ってもらう。
「それじゃあ行くよ! よーい、ドン!!」
瑠璃が左手を上げると二人は一斉に走り出した。
先陣を切って走っているのは
だんだんと黒斗は距離を離されていく。
――こんなん、どうやっても無理だって。つーか俺そんなに速くねぇし!!
少々泣きそうになりながら無我夢中で走る。今は走り続けるしかないのだ。
遠くから応援の声が聞こえる。
二人の声が、今の唯一の支えだった。
「黒斗ー! いいモノを連れてきたよー!!」
後ろから聞こえるルナの声に反射的に顔を向けると、そこには見覚えのあるものがあった。
否、正確には見覚えのある魔獣だ。
二時間ほど前にルナが蹴飛ばした、グレイッシュレッドの体毛を持った
ルナがくまくまベアーと呼ぶその魔獣の背中に乗り、全速力で向かってくるのだ。
心做しか魔獣は泣いているようにも見える。
「さぁ、くまくま! 走れ走れー!!」
「なんつーもんを連れて来てんだよ、馬鹿!!」
ルナが魔獣を連れてきたおかげで
勢いよく向かってくる魔獣から黒斗はただひたすらに
大声で泣き叫びながら走るそのスピードは
そのままゴールへ到着はするものの、逃げる事に精一杯な彼は止まることなく森の奥へと入ってしまった。
ルナはゴールを確認すると走る魔獣から飛び降り盛大に森の奥へと蹴り飛ばす。
「作戦成功!」と叫ぶと犬の姿に変身し、瑠璃の元へ走って行った。
――ルナちゃんを敵に回すのは止めよう。
驚愕していた
数秒遅れで到着した彼をゴール役の
「……驚いた。アイツってあんな速ぇの?」
暫くすると森の奥から彼が歩いて戻ってくる姿を確認出来た。
「……ったく、魔獣相手に泣き叫ぶなんて情けねぇな。」
「黒斗はビビりさんだから、ちょっとした事でも怖がって驚いちゃうんだよ。」
「……へぇ。……それはそうと
二人が笑いあっている姿を森の奥から見ていた黒斗の心にもう一度苛立ちが込み上げる。
先程、
――確かに、なんでこんなにイラついてるんだろ……。
だが、理由はそれだけではないハズだ。
怒りが混ざった色んな感情が頭の中をぐるぐる廻っていく。
それは考える事すら放棄したくなる程に。
「……なんだよ! そんなズルでオレに勝ったと思うなよ!!」
「……もういい。」
「えっ?」
戻ってきた黒斗を再度煽る
先ほどとは違い思い詰めた表情で睨む彼は精神的に疲弊仕切っている。
「……話聞いて、もしかしたら友達になれるかもって思ってたのに。もういい。……もう、疲れた。話しかけて来んな。」
黒斗はそのまま荷物のある場所まで重い足取りでとぼとぼ歩いていく。
新しい仲間が男であるとルナから聞いたあの時、彼は純粋な気持ちで喜んでいたのだ。
居心地がいいとはいえ男は自分一人、心細いと思う部分もあった。
だからこそ友達が出来れば
そんな様子を少し遠くから見守っている瑠璃とルナが心配そうな顔つきで話し合っていた。
「……ねぇ、ルナ。もしかして
「えー……? そんな風には見えないけど……。」
「わたしも初めはそう思ったんだけど……。」
「うーん……。瑠璃の勘は能力も相まってよく当たるからなぁ。もしそうだとしたら相当な捻くれ者だな。」
ハァ、とルナは大きなため息をつく。
黒斗が
いくら男であるとはいえ彼は根が真面目で優しい性格の持ち主だ。
例え誰かを殴ったとしても本気で殴る事は出来ないだろう。
なにより少しの事で怖がって逃げてしまうのであれば尚更戦いには向いていない。
自分達が同じ種族とはいえ
魔石は頑丈ではない。
それを踏まえた上でルナは競走を提案したのだ。
重い空気になってしまったとはいえ、何とか喧嘩を終わらせられた事に安堵していたのだった。
「黒斗……、待って!」
黒斗は上着の後身頃を
怒りに振り回され一人になりたいと願う負の感情と、彼女が来てくれた事で口元が緩んでしまった複雑な心境に頭が追いつかず、どうすればいいのかわからず立ち止まってしまった。
「あの……さっきはありがとう。」
「……え?」
「怒ってくれたの、凄く嬉しかった。」
「……当たり前の事をしただけだよ。」
少しの間だけ、無言の時間が流れる。
何をどう話せばいいのかわからないのだ。
「……あのね、私も同じだなって思っちゃったの。」
「えっ?」
「……あの時の私、黒斗の気持ちを無視して勝手についてって。嫌な思いさせてたんじゃないかなって……。」
――あの時。
それが修行の為に森の中に行った時の事であると理解するのに少しだけ時間がかかった。
黒斗は頭を整理しながら思い返す。
答えを見つけるのに必死だったあの時、驚きはしたが嫌だと思った事は一度もなかった。
「……嫌だと思った事はねぇよ。寧ろ……」
そう言うと身体を後ろに向け、
「お前の絵、毎回楽しみにしてんだから……その……また見せてよ。」
「……うん!」
気恥しそうに微笑み合うと、二人はそのまま荷物のある場所まで歩いて行く。
ルナと瑠璃は安堵し、一人佇む
落ち込んだ様子の彼に声をかける事も出来ず、ただただ時間ばかりが過ぎていった。
……その時。丘全体に突風が吹いた。
それは人が立っていられないほどのとてつもない強風で、ルナ以外の全員が地面に叩きつけられる。
風が収まり再度立ち上がった
「マズい……アイツだ。
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