第3話 訓練
「さぁ、今日から訓練をしましょう!」
「……はぁ」
「なんでそんな怠そうなんですか!人間と戦うためには訓練が大切なんですよ!」
精神世界にて、俺は
「それじゃあ飛ぶ訓練からです!さぁ念じて!」
「無理だろ!俺はただの人間だぞ!?」
「気合です!さぁ!」
この調子で無理難題を押し付けてくるのだ。有紗曰く「人間と戦うなら飛べたほうが有利」らしいのだが絶対に無理だ。能力も『EMPTY』だから飛べる要素が何1つとして無い。
「自分の能力を信じて!さぁ!」
「無理だろどうしろってんだ!てか空飛べなくても良いだろ!」
「そうですけど!そうなんですけど!飛べたら便利じゃないですか!」
「うるせぇ!てかまずは飛ぶ訓練より倒す訓練が先じゃねぇのかよ!」
「んん……もういいです!そこまで言うなら実戦の訓練です!」
やっと飛ぶ訓練から開放される……そう思って俺は胸を撫で下ろした。見ると有紗は拳を握りしめてこっちに走ってきている。
「あらぁ!
有紗は恐ろしい速度で距離を詰めて拳を振り下ろしてきた。俺はそれを間一髪で横に避けて拳を握りしめて反撃しようと拳を突き出す。
「あらぁ!死ね!」
しかし有紗はその拳を叩いて俺の腹に強い左のアッパーを喰らわせていた。
「ちょっ……タンマタンマ!死ぬ!ホントに死ぬから!」
「大丈夫です!ここは精神世界なので絶対に死にません!さぁ第2ラウンドです!」
「もうやめようぜ!?」
*
「『EMPTY』とはいえ流石に弱すぎません?」
「うるせぇ!こっちは殴り合いもしたことねぇんだぞ!」
「でも流石に2分で負けるのはおかしいでしょう!もう少し粘ってくださいよ!」
あれから俺達は10ラウンドくらいは戦った。少しずつ攻撃を避けれるようにはなったが、それでも1ラウンド約2分しか粘れない。
「てか俺は能力無いわけじゃないんだろ?なんか使い方教えてくれよ〜」
「良いですけど……多分使えませんよ?だって『EMPTY』なんですから」
「それでも頼む!もしかしたら使えるかもしれないし!」
「はぁ……まぁいいでしょう。……では、これから能力の訓練を始めます」
「押忍!」
そこから能力の訓練が始まった。能力を使うにはそれなりに体力が必要らしいのでまずはランニング、その後腕立て、プランクなど有紗が作ったメニューをこなしていった。それが終わるとやっと能力の訓練が始まった。精神を統一させ、自分の手に意識を集中させる。能力を使う自分をイメージする。しかしそれでも俺は能力が使えなかった。それを見た有紗は何故か「実戦の訓練をしよう」と真面目な顔で言ってきた。
「なんでまた実戦の訓練を?」
「まぁいいじゃないですか。一応これも能力を発動させる為ですし。安心してください。手加減はします」
「そ、そうか?じゃあ……頼む」
俺は納得していないが、能力の為ということでやることにした。やっとまともな訓練ができる……と俺は少しホッとした。
「ルールは1つだけ。相手がギブアップするまで戦い続けること。この世界なら死ぬことはないのでどんな攻撃をしても良いです。ですので殺す気でお願いします」
「……思いっきり殴っても怒らない?」
「当たり前でしょう。全力でお願いします。手加減は無用です」
有紗は俺に背を向け少し歩き、振り返って拳を握った。同時にこの世界の空気が重くなった感覚がした。俺は少し戸惑いながらも同じ様に拳を握った。
「では、始めましょうか」
「お手柔らかに頼む」
俺が言い終わるのと同時に有紗は地を蹴って距離を詰めてきた。しかしその速さは先程までとは違い俺でも避けれるように調整されている。
有紗は右の拳を大きく振りかぶったが俺は左に大きく避けた。俺はすぐさま右の拳で有紗の腹にアッパーを喰らわせようとしたが有紗は身体を捻り背中で受け止めた。
「始めてじゃないですか?攻撃が当たったの」
「お前が手加減してくれてるからな」
俺は少し後ろに下がり様子を見ようとしたが有紗はそれを許さなかった。様子を見る暇なんて与えんばかりのスピードで俺に詰め寄り、さっきよりも速く右の拳を放った。拳は俺のみぞおちに入り、数m後ろに吹っ飛ばされた。
「耐えて下さいね」
有紗は容赦なく、吹っ飛ばされた俺に蹴りを入れてくる。手加減はしているが痛くない訳では無い。
俺は改めて力の差を感じた。
「手加減しても強えモンは強えな」
「ある程度の強さで戦わないと貴方が成長しないと思ったので」
その通りである。頑張れば俺でも攻撃が通る程度の強さで戦ってくれているから、前より戦いの感覚が掴めている。
俺は有紗の腹を目掛けて殴りかかった。その拳は見事に有紗のみぞおちに入り、有紗は少しよろけた。俺はその隙を狙ってすぐさま蹴りを入れるも、あっさりと避けられてしまう。
「甘いですよ」
「は?」
俺の視界から有紗が消えた。刹那。とてつもない衝撃が背中を襲ったのと同時に、俺の身体は前方に思いっきり吹っ飛ばされた。速さも、威力も。先程までとは明らかに次元が違う。殺意が感じられる攻撃だった。
身体が地面に打ち付けられる。立ち上がれる程の力は俺に残っていない。呼吸をするので精一杯だ。
「流石にこれは避けれませんでしたか」
「っぁ……」
声が出せない。俺の心にはただただ悔しさだけが募っていく。視線を動かすと、有紗と目があった。有紗は口元に笑みを浮かべている。格の違いを見せつけられた気がした。
ただの男子高校生と、神界と精神世界を繋ぐ者。どちらが強いかは最初から分かっていた。では何故俺がこの戦いに挑んだのか。それは、俺が強くなる為だ。強くなって、人類の滅亡を防ぐ為だ。
俺はこれから人類と争うことになる。もの凄く強い奴や、もの凄く賢い奴とも戦うことになる。だから、こんなところで負ける訳にはいかないのだ。しかし身体が動かない。そんな俺を見て一言。
「……期待外れですね。この程度で動けなくなるなんて」
今すぐにでも殴りたいが、もう限界だ。視界がぼやけてくる。そして、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
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