第2話 能力覚醒

「神と人間の争い?」


 俺は完全にショートした頭でなんとか言葉を発した。


「はい。人間は――」


 女が何か言っているのはわかる。だがもうショートした頭ではただ右から左へと聞き流すだけになってしまった。


「――というわけです」

「あぁ。はい。うん。おーけー。大体理解した」

「なるほど全く聞いていなかったと」


 流石に返事が雑すぎて見破られたらしい。


「とっても簡単に説明しますのでよ〜く聞いて下さい?」

「うす」


 女は溜息をついてもう一度話し始めた。


「単刀直入に言いますと、近い将来人間が神界に攻めに来ます」

「OK。何言ってるかわからないが取り敢えず続きを頼む」


 やっぱり何を言ってるか理解できないが取り敢えず俺は続きを聞くことにした。


「結果は人間が兵器を使用して神々を滅ぼします」

「怖すぎる」

「神々が滅びると世界は崩壊します。ですので人間も滅びます」

「バッドエンドだな」


 俺は脳のショートをなんとか防ぐことに成功し、受け入れることができた。この短い時間で非現実的なことが起きすぎたせいで人類滅亡の予告程度では動じなくなったらしい。


「ですので貴方が能力者になって人類と戦って下さい」

「結局人類滅びるのでは?」

「無差別に殺れというわけではありません」


 よく考えたら能力者になっても人類を滅ぼすことは難しいと思うが俺は安堵した。無差別に殺らないということは誰を殺るか指名されるのだろうか。


「殺るべき人物はこちらから指示しますので」

「ありがてぇ」

「全人類殺るのは骨が折れますからね」


 言い方からして、簡単だったら全人類殺る予定だったのだろうか。俺はそんなことを考えて適当に相槌を打った。


「なるほど。じゃあ話を整理すると、神を滅ぼそうとしてる人類と戦えば良いんだな?」

「大体合ってます」


 俺がやるべきことは理解した。しかしそれを本当に俺がやる必要はあるのかが気になった。俺は別に身体能力が高いだとか、特別頭が良いわけでもない。言ってしまえばただのモブなのだ。そんなモブが戦っても勝率は低いだろう。俺はその疑問を女にぶつけた。


「確かにあなたは身体能力も高くないですし、頭も良くありません。ですが、それは問題ではありません」

「どういうことだ?」


 女は神結晶を掲げて言った。


「あなたには神結晶能力があります!」

「おぉ」


 女はキメ顔をして気持ちよくなっている。だがそんなことは放っておいて俺は女に言った。


「でも俺まだ能力覚醒してないぞ?」

「では今から覚醒させましょう」

「軽いな。ノリが」


 今から俺はこのノリで能力を覚醒させられるらしい。本当に人生は何があるかわからない。


「ではまず神結晶これを手の上にのせてください」


 女が神結晶を渡してきた。俺は女の言う通りに神結晶を手の上にのせた。


「のせましたね?ではまず私がお手本を見せるので、その後にあなたもやって下さい」


 そう言うと女は右手の上に神結晶をのせて握り、。神結晶の破片が飛び散り、地面に落ちたところから水波が広がる。握り込まれている右手からは神々しい光が溢れ出し、その光はやがて女を包み込んだ。光が弱まり完全に消えると女は言った。


「こんな感じでやって見て下さい」

「わかった。でも、1つだけ聞きたいことがある」「何でしょう?」


 俺は1つとても大事な事を聞くことにした。


「お前が砕いた神結晶って誰の?」

「それは勿論あなたのですよ」

「でも今お前それ砕いちゃったじゃん」


 時が止まったような感覚がした。俺と女が黙って見つめ合っている。それだけ聞いたら恋愛ドラマのワンシーンの様だが、女の顔は現在進行系で青くなっている。冷汗を流しブツブツと何か呟いているが流石に聞こえない。対して俺は真顔で女を見つめている。なんともシュールな光景である。


(こいつやっぱり肌綺麗だな)


 俺はそんな事を考えながら女の返答を待った。大体女が何を言うかはわかるが、直接聞きたいという気持ちが強いためこちらから声を掛けることはしない。


 1分半位経っただろうか。女がやっと口を開いた。


「ええと……まず謝らなければいけない事があります」

「はい」


 女は苦い顔をして俺に言った。


「あなたは2つ能力を持つ予定でした」

「……はい?」


知らなかった。何でこの女は大事な事を先に言わないのだろうか。


「ですが私はあなたの神結晶を1つ砕いてしまいました」

「はぁ」

「私が1つ砕いてしまい、本来あなたが持つはずだった能力の内1つが私に与えられてしまいました」


 女の顔からはどんどん血の気が引いていき、足もガタガタと震えていた。


「この能力は一度与えられたら死ぬまで消えません。他人に譲ることも出来ません」

「……つまり?」

「あなたの能力は1つだけです」

「余りがあったりは……」

「すいません」

「あぁ……でも考えてみろ。無能力よりはマシだろ?だって1つでも能力があるんだ。それで十分じゃないか?」


 何故か俺が女を慰めていた。本来俺は責める立場なのだろうが。


「まぁいいや。俺は優しいから許してやる。だからそんな気にすんなよ」

「うぅ……ありがとうございます」


 女は涙目で言った。


「では、こちらがあなたの分の神結晶です。どうぞ砕いて下さい……」


 俺はかなり硬そうな神結晶を見て聞いた。


「コレ砕くの?」

「はい」

「俺握力強くないんだけど」

「大丈夫です。誰でも砕けます」


 俺は結晶を握りつぶせるか心配だったが大丈夫らしい。見た目は本当にコンクリートの破片かレンガに似ているのだが、大丈夫らしい。


「じゃあ……最強のチート能力を下さい!!」


 俺は神結晶を砕いた。右手からは神々しい光が溢れ出し、俺を包み込んだ。力が身体の底から湧いてくる感覚がする。やがて光は消え、目を覆っている女が目に入った。


「凄い……」


 特に自分の中で何かが変わった感じもしない。本当に覚醒したのか訝しんでいると女が話しかけてきた。


「何の能力でしたか?」

「いや知らん。どうやって確かめるんだこれ」


 何の能力かなんてわかるわけがない。確かめようがない。


「なるほど……それじゃあ能力を調べましょう。私は凄いので人の能力くらい調べられます」

「頼むわ」


 そう言うと女は俺に近寄り、頭に手をかざしてきた。


「なでなでしようと?」

「黙って下さい」


 女は少し顔を赤らめ目を閉じた。


 1分位経っただろうか。女は怪訝な顔で俺に言ってきた。


「あなたの能力……何なんですか?」

「知らねぇよ。お前が調べてんじゃねぇの?」

「いや、確かに私があなたの能力を調べているんですが、その……」


 次第に声が小さくなっているが、女は覚悟を決めた顔で俺に衝撃の事実を告げた。


「あなたの能力は『EMPTY』……つまり『空っぽ』です」



「いただきます」


 あの後俺は無事現実世界に戻ることができた。今日は土曜日なので二度寝しようかとも思ったが、凌斗りょうとから『あの箱について話し合いたいことがある』という文と待ち合わせ場所の書かれたメールが届いていたため、珍しく二度寝はしなかった。俺は母が作った朝食を食べながら精神世界での出来事を振り返ることにした。


(能力が無いのに人間と争うのはキツイだろ……てか『EMPTY』ってなんだよ。雑魚能力じゃねぇか)

(てかあの女しばらく精神世界で暮らすとか言ってたな……もしかして脳内で会話とかできたり?)


 俺はアニメでよくある脳内の会話を思い浮かべて、心の中で言葉を漏らした。


“俺が人類と敵対する理由なくね?他の人に任せればいいじゃん!あとスクランブルエッグに塩コショウを致死量入れるのはやめよう!”

“確かにありませんね。ですがお願いします”

“あと塩コショウのやつはスクランブルエッグに限った話でもありませんし”


 なんと返事が返ってきた。どうせ聞こえてないだろうと思い馬鹿な話をしていたのに、全て筒抜けだったようだ。


“お前聞いてたのか”

“あなたの精神世界に住んでるんですから当然です。あとそろそろお前呼び止めてください”

“じゃあ何て呼べば良い”

“何かあるでしょう。例えば……美少女天使『有紗ありさ』ちゃんとか”

“自分で言うモンじゃないぞ”


 俺は自称美少女天使の有紗ちゃんとくだらない話をしながら朝食を食べ終え、凌斗との待ち合わせ場所に向かった。



「そっちも同じ感じか」

「うん。これはどうすれば良いんだろうね」

「たくお前ら考えすぎだ。今は従うしか無いだろ」

「でも人殺すんだぞ?」


 待ち合わせ場所に向かうと黒波くろはも待っていた。2人に話を聞いてみるとどうやら俺と同じく夢で精神世界に行って能力を覚醒させたらしい。しかし2人の世界には、俺のように人が居たわけでは無いらしい。しかも精神世界には自分の家があったとか。現実世界だと思わなかったのか聞くと「悟った」と返された。

 

「そういや凌斗の能力は何だったんだよ」

「僕は『計算』と『理解』の能力だったよ」

「ちょっと難しくね?その能力」

「いや僕は能力が発動して理解できた」


 てっきり炎を出したり空を飛ぶような能力が与えられるのだと思っていたが、そうでもないらしい。


「どういう能力なんだよ」

「『計算』はなんでも計算出来るようになって、『理解』はそのまんまだよ」

「なんでも計算出来るって例えば?」

「う〜ん……今から真人がどういう行動をするかとか?しかも計算結果が合ってるんだよ」

「それもう実質未来予知じゃん」


 チート能力だ。どう考えてもチート能力だ。きっとチート能力を持っている親友がいるのは世界中探しても俺だけだろう。



「んで、黒波は何だったんだよ」

「俺は『いびつ』と『自己回復』だったぜ」

「もっとわからんのがあったわ」


 2人共格好良くて強そうな能力を手にしていた。しかし俺はどうだろうか。能力が『空っぽ』だなんて恥ずかしくて言い出せない。この流れで「俺は『EMPTY』ってやつだったぜ」なんて言ったら一見能力の名が英語で格好良いかもしれないが気づかれたら気まずくなる。


「んで『自己回復』はわかるけど『歪』って何だよ」

「なんでも歪に出来るってことじゃねぇかな。精神世界で使ってみたけど鉄パイプ曲がったし」

「チートじゃん」


 俺は2人にどう能力を説明しようか大して強くない脳をフル回転させて考えていた。しかし考えがまとまっていないのに凌斗が今の俺にとって最も恐ろしい質問をしてきた。


「さて、真人の能力は何だった?」


 俺は隠しても仕方ないと諦め、包み隠さず教えることにした。


「俺は……『EMPTY』だった……直訳したら『空っぽ』だ」

「え?」

「待てもう1つ能力あるだろ?そっちはどうだったんだよ」

「さっき言った女に神結晶砕かれた」

「は?」


 凌斗は目を点にし、黒波は内容を理解できていないようだった。仕方ないだろう。友の能力が『空っぽ』で、しかも能力が片方無いのだ。


「なるほど。意味はわからないが大体わかったかもしれない。つまり真人は能力1つ。しかも『空っぽ』の能力で人間と対立しきゃいけないと?」

「そういうことになるな……」

「それってかなり厳しいんじゃないの?だって実質無能力でしょ?」

「あ、あぁ。だけど……まぁなんとかなるさ。もうこの話はやめようぜ。そうだ。カラオケ行こう。歌いたい気分だ」


 本当は全然歌いたい気分でもないのにカラオケに行こうと2人を誘った。かなり無理矢理な話題の変え方だったが気にしてられない。2人の可哀想なモノを見る目でこのまま見られているのはかなりキツイだろう。そのため話ではなく歌に集中出来るカラオケに行くのはかなり良い案だと思う。


「そ、そうだね。なんか歌いたくなってきたかも!」

「あ、あぁ。そうだな。久し振りにカラオケ行くか!」


 多分2人は察してくれたのだろう。少しぎこちなかったが二人は賛成してくれたため俺等はカラオケのあるショッピングモールに歩を進めた。



「ふぃ〜。すっきりしたよ〜ごめんね待たせちゃって」

「気にすんな」

「腹壊したら我慢しないでトイレ行った方がいいしな」


 3時間後。俺達はカラオケから出たのだが、凌斗は腹を壊してトイレに行った。俺達はその間二人でソシャゲをやって暇を潰していたのだが、十数分経った頃に凌斗が戻ってきた。


「さて、そろそろ帰るか。もう5時だしな」

「だな。帰ろう」

「2人共トイレ行かなくて大丈夫?」

「「大丈夫だ」」


 俺達は家へと歩き出した。

 暫く歩いていると不思議な建物が見えた。


「あれ?前まであんな建物あったか?」


 普段通っているモールからの帰り道には、真新しい白い建物が建っていた。真四角で窓も無く、住んでいるような建物ではないとわかった。


「いや。無かったと思……あぁすみません。こちらの不注意で……」

「いえいえ。私もちゃんと前を見ていれば……」


 黒波が人にぶつかられたらしい。ぶつかってきた相手は黒いコートにサングラスとマスクのザ・不審者の格好をしていた。しかもマスクが黒のため、より一層不審者感が増している。


「大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」

「あ、あぁ大丈夫です。お気遣いありがとうございます。では私は急いでいるので……」


 男はそそくさとその場から逃げるように去っていった。


“……今の人。ただの人間ではありませんね”

“驚くからいきなり話しかけんな。てかどういう事だよ。ただの人間じゃないって”

“知りませんよ。ただ……能力に似た何かを感じたんです”

“なんだよ、それ。俺はなんも感じなかったぞ”

“そうですか……私の間違いでしょうか……”

“あぁそうだよ。あと今は話しかけないでくれ。話すなら精神世界で。まぁ行き方知らないんだけどな”

“うぅ……まぁいいです。ではあとで精神世界に招待いたします”


 そこで脳内の会話は終わった。いきなり話しかけられて驚いたが顔には出さない。俺が能力者なのは2人にも話したが、脳内で会話できることまでは話していない。別にバレても問題はないのだが。

 俺達は建物の事は気にせずに再び歩き出した。



「夜は冷えますね……もう少し厚着してくればよかった……」


 午前1時。私、有紗は真人さん達が見たあの建物の近くまでやって来た。気温が低く、今更ながら厚着をしてこなかったことに後悔している。


「しかし、何故人間達はこんな所に施設を?田舎に建てた方が勝手が良いのに……」


 人間達の研究所と思われる施設が視界に入る。私は建物を調べる為に近づいた。


「止まれ」


 後ろから声がした。振り返るとそこには一見普通の男が立っていた。しかし男からは殺気が溢れている。


「貴様、普通の人間ではないな?何者だ」

「私は普通の人間ですよ?あと貴様はないでしょう。傷つきますよ」

「黙れ。質問に答えろ」


 私はつい溜息をついてしまった。


「はぁ……それが人に物を聞く態度ですか?」

「いいから質問に答えろ」


 どうやらちゃんと話し合う気はないらしい。


「仕方ないですね……まぁ貴方達人間でも理解できるように言うと……」


 私は拳を握りしめた。


「神と人々の為の連結者……『萩原有紗はぎわらありさ』です」


 刹那。


 私の拳は男を貫いていた。

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