片能力者

さすふぉー

第1話 精神世界にて

 初夏。金曜日の昼下がり。俺、萩原真人はぎわらまひとは小学校からの親友である隠岐凌斗おきりょうとと家に帰っていた。


「あ〜異世界行きてぇな〜」

「トラックに轢かれたら行けるんじゃない?」

「怖えこと言うなよ」


 いきなり怖いとこを言う凌斗に若干のサイコパス味を感じた。なんでトラックに轢かれるとかいう選択肢が最初に出てくるのか不思議だ。


「駄目?」

「駄目だよ?他にもっとあるだろ」

「……トラックに轢かれるしか」

「止めて?怖い」


 どうやら凌斗は俺に轢かれて欲しいらしい。しかもこいつは多分本気で言ってる。目がガチだった。


「でもコレ以外に方法無くない?」

「確かにそうかもしれねぇけどよ…もっと自由に考えようぜ?」

「と言うと?」

「……」

「どうしたの?」

「……凌斗君。自由に考えても答えが必ずしも出るわけではないんだよ」

「やっぱりトラックに轢かれるしかないね」

「この話はやめよう。それより――」


 こんな調子で駄弁りながら歩いた。初夏の熱さで汗ばむ。今年の夏は熱くなるな。と会話しながら予想していると交差点に差し掛かった。


「信号赤じゃんツイてねぇな」

「そんな日もあるよ。それよりトラック全然走ってないね」

「まだその話してんのかよ…しつこいとモテねぇぞ?」

「彼女いない歴=年齢の君に言われてもねぇ……」

「うるせぇ」


 実際凌斗の言っている事は正しい。顔も性格も悪くは無いと思うのだが俺は17歳になっても彼女はできていないのだ。


「あと僕彼女いるし」

「現実突きつけてくんなよ……」

「現実見よう」


 そうだ。凌斗は彼女もいる。悔しいが事実なのだ。だから何も言えない。


「待ってトラック走ってんじゃん!」

「ホントだ!突っ込んできたら?」

「待て待て待て待て」

「冗談だよ。突っ込んだら運転手さんに迷惑だしね」

「良かったお前もそこまで考えれんだな」

「当たり前だろう?」

「よく言うよ」


 そんな中身のない会話をしながら信号待ちをしていると後ろから声が聞こえた。


「やぁそこの少年達。気分はどうだい?」


 後ろを振り向くと見知らぬ男が……なんて事は無く、今年大学生になった先輩がいた。


「今年旧黎明大学きゅうれいめいだいがくに入学したイケメンバンドマンの桐生院先輩!?」

「嬉しいけど何故に説明口調」


 桐生院黒波きりゅういんくろは。俺達が高1の時にお世話になった先輩でイケメンバンドマンである。日本でもそれなりに偏差値の高い旧黎明大学に入学した実は頭の良い変人である。ちなみに彼女がいるため味方ではない。


「まぁいいや。今日はお前らにプレゼントがあるんだよ」

「えあのケチな先輩がプレゼント?」

「嘘だろお前がプレゼントなんて」


 驚いた。俺の記憶では黒波はケチでクズだったのに、人にプレゼントを渡すなんて。


「酷くない?てか真人はそろそろお前呼びやめようぜ」

「それは無理。お前はお前」

「で、プレゼントって何?」

「プレゼントは貰おうとすんのな……ほらよ」


 そう言い黒波はバックから4つの箱を取り出してそれぞれ2つずつ渡してきた。箱は黒く光り、謎の文字らしきモノが書かれていた。


「ナニコレ」

「謎だね」

「だろ。謎なんだよコレは」

「は?」

「どういうこと?」

「これは俺にも何なのかわからねぇんだよ。今日の朝起きたら枕元にコレが6個もあったんだ」


 そう言い黒波はもう2つ箱を取り出して見せた。


「お前のダチがイタズラで置いたとかじゃねぇの?」

「いや、それはない。昨日は家に俺1人だったし、イタズラなら1個でも十分だ」

「変な店で買ったとか?」

「それもない。常に厳しいからこんなん買う余裕はない」


 黒波は財布を開けてひっくり返して見せてきた。すると中からはいつのかわからないレシートが1枚だけ落ちてきた。


「悲しいな」

「悲しいよ」

「でもこの箱は結局何なんだろうね」

「てかどうして俺達に渡してきたんだ?」

「一応お前らに渡しておこうかなって」

「なるほど。でもなんで俺達に?渡すんならダチとかに……」


 黒波はニッコリと笑った。怖い。


「察してあげなよ……」

「……すまねぇ」

「いいんだよわかってくれれば」


 恐らく黒波には友達がいないのだろう。変人だからいないと言われても納得できる。


「てか僕達何回青信号見送ってるんだろうね」

「「あ」」


 話に夢中になって忘れていたが俺達は信号待ちをしていたのだ。なのにこの変人の話のせいで何回も見送ってたと考えるとなんだか腹が立ってきた。


「おいお前のせいだぞ」

「俺のせい?」

「そうだね」

「まじかよ」


 俺達は家へと歩き出した。



 夜。俺は2つの箱について考えていた。どうやらこの箱は壊す以外に開ける方法は無いようだ。しかしいくら考えてもこの箱が何なのかわからないので箱を枕元に置き、俺は諦めて眠ることにした。



 気がつくと俺は前へ前へと歩いていた。ここが何処かはわからないが、自分のいた世界ではないと直感した。どこまでも続く青く澄んだ空に太陽は無いが、自分の影ははっきりと存在している。歩く度に地面には水波が広がり、しっかりと地を踏みしめて歩いているはずなのに水の上を歩いているようにも感じる。周りを見渡してみても何も無い。人も、木々も、建物も。何も存在していないのだ。俺はその世界に不安感を抱きながらも歩き続けた。なんとなく、進み続けなければいけないと本能が訴えているような気がする。俺はそのまま前へ歩くことにした。

 しばらく歩いていると肘掛け付きの白い椅子がぽつんと置かれているのが見えた。


「お待ちしておりました。萩原真人さん」


 後ろから声が聞こえた。俺は驚きつつも振り返るとそこには、綺麗な銀の髪と透き通った目をもっている、『美女』や『お嬢様』と形容できる女性が立っていた。


「なんで俺の名前を?」


 俺は尋ねた。


「まぁまぁ。細かいことは気にしないで下さい」「無理がある」

「それで、まずこの世界が何なのか。という疑問があることでしょう」

「あれ。もしかして無視?」


 女は俺を無視して続けた。


「簡単に表現するならこの世界は、あなただけの『精神世界』でしょうか」

「……はい?」


 俺は突然のカミングアウトに驚いた。いきなり精神世界に来たなんて、あまりに非現実的過ぎて理解が追いつかなかった。


「では何故あなたが今まで精神世界に来ることができなかったのか?それは――」

「待て待て待て待て。まず精神世界ってなんだよ?それにお前は誰なんだよ」


 女はハッとした顔で答えた。


「あぁ……まだ自己紹介もしてませんでしたね」

「私は精神世界と神の住まう神界しんかいを繋ぐ者。名前は……まぁ好きな様にお呼び下さい」

「あんた名前無いのか?」

「そうですね。親など居ませんから」


 俺はいけない事を聞いたと思い謝ろうとしたが、それよりも先に女が話し始めた。


「私の様な存在には最初から親など居ません。ですので、貴方が謝る必要は無いですよ」


 俺はナチュラルに思考を読まれた事と最初から親がいないという事実に驚いた。


「……顔には出してませんが、驚いていますね?」

「だからナチュラルに思考を盗聴するんじゃない」

 

 こいつに隠し事は無理だな。と思い会話を続けた。


「まぁいいでしょう。では説明を続けます」

「頼む」

「まず精神世界と神界についてです」

「精神世界は今私達がいるこの世界の事です。人間は必ず自分だけの精神世界を持ち、自由に出入りできます」

「俺はその存在を知らなかったんだが」


 いきなり矛盾が生まれた。


「当たり前です。昔の人間なら誰でも精神世界に入れたのですが、現代の人間はストレスにより自分の精神世界を認知することが出来ないのです」

「俺は昔の人間だと?」

「違います。本来貴方はこの世界に来れませんでした」


 ですが。と女は続けた。


「今回は私が貴方をこの世界に招待し、この世界に来ることが出来たのです」

「アンタが?」

「はい」


 どうやらこの女に招待されたらしい。俺は驚きと嬉しさを同時に感じていた。美人に招待される。それだけで俺は死んでもいいと思える位には幸せだった。


「でもなんで俺を呼び出したんだよ。呼び出す理由が無くないか?」

「いいえ。ありますよ」

「あなたは今日、桐生院黒波から黒い箱を受け取りましたよね?」

「あぁ。確かに貰ったな」


 俺は放課後の事を思い出した。あの怪しい箱は今でも俺の枕元にある。


「察していると思いますが、あの箱はただの箱ではありません」


 女は一拍置いて言った。


「あれは神の力を封じ込めた『兵器』です」

「……は?」

「いや、正しくは『人を兵器にする』箱ですかね」


 開いた口が塞がらなかった。仕方ないだろう。先輩から軽いノリで渡された箱が『人を兵器にする』箱だなんて。驚かないわけがない。


「ちなみにあなたの体は現実世界では眠っているので、今も枕元にあの箱がありますね」

「まじかよ……じゃあその箱について詳しく説明してほしいのだが」

「わかりました」


 女はどこからかあの箱を取り出した。


「それ、どこから出したんだ?」 

「乙女の秘密です」

(深く聞かないようにしよう)

「まず、この箱は『人を兵器にする』箱。私は『神結晶しんけっしょう』と呼んでいます」

「なんかイタイな」

「五月蝿いです」


 俺はそのネーミングセンスに若干の厨二感を感じたが、俺は他に気になっていた事があるので聞いてみることにした。


「てか気になってたんだが、『人を兵器にする』ってどういうことだ?」

「あぁ。それですか」


 女は真剣な表情で言った。


「能力を与えるんですよ。それも強力なものを」


 脳がフリーズした。今のセリフが脳で反響している。


(能力?何を言ってるんだ?)

「当たり前ですが普通の人間は能力を持っていません。ですが能力を持った人間が存在しないやけではありません」

「神や天使、又はそれらに近い者が力を与えればその人間は能力持ちになります」

「はぁ……」

「あなたは神結晶を持っている」

「そうだな」

「ですので、あなたには能力者になってもらいます」


 俺はもう考えるのをやめた。悪い夢を見ているだけだと。そう思い込むことにした。


「そうか。でもなんで能力者にならなきゃいけないんだ?」

「あなたは神が存在すると思いますか?」


 宗教勧誘のように見えてしまう。俺は怪訝な目で女を見た。


「あぁ、宗教勧誘とかでは無いのでご安心を。ただ単にあなたの考えを聞きたかったのです」

「あぁそうだったのか。驚いたぜ。因みに俺は存在しないと思ってる」

「残念存在します」

「は?」

「私『精神世界と神界を繋ぐ者』って言ったはずです。神の世界と精神世界を繋ぐ者が目の前に居るのに……なんで間違えたんですか?」


 真面目な顔で言っていたため煽る気は無いのだろうが、俺は少し苛ついてしまった。

 

「五月蝿い。んで結局なんで能力者にならなきゃいけないんだ」 

「あぁそう言えばそんな話してましたね」

「何故能力者になってもらうのか。簡単です」


 女は深刻そうな顔で言った。


「神と人間の争いをあなたに止めてもらう為です」

「……は?」

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