第4話 浦島伝説とSF
学生野球や、社会人で、
「実力は認められているが、ドラフトにかからなかった選手などが、所属するチーム」
ということ、さらに、
「プロ球界を一度、解雇という形になったが、カムバックを求めて、浪人期間中の選手」
ということで、それぞれに、同じものを目指す同志として、刺激し合っていることだろう。
プロからきた選手は、アマチュアを見て、プロ入団当初の新鮮な気持ちを思い出したり、逆に鳴り物入りで入った選手は、その新鮮さがなかったことで、いまさらその思いを抱けたというのは、精神的にも楽になったかも知れない。
アマチュアから来た選手は、
「ドラフトから漏れた」
ということはショックだったかも知れないが、それでも、浪人のような形で受け入れてくれる独立リーグがあるのはありがたかった。
実績を上げて、再度ドラフトにかかるかも知れない、
また、プロのスカウトの目に留まることで、自由契約ができる可能性だってあるわけである。
さらには、
「解雇されたとはいえ、元々プロの選手を目の当たりにすることで、プロ選手としての考え方であったり、練習方法など、盗むいいところはたくさんあるだろうから、この機会にそこに触れられるというのは、将来において、財産となることだろう」
といえるのではないだろうか。
選手として活躍できず、結局、野球界から退いてしまったとしても、ここで培った。社会人としての考え方は、次の道でも生かされるだろう。
チームによっては、社会人としての常識などを教え込むところもあるようで、クラブしーむでありあがら、プロになれなかった人のために、社会人としての、最低限のマナーやモラルくらいは教えているに違いない。
今まで、プロ野球の世界であまり活躍できなかった人であったり、活躍はしたが、途中、ケガなどがあって、それ以上の道を模索することができなくなったことで、野球界を去ることになった人が、
「何かの犯罪を犯す」
ということは、ちょくちょく耳にしたものだ。
そのたびに、言われてきたことは、
「プロ野球選手は、学生時代から、野球しかしていなかったので、一般常識的なことには、とにかく疎い」
と言われるのだった。
確かにこの問題は昔からあった。
前述の、高校生などが野球留学で、特待生として入ってきたはいいが、結果として、ケガなどをして、学校側から、
「ボロ雑巾のようにされて、やめなければいけなくなった」
などという話が、絶えず発生していて、非行問題なあどに発展するというのも同じようなもので、
「野球留学というのは、野球ができてなんぼ」
ということだったのだ。
つまり、
「野球留学なんて、羨ましいだけで、俺たちには関係のないことだ」
と、普通に入学し、普通に学業に専念している生徒は、やっかみすら感じていただろう。
しかし、実際にケガをしたりして、いきなり、特待生制度を外された生徒はたまらないだろう、
だが、そんな生徒を、
「可哀そうだ」
と思う友達も少なかったのではなかろうか?
なぜなら、最近までやっかみでしか見ていなかったのに、すぐに同情するなどできるはずもないではないか。
それを思うと、複雑な心境になったことだろう。
だが、よくよくかんがえてみると、そんな生徒ができるということは、
「そもそも、野球留学などという制度があるから、こんな悲劇が起こるのだし、それに対して怒りを覚えなければいけない自分たちが、こんな複雑で嫌な気持ちにならなければいけないんだ」
ということである。
それを思うと、かたや、育成選手を育てる独立リーグや、プロ球界も、育成枠を設けるなどして、工夫をしているにも関わらず、学生野球などでは、いまだに、
「悪名高き」
と言われる、
「野球留学生」
などというものが、旧態依然として存在しているというのは、本当にいいことなのだろうか?
「だから、高校野球は嫌いだ」
という人も多いことだろう。
ただ、やっている選手に罪はない。
罪はないどころか、罪にさせられているということになっているといっても過言ではないだろう。
そんなことを考えると、結局、
「上位集団と、下位組織との溝は、狭まるどころか、どんどん広がっているのではないだろうか?」
ということであった。
それが、野球界の実態だと思うと、
「なるほど、野球界に魅力がなくなってきたと思うのも、無理もないことではないか?」
といえるのではないだろうか?
戸次は入団に際して、かなり悩んでいた。球団は、あまり評判がよくなかった。選手の質というか、それを見ていると、自分が望んでいるようなチームというわけではなそうさそうだったので、それが、チームへのイメージと重なって、イメージが悪かったといってもいいだろう。
それを考えると、入団を迷うのも、無理はないことなのかも知れない。
正直、戸次は天狗になっていた。
ただ、その反面、プロの評価というものに、疑問を感じていたのも事実であった。
というのも、
「本当に自分の実力を考えてのことなのか?」
ということが気になったからだった。
彼の懸念は何なのかというと、
「自分は両手投げという特殊な能力を持っていることからの評価なのか、それとも純粋に、豪速球投手としての実力を評価してくれてのものなのか?」
ということであった。
「両手投げ」
という評価であれば、まるで人寄せパンダか、あるいは、中継ぎや抑えも考えての、一種の、
「便利屋」
としての利用を考えてのことなのか?
ということを考えると、
「そんな球団の都合を考えても指名であれば、実に舐められたものだ」
ということになる。
もちろん、本人としては、豪速球投手として入団したいと思っている。
ただ、半永久的に豪速球が投げられるということはないというのも分かっている。
「投手の肩は消耗品だ」
と言われている。
当然のことながら、年齢を重ねれば、豪速球を投げられなくなり、おのずと、イメージチェンジをいないと、生き残っていけない世界だということも覚悟はしている。その時になって、
「軟投派に転身」
を考えないといけないだろう。
それは、
「並みの投手に成り下がる」
ということであり、美学としては、
「剛速球を投げられなくなれば、自分はそこまでだ」
といえるのではないだろうか?
しかし、実際になげられなくなって、引退ということで、その先を考えると、
「ただ、野球を立っていたというだけの、社会人としては何もない」
というだけの男の可能性もある。
つまり、豪速球投手としての地位はあるかも知れないが、
「どこにでもいる投手」
なのかも知れない。
コーチでフロント入りするには、微妙であれば、転職した際に、どんな仕事につけるかというと、イメージが浮かんで切るわけもない。
最初から、そんなにネガティブになる必要はないのかも知れないが、考えておくことは大切なことだと思っている。
特にいままでが、順風満帆すぎたことも怖いのだ。
野球選手としては、大胆な投球術と言われてはいるが、実際の、
「中の人」
は、ネガティブに考える方で、入団してからの彼の性格を、
「あいつは二重人格だ」
ということで、気持ち悪がられていたくらいだった。
チームには、
「新人いびり」
という悪しき伝統が、普通にあったのだが、
「あいつはヤバい」
と言われ、苛めの対象にならなかったのは、彼としては幸いだったのかも知れないだろう。
戸次は、一年目こそ、12勝を挙げて、新人王と、奪三振王のタイトルをモノにしたが、二年目以降は、二年目は、
「二年目のジンクス」
がそのまま生きてか、5勝にとどまった。
三年目に至っては、初めて二軍落ちを経験するなど、転落人生をあゆんでいた。
ただ、それでも、豪速球は健在で、ただ、肝心な時にボールの勢いとコントロールが甘くなって、痛打されることが多かったのだ。
あからさまに、マウンドで落ち込むシーンが目立ち、監督も、
「これではまずい」
と思ったのだろう。
「あんなにうなだれられたら、まわりに対しての印象が悪いし、士気が落ちてしまって、試合が壊れてしまう」
とあくまでも、
「監督として、試合を作る」
ということで、これ以上崩れる前に、結構早い段階で、交替させていた。
二年目まではそこまでひどい落ち込みはなかったが、三年目から顕著になった。
本人としては、
「今年は、二年目のジンクスなので、仕方がないんだ」
と思っていた。
しかし、実際に三年目は、言い訳が通用しないということで、現実を受け入れるしかなく、あからさまな落ち込みを表に出すことで、言い訳の意識だったのだろう。
そんな姿をまわりは、敏感に感じる、ファンというものも分かっているので、打たれ始めると、味方応援団からも、
「交替させろ~」
というヤジが飛ぶ始末だ。
「味方応援団からやじられるようになると終わりだ」
ということで、監督も、すぐに見切りをつけて、交替を命じる。
完全に、ノックアウトなのだが、同じノックアウトでも、これほど情けないことはない。
味方応援団からも、
「契約金泥棒」
と言われるが、その通りであった。
完全に、本人が小心者だということでの、
「バイオリズムが悪い方に進んでいる」
ということになるのだろう。
それを思うと、完全にチームから浮いてしまい、二軍落ちも致し方ない。
ただ、オーナーが戸次に期待していたので、これでもギリギリ待ったのだった。さすがに、ここまで情けない態度をオーナーも見たくないということで、やっと、二軍落ちが決定した。
「遅きに失した」
というのは、まさにこのことだっただろう。
しかし、二軍では、結構な成績を残した。
「自信を持ちさえすれば、戸次投手もまだまだいける」
ということで、二軍では、まずまずの成績であった。
特に自慢の剛速球がよみがえり、試合によっては、三振の山を築いていたのだ。
彼は、ストレートだけで三振が取れるという数少ない投手で、貴重でもあり、誰もがうらやむくらいだったのだ。
悪いことは重なるもので、さすがに、5年目近くになると、焦りが出てのか、練習中に無理をして、肘を壊した。
医者の見立てでは、
「これは手術が必要だ」
というではないか。
昔だったらいざ知らず、このまま行っても、どうせ、どうにもならないのであればとばかりに、彼は手術に踏み切ることにした。
手術には、
「ひじの手術では第一人者」
と言われる、ジェイク博士に任せた。
ジェイク博士は、これまでも、エース級の選手で、いきなり肘を痛めたために、
「このままでは再起不能になる」
と言われ、他の先生が匙を投げるような投手を、自らの責任で治すとばかりに手術をし、有言実行にて、しっかりと再起させることに成功したことで有名な博士だった。
そもそも、
「ひじにメスを入れるなど、御法度」
と言われた時代に、最初に手術をしたレジェンドで、それまでの神話をいい意味で打ち破ったということで、神様のように慕われるようになったのだ。
それまでの神話というと、いいことが神話として言われていて、
「いいことの神話は、最近、やたら崩れかけている」
と言われていた。
その証拠が、バブル時代における、
「金融機関の倒産」
であった。
特に当時の日本は、バブル景気と言われていて、
「銀行に入社できれば、自分から辞めない限りは安泰だ」
と言われていたのだ。
「就職するなら、公務員か。銀行か」
と言われるほどの花形企業だったのだ。
銀行に入社して、いい方にうまくいけば、出世も望めるというもので、そもそも、何をやってもうまくいく時代。要するに、事業を拡げられるだけの力があるかということだけだったのだ。
そういう意味で、銀行を仲間五つけておけば安心だった。
だから、逆に銀行に睨まれると、何もできなくなる。
銀行の行員というだけで、ちやほやされ、逆らうことが許されない世界。
「バブルがはじけて世の中がおかしくなったのか、それとも、バブル自体がすでにおかしかったということなのか?」
と、感じてしまうのだった。
バブルがはじけてからというもの、冷静にバブル時代を思い出していると、気違いじみていた毎日が思いだされる。
あの頃は、毎日が、まるで、
「竜宮城にずっといるかのようだった」
といってもいいだろう。
竜宮城というところは、
「浦島太郎がいたのは、2,3日だったというが、地上では、700年以上が経っていた」
というではないか。
つまり、あのままいれば、果てしない毎日が繰り広げられていたということになり、
「乙姫様は、浦島太郎が本当はいつまで一緒にいてくれるということを望んでいたのだろうか?」
ということを考えてしまう。
乙姫様は、当然太郎のいた世界と、この世界の時間の違いを分かっていたはずだ。
分かっていて、いつまで一緒にいようと思っていたのかによって、太郎が戻るであろう地上の世界が変わっているはずだ、
「ひょっとすると、事情の世界がなくなってしまっている時代まで一緒にいてくれて、地上に戻ると、その場にこの世がなくなっていると知った時、もう戻ってくるところは、竜宮城しかないと思い、自分と竜宮城で一緒に暮らしてくれる」
というタカをくくっていたのかも知れない。
しかし、太郎は思っていたよりも早く、
「地上に帰りたい」
と言い出した。
太郎にほれ込んでいた乙姫が、
「太郎に嫌われたくない」
という一心から、太郎の進言に逆らえなかったのかも知れない。
ただ、これは、乙姫が想像していたシナリオではなかったはずだ。だから、乙姫は困った。
「こんな中途半端な時期に戻るなどというとは思ってもいなかった。どうすればいいんだろう?」
と感じていたのかも知れない。
そう思うと、乙姫は、誰かに相談したのかも知れない。そして出た結論が、
「玉手箱」
だったのではないだろうか?
その心が太郎に対しての想定外の想像に、乙姫自身少し、焦りがあったのかも知れない。
そして、
「懲らしめる意味を持って、玉手箱を持たせた」
という考えもあるかも知れないが、それよりも、他に含みがあったのかも知れない。
一つ気になるのが、
「乙姫は、本当に地上で生きていけるのだろうか?」
ということであった。
浦島太郎の本当のお話と言われているのは、本当はハッピーエンドだと言われている。
つまりは、
「地上の世界に戻った浦島太郎は、その変わり方と、知っている人がいないということにショックを受けて、玉手箱を開くと、おじいさんになってしまった」
というのが結末のように言われているが、本当は、その後、
「浦島太郎を好きになった乙姫が、太郎を追いかけて、カメになって地上に現れ、太郎は鶴になって、二人は、末永く暮らした」
というものであった。
ただ、一つおかしいと思うのは、
「なぜ、二人とも鶴なら鶴。カメならカメにならなかったのか?」
ということである。
確かにこの二匹の動物は、
「長寿で有名」
ということで、
「鶴は千年亀は万年」
と言われているではないか。
しかし、冷静に考えれば、
「鶴と亀は千年は、末永く仲睦まじく暮らしていけるかも知れないが、じゃあ、千年経って鶴である浦島太郎が死んだ後、カメである乙姫は、残りの九千年ずっと一人で生き続けなければならないということになるだろう」
ということである。
これは、拷問に等しいのではないだろうか?
それを考えると、太郎に玉手箱を与えたのは間違いで、本当は乙姫が玉手箱を持っていて。太郎が死んだあと、自分が玉手箱を開けて、年を取るということであれば、理屈が分かるというものだ。
しかし、もっといえば、
「二人とも、カメならカメ。鶴なら鶴」
ということで、
「同じものになれなかったのか?」
とも考えられる。
これは、
「乙姫の神通力が、竜宮城であれば、万能だが、この世では、ほぼいうことを聞かないということで、どちからにしか、それぞれなれなかったのかも知れない」
ということを考えれば、本当はもっと太郎に竜宮城にいさせて、帰り付いた村どころか、地上自体がなくなっていて、戻ってくるのが、竜宮城しかなかったとすれば、乙姫の目指したものは、達成されるというのではないだろうか?
そう考えると、
「玉手箱というものの発想」
「鶴と亀でどうして違うのか?」
「太郎が戻った700年後の世界という中途半端な時代設定」
というものへの疑問がすべて、解消されるのではないだろうか?
浦島太郎の話に限らずに、昔話というのは、いろいろ分からないところがある。
この浦島太郎の話であっても、そもそも、
「2,3日しかいなかった」
という世界から、カメに背中に乗って、海の底から、地上に上がると、そこは、
「700年後の世界だった」
ということである。
そもそも、
「水中に入るのに、アクアラングもつけずに、よく呼吸がもつものだ」
というのが、当たり前の発想なのだが、そんな違和感を、鈍らせるほどに、この話はおかしなところが多すぎる。
「1つのウソを、99の本当のことで隠す」
と言われるようなものではないだろうか。
この場合は、
「数にものを言わせる」
というものであり、
「感覚をマヒさせるだけで、違和感に繋がる」
といってもいいのではないだろうか?
ただ、この時間差の物語、今まで普通に教育を受けたことのある大人であれば、この時何かの話が頭をよぎることだろう。
そう、
「アインシュタイン」
が提唱したと言われる、
「相対性理論」
と言われるものである。
相対性理論というものは、
「光の速度を調節するほとの速度で移動した場合、移動するものに載っていたものの世界は、静止している物体にくらべて、時間が経つのが圧倒的に遅い」
と言われるものである。
つまり、
「宇宙船に乗って、光速で宇宙に行って、数日後に帰ってくれば、数百年後の世界が開けている」
ということになる。
そのことを想像したとして、最初に思い浮かぶのは、確かに、
「自分の知っている人は誰もいない」
という考えである。
ただ、これは、不老不死の考え方とは違う。確かにこの世では数百年が経過しているが、本人の感覚としては、数日でしかないのだ。
それでも、
「この計画は実現させなければならない」
という考えがあるのも事実だ。
その計画というのは、
「冷凍保存」
という考えで、研究されているものである。
それは、
「人間を冷凍保存して、数百年後に目覚めさせる」
という計画であるが、この計画の理由として考えられることは、
「不治の病の人間を救うことだ」
といえるだろう。
「今の世の中では助けることはできないが、数百年後には医学が発展して、目覚めた時に、治してくれているかも知れない」
というような考えである。
あるいは、
「近い将来、核戦争があり人類は滅びるが、核の放射能が消えた頃によみがえるようにした時、人類が生き延びられる:
という安直な可案替えであれば、真剣に考えている人もいるだろう。
「これだって、本当は、世界自体がなくなり、カプセルさえも崩壊するくらいの勢いの可能性もあるが、カプセルだけが生き残って、表に出た瞬間、地球が存在していなかったということであったり、あるいは、核兵器の知力のようなもので、カプセルから出た瞬間、時間軸が一気に回って、身体が腐っていき、跡形も残らないようになるのではないか?」
と思われるだろう。
そんなことを考えると、
「浦島太郎の話も、相対性理論側から強引に解釈しようとすると、いくらでも切り口があるのではないだろうか?」
と思えるのだ。
その切り口が、今度は、
「落としどころというもの」
で、考えるということもできるのではないだろうか?
浦島太郎の話がSFであるとすれば、時代の流れもSFとして解釈できるのかも知れないといえるだろう。
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